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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 ルックはボルトが何者なのか、瞬時に見当をつけた。以前にロロの話の中に出てきた遺跡。それがルーメスを神とする宗教の遺跡だと、クロックは言っていた。宗教の名前はヒッリ教だったか。その宗教そのものかは分からないが、それに類似する思想の持ち主が、ボルトという男なのだろう。

 ルックは逡巡した。彼はクロックに傷を負わせたという。その話が本当かは分からない。しかしクロックが旅の目的を話したとするなら、相当な実力者だと見て間違いがない。あながちクロックに傷を負わせたというのも嘘ではないかもしれない。


「正直に話そう。彼はある邪教を信奉しているのだ。俺はそれに気付いた。このまま彼を見過ごす訳には行かんのだ」


 今度のボルトの発言は、おそらく嘘偽りないものだろう。ルックはほとんど確信した。


「やだな、そんないざこざには巻き込まれたくないよ」


 ルックはどうにかボルトの不意を突けないか、思案しながら演技を続けた。

 ルックの大剣は不意を突くのには向かない。抜くのに多少の時間と、大きな動作が必要なのだ。新しく買った剣は使いこなせる自信がない。万が一不意が付けず戦闘になったら、間違いなく不利になる。とすれば石斧の魔法で切り付けるのが一番だろう。

 そこまでルックは考えた。しかし、次のボルトの言葉でそれが手遅れだと分かった。


「彼はとんでもない過ちを犯そうとしている。神の使いは死なせてはいけない。そのためならば、無知なる罪を持つ子供、お前の命とて尊いものではなくなるのだ。故に、もしもお前が俺を彼の元に導かねば、この剣がお前の罪を切り払うだろう」


 ずいぶんと回りくどいが、連れて行かなければ殺すというのだ。しかも、いつの間にか敵は剣を抜いている。この状態で不意など突けるはずがない。

 しかしルックは冷静だった。


「な、そんないきなり!」


 口では慌てふためいて見せて、ボルトの剣に腰を抜かせたように尻餅をついた。


「怖がることはない。私は神官だ。お前の罪を切り払ったあとは、お前の魂は正しく揺らぎの下へ還るだろう」


 言っている意味は分からないが、意図は分かる。今にも切ろうとしているのだ、本気だぞと言っているのだろう。ボルトの目的はあくまでクロックの居場所を知ることだ。そのためにルックを脅し始めたのだ。

 尻餅をつくルックに真っ直ぐ剣を向けるボルト。暗くなった街路に他に人影はない。絶体絶命の体勢にも見える。

 しかし、ルックの手は地面に付いていた。


 突如としてボルトの立つ地面が空に向かって立ち上る。ボルトは突然の隆地に為すすべもなく突き上げられた。ボルトが宙空にいる間に、ルックは大剣を背から外して鞘から引き抜いた。

 宙にいるボルトは無防備にも見えたが、紫色の髪は鉄の魔法師だ。鉄皮の魔法で剣を止められ、思わぬ逆襲にあうかもしれない。それに有名ではないが、鉄空の魔法なども存在する。ルックは大剣の、鉄と火のアニーにマナを溜め始めた。

 宙に弾き飛ばされたボルトは、空中で身を反転させ、足から地面に降り立った。その瞬間にかなりの速さでルックに詰め寄って来る。

 ルックは剣を持つ手を右手だけにし、左手から大量の石投を放った。しかしボルトはものともせずにそのまま突進してきた。石投が全て固い音に阻まれる。


 一瞬ルックはかつての仲間を思い出した。しかしボルトはドゥールよりも遥かに速い。ボルトはルックに詰め寄ると、上段に構えた剣を淀みなく振り下ろす。一見単純そうな攻撃だったが、速くて力みがなく、どう対処しても次の動作にすぐ繋げられるのだろうと予想できた。

 ルックはただその剣を受けるのではなく、受けた剣に思い切り力を込め、ボルトを弾き返した。ボルトは数歩後退し、完全に体勢を崩すのをこらえたが、そこはルックの大剣が最も扱いやすい間合いだった。

 ルックはボルトに立て直す暇を与えないために、次から次へと攻撃を繰り出した。ボルトの剣はルックに致命傷を与えるには遠すぎる位置だ。防戦一方になる男に、ルックは容赦なく打ち付けた。しかし、ボルトの剣技はルックよりも格段に上なようで、なかなか切り込めない。


 何度か切り結ぶうちに、ルックはボルトの受けにあるパターンを見いだした。彼はルックが右から攻撃したときだけ、ほとんど剣を使って受けようとはせず、紙一重でかわすのだ。そしてルックは、たまに右からの攻撃を剣で受けられた際、ボルトの顔がかすかに苦しそうに歪むのを見た。


