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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 カイルは動きの速いアレーではない。ルックやクロックの方が速いだろう。しかしザッツよりは格段に速い。

 リリアンは駆け寄るカイルの小太刀を、長剣で正面から受けた。

 剣の交わる金属音が響いた。その余韻が消えぬ間にカイルが跳び離れる。その動作が一瞬遅ければ、リリアンの長剣はカイルに深手を負わせていただろう。カイルの胴すれすれを、リリアンの横なぎが通り過ぎる。


 驚いたことに、カイルはこの一連の動作の間、ずっとリリアンの足元だけを見ていた。目線の読めない相手というのは、想像以上にやりづらい。

 一度開いた距離を、今度は徐々にカイルが詰めてくる。リリアンはカイルの動きの変化に注意しながら、彼が長剣の間合いに来るまで待った。

 カイルの動きに変化はなかった。それほど彼も慎重になっているのだろうか。悠然に見えるほどのんびりとリリアンへ詰めてくる。


 リリアンは普通の長剣の間合いよりもはるかに手前から、大きく一歩踏み込んだ。

 そしてルックに教えた体術で剣を左から右へ払った。

 リリアンが踏み込んだ一歩は、長剣の間合いを信じられないほどに長くした。そしてそれに気付いてからの対応は、リリアンの完成された体術が許さない。

 しかし、なんとカイルは冷静にその斬撃に小太刀を合わせた。再び金属音が鳴り響く。


 やはりカイルには相手の動きを予測する、何らかのすべがある。

 カイルはリリアンの斬撃を、的確に逸らし攻撃に転じてきた。

 リリアンは必殺の攻撃を流され、かなり悪い体勢になっていた。大きく踏み込んだ片足は、すぐには引き戻せない。そして体が大きく沈んでいて、元々背の低いリリアンはカイルに見下ろされる格好になっていた。

 そこへカイルの小太刀が振り下ろされる。

 リリアンはとっさに剣から左手を離し、手刀でカイルの小太刀を打とうとした。

 しかしその瞬間にカイルの小太刀が横向になり止まる。

 危うく自分で自分の指を切断するところだった。


 リリアンは頭上でそんな細かいやり取りが行われている合間に、踏み出した足を引き戻しながらカイルの足を払おうとした。カイルは軽く横にステップをし、それをやり過ごす。

 リリアンは剣を持った右手を地面に付けた。しかしその動作を取り始めるよりも早く、カイルが後ろへ大きく飛び退く。

 ちょうどリリアンがイメージしていた水魔の外でカイルが足を止めた。


 間違いがない。カイルはリリアンの行動を事前に、それも正確に察しているのだ。

 もし預言者というものが実在するとして、わずか先の未来を見ながら戦ったとしたら、こんな動きをするのではないか。


 リリアンはそんなことを感じた。


 カイルは再び悠然と間合いを詰めてきた。

 今度はリリアンも無理な攻撃はせず、受けに徹することにした。カイルが小太刀の間合いまで近付くことも許す。

 カイルの剣がリリアンの喉を狙って細かく払われる。的確に相手を殺せる攻撃だ。無駄な大きい動作がないので、それをやり過ごしてもすぐに次の攻撃が来た。

 今度は右手の腱を狙った突きだ。右手を引いて剣で受けると、剣と剣が触れ合う直前に小太刀が翻り、リリアンの目を狙って飛んでくる。

 これは明らかなフェイントで、次の攻撃が本命だろう。しかし無視をできる動きでもない。リリアンは体を仰け反らせてそのフェイントを避ける。

 するとカイルの左手が高速で動き始めるのが見えた。

 拳を当てに来ているのではない。手に何かを持っていて、それを投げつけようとしているのだろう。

 またカイルの足の位置が、リリアンが跳び離れるのをゆるさない。もし距離を置こうと踏ん張れば、カイルの足がリリアンの足をすくい、決定的な劣勢ができあがるだろう。


 リリアンは限界まで視力強化を高めた。カイルの左手に小さな刃が見える。

 高速で射出されたその刃を、リリアンは剣を引き戻して弾いた。

 カイルはそれも予期していたようで、次なる攻撃を繰り出してくる。

 単純な足払いだ。

 体勢が充分だったリリアンは逆にカイルの足を蹴りつける。

 どちらの足にもそれほどの力が乗ってはいない。だがリリアンが足元に気を取られた瞬間に、再びカイルの小太刀が閃いた。

 狙いは喉だ。喉を貫けるかどうか、微妙な勢いの突きだった。しかしもちろん賭けに出るわけにもいかない。リリアンは右足を軸に左半身を引き、それをかわした。


 そして突然リリアンは体勢を崩した。

 足元から注意が離れたすきに、カイルがリリアンの足を強くすくったのだ。

 当然無理やり足を払ったカイルも体勢を崩す。しかしカイルはリリアンに覆い被さるように体勢を崩していた。


「水砲!」


 リリアンは焦って水の砲弾を早撃ちをしたが、カイルは身をよじってそれをやり過ごす。

 カイルはリリアンの背に小太刀を回した。このまま体勢を崩せばその小太刀の餌食になるだろう。リリアンは左手でカイルの剣を持った右肩を掴み、彼を横に投げようとした。


 それが決まれば勝負は付いただろう。

 しかしカイルはすぐさまリリアンへの攻撃を諦め、リリアンの投げに逆らわずに左へ飛んだ。

 カイルが空中で野生動物のような身のこなしを見せ体勢を整える。その間にリリアンも体勢を立て直した。

 カイルが再び地を駆ける。上段から小太刀を振り下ろし、リリアンが後ろに一歩身を引いてかわすと、またすぐに身を引いた。


 リリアンは内心で舌打ちをした。今もしカイルが踏み込んで来たら、リリアンはカイルが抜け出せない連撃を見舞うつもりだったのだ。

 彼はかつてないほどの強敵だった。虚を突くことができない分、勇者アラレルよりも手ごわい。

 無理に勝つ必要のない勝負だが、リリアンの頭にふと別の思惑が浮かんだ。


 リリアンほどの戦士になると、本気を出して人と対峙する事などはほぼない。相手がルーメスならば本気になることもあるだろうが、ルーメスを相手にする場合、対人との強さにはあまり意味がない。

 だから彼女は人との戦いにおいては、これ以上強くなる意味がないと考えていた。

 しかし昨日一日で事情が変わった。ヒッリ教の信者は人だ。そしてクロックを打ち倒すほどの実力がある。だとしたら、自分の実力も今のままでいいとは思えない。だが彼女ほどの戦士になると、戦える相手も限られてくるのだ。

 ルックとクロックのように、相手に怪我を負わせるわけにもいかない。

 その点カイルは、怪我を回避する能力はずば抜けているし、強さも申し分ない。

 リリアンが本気で手合わせをするのに、相応しい相手と言えた。


 本気でやるからには負けるわけにはいかない。負けてもいいと、そこから得るものもあると、そんなふうに最初から考えていたら、実戦ではたちまち命を失うだろう。


 本気でやるからには、絶対に負けるわけにはいかない。


 リリアンの考えは、ほとんど決意や覚悟と言えるだろう。

 リリアンは正眼に剣を構えなおした。数々の実戦を経験した彼女が、最も攻撃的で、最も隙がないと考える構えだ。

 リリアンは精神を極限まで研ぎ澄ませた。ルードゥーリ化をしたわけでもないのに、リリアンの気配が変わった気がする。


 断言できる。

 ここから先の彼女は、本当に強い。


 リリアンの攻撃は突きから始まった。カイルの喉へ一直線に剣が伸びる。

 軽やかで伸びのある、大きな海鳥の羽ばたきのようでいて、それでいて迅速な一撃だ。

 カイルにはかわすことはできない。唯一彼が取れた行動は、小太刀で喉を守ることくらいだ。

 突く剣と受ける剣が交じり合う。その瞬間にふと、海鳥が力を抜いた。

 リリアンの体がカイルの体に引き寄せられるように、二人の距離が縮まった。そして地面から空へ雷が閃くように、リリアンの足が舞い上がった。

 カイルにあごを引かれギリギリでその蹴りはやり過ごされる。それから彼はすぐに体を横に向けた。

 カイルの左腕があった位置へ、リリアンは長剣を振り上げた。そしてその剣がまだ上がりきらないうちに、リリアンは身を低くしつつかかとを振り下ろした。カイルはそのかかとも左腕で受けて決定打を与えさせてはくれない。

 もし彼がそのかかとを受け流せるほどの膂力を持っていたら、もう少し勝負は長引いただろう。

 身をかがめながらかかとを落としたリリアンの指が、地面に触れた。

 カイルの数歩後ろに、水魔の水柱が立ち登る。

 あえてリリアンがカイルに当てないよう、彼の背後に生み出した水魔だった。

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