 どこかに故障がある。


 ルックはボルトの行動や表情からそう判断した。そのため極力右からの攻撃を増やし、ボルトに少しでも楽をさせまいと考えた。

 そして右からの攻撃を、ボルトが久しぶりに剣で受けようとしたのを見て、ルックは渾身の力を込めた。ボルトの剣は堪えきれずに弾かれ、ルックの剣はそのままボルトの横腹へ向かっていった。


 肌を切ったにしては固い手応えがルックに伝わる。先ほどボルトは全身を鉄皮で固め、石投を防いだのだ。当然ルックはこれを予想していた。

 しかし、ボルトが苦痛に悲鳴を上げた。ルックの剣がボルトの鉄皮を破り、横腹に食い込んだのだ。同時にじゅうじゅうという音と、焦げ臭い匂いが立ち上る。ルックが火のマナを使い、剣身を高温にしていたのだ。とっさの思い付きだったが、鉄の魔法師にはかなり有効な戦法だった。


 ボルトは慌てた様子でルックから距離を取った。自分の鉄皮が破られるとは思っていなかったのだろう。だがルックの方も、今の攻撃が致命傷どころか、浅く斬りつけただけに終わったことを驚いていた。ルックは、ボルトの鉄皮が薄く表面を守るだけのものだと考えていたのだ。しかしどうやらボルトの鉄皮は、ドゥールの鉄皮並みに厚いらしい。それほど魔法に比重を置いた状態であれほど速く動くとは、信じがたいことだった。

 ルックは再び火のマナを溜めながら、敵の動きを待った。


「すまなかった」


 しかしボルトは突然そう言い、剣を収めた。考えてみれば、ボルトにはルックと命をかけて戦う理由はないのだ。ルックが安全に勝利を得られる相手ではないと見て、戦闘を終わらせようとしたのだろう。

 ルックはドゥールのような戦闘狂ではもちろんないが、クロックを狙っているというボルトとは戦う理由があった。


「謝って済むとでも?」


 挑発するようにルックは言う。


「お互いにここで命をかけあう利はないだろう」

「そっか。だから見逃してくれようってこと」

「俺も邪教徒が近くにいると知って、気がせいていたのだ。軽率な行動を取った。しかしクロックは捨て置くことができぬ。どうか宿の名前だけでも教えてはくれまいか?」

「できないね。突然人に剣を向けるような人の話が、信用できるはずないよ」


 ルックがさらに挑発を重ねても、ボルトは乗ってこなかった。


「分かった。ならば地道に探すとする。お前に剣を向けたことは重ねて詫びる」


 ルックはそこで逡巡した。どうにもこのボルトは、それほど話の分からない人間には見えない。どうにか説得できないだろうか。


「その邪教っていうのは、改宗させることはできないの?」


 ルックはもう少しボルトの人となりを確かめたくなり、質問をしてみた。

 ボルトもルックの態度が軟化したのを感じたようで、その質問にはちゃんと答えた。


「難しいだろう。彼は自分の神に強い力を授けられている。そこまで深く染まった人間は、そこから抜け出そうとすれば死にいたる」

「そっか。ならその神を信仰させたまま、正しい行いをさせることは?」

「彼の信奉する神は、闇という邪神だ。闇はこの世界を滅ぼそうとしているのだ。その邪神を信奉する限り、正しい行いなどできはしまい」


 ルックは頭を掻いた。ボルトの目は真剣そのもので、一切の揺らぎがない。彼は彼なりの正義を持ってクロックを討とうと考えている。しかしその正義はクロックの正義を否定するのだ。

 やはりボルトはここで打ち倒さなければいけない。ルックは迷いながらもそう考えた。

 しかし、ボルトは強い。力ではルックが上だが、速さはほぼ互角。そして剣技や魔法はボルトの方が一枚上手だ。

 短い打ち合いしかしていないが、ルックはそう見当を付けていた。

 そうすると、一度ボルトを宿へ案内して、リリアンと合流した方が得策かもしれない。この時間ならリリアンが戻っている可能性が高い。


「分かった。そしたらあなたを宿に案内するよ」

「なんと、分かってもらえたか」

「そのかわり一つ条件を付けさせて。クロックを見ても、いきなり斬りかかるようなことはしないで、説得をしてみて。それでクロックが改心をして死ぬのだとしても、そっちの方が道理が通るよね」

「なるほど、それは間違いないだろう」


 ルックは上手く会話が進んだようで、ほっと胸をなで下ろした。少し卑怯なやり方にも思えたが、生き延びるためにはやむを得ない。

 しかしルックが思いもしないことが起き、ルックの目論見は打ち砕かれた。

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