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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 ルーンは一人少なくなったカジノの警備を、それでも通常通り続けていた。ヤマの突然の死には驚きを感じたが、かと言って自分に何ができるわけでもないのだ。


 私にとって、ルーンには少し共感しがたい考え方がある。

 ルーンは自分の周囲とそうでない人間を、明確に分けて考えている。内側の人間に対しては当然の事ながら、守りたいと考えている。ルーンが治水の魔法を生み出したのは、こういった思いが強かったためだろう。

 ここまではいい。

 しかしルーンは外側の人間に対しては、例え死んだとしても悼む気持ちがほぼない。少なからず誰もがそういった考え方をしているのだろうが、ルーンのそれはとても極端だ。

 違う世界から覗き見ているだけの私が、このようなことを思うなどおこがましいことだけれど、ルーンは外側の人間に対して、寒気がするほど無関心なのだ。

 彼女も明確に意識しているわけではないだろう。ただルーンにとっては、人の命は平等ではなかった。

 少しシュールと面識があったヤマだが、ルーンにはまだ内側の人間ではなかった。ヤンダヤンガ商店のダンバースに憤りを感じはしたが、ヤマが死んだことには同情の念もなかった。


 その日の仕事は特になんのもめ事も起こらず、平和に過ぎた。しかし日が大分陰り、そろそろカジノがお開きになるというころに、赤髪の四角い顔をした髭面が、ルーンを探しに走ってきた。

 カジノはまだそれなりに賑わっていたが、その賑わいを押しのけ、大音声でザッツがルーンを呼んだ。


「ルーン! このカジノの中にルーンはいるか?」


 突然名前を呼ばれたルーンは驚いて身を強ばらせた。呼応するように頭の上でビーアがばたつく。とっさに知らないふりをしたいと思ったが、他の警備仲間の目が即座にルーンの元に集まり、手遅れだと悟った。

 四角い顔をした髭面は、安堵の表情でルーンの元に歩み寄ってきた。敵意はなさそうなので、ひとまずは安心した。


「お前がルーンで間違いないな? 実はクロックが大変な傷を負っているんだ」


 ルーンは目を見開いた。そういえば今日クロックは、ボルトの真剣勝負に向かったはずだ。そうすると彼がそのボルトなのだろうか。とにかくこうしてはいられない。ルーンは仕事が終わるのも待たず、急いでザッツの案内するクロックの居場所へ向かうことにした。




 ザッツの住処とカジノでは、歩けば十クランはかかる距離だった。往復で一時間はかかる。しかしザッツは出て行ってから、ほんの五クラン程で戻ってきた。自身追われる身でありながら、マナを使った走法で駆けてくれたのだろう。


「クロック!」


 ルーンの悲鳴のような声が聞こえた。それで目を開けると、自分の肩に目を釘付けにした、緑色の髪の少女がいた。


「おじさん! 綺麗な水を用意して」


 ルーンは大きな傷を見慣れているのだろう。すぐにきびきびとザッツに指示をし始めた。ルーンがザッツをおじさんと呼んだのをからかってやろうと思ったが、舌が上手く回らなくてただ唸っただけになってしまった。

 右腕に全く感覚がなかったが、ルーンが来たからにはもう安心だろう。そう思うと、クロックは再び強い眠気に襲われた。少し意識を保とうと抵抗を試みるも、効力はなかった。




 ルーンがクロックの元に駆けつけた頃、ちょうどルックはフエタラの街へたどり着いた。

 本来一日がかりの道程だったが、マナを使って二時間程で走破してきた。アーティスと違って、ごつごつした地面は走りづらかったが、ルックはまだマナを余らせていた。

 しかし街中だとルックの速さは危険なので、そこからは通常の歩みで拠点にしている宿に向かった。


 ここフエタラ街ではララニアのような騒音はない。何もないここまでの道中よりは賑やかだったが、それでも落ち着いた街だった。

 街を行く人はそれほどいない。海側の方ではまだ往来も多いらしいが、この周辺は住宅が多いので、日が暗転したこの時間には住民はあまり出歩かないのだ。

 とはいえ歩くのが困難なほど寂れているわけではない。太陽は暗い光しか降らせていないが、フエタラの街にも街路灯はある。道行く人の表情までは見えないが、いることに気付かないほどは暗くない。


 そんな街を歩いていると、ルックの前方から、背の高い人影が歩いてきた。

 狭い道ではないし、わざわざ近くをすれ違う必要はない。しかしその人影はルックの方に向かっているようだ。

 ルックは少し訝しく思いながら、その人影にそのまま近づいていった。背の高い男で、顔には大きな火傷のあとがある。紫の髪で、腰には一本の剣がさげられている。絶対ではないけれど、まず間違いなく戦士だ。だがルックにはその男に襲われる理由はない。何か尋ねたいことでもあるのだろう。


「すまない、人を探しているのだが」


 案の定、男はルックのそばまで来ると、そう声をかけてきた。

 ルックは少し警戒しながら、男の言葉の続きを待った。


「三本の刃を背負った、黒髪の男を探している。左肩に傷を負っていると思うのだが、見なかったか?」


 ルックは男の言葉に思わず目を見開いてしまった。三本の刃を背負った黒髪。間違いなくクロックのことだ。彼が負傷していると聞いて驚いたのだ。

 しかしルックは、それで知らないふりができなくなったことを悟った。


「それなら僕と同じ宿に泊まっています。彼がどうかしたんですか?」


 ルックは警戒心を高め、真実が湾曲して伝わるように受け答えした。クロックはカン軍の元大将軍の子だ。誰かに恨まれていないとも限らない。真実を話すにしても、男が敵ではないと見極めてからの方がいいだろう。


「本当か」


 男はそう言うと、少しの間何かを考えたようだ。それから続けて言葉を発する。


「実は先ほど彼と手合わせをしたのだが、そのとき思わぬケガを負わせてしまって、見舞いに行こうかと考えたのだ」


 なるほど。そうすると彼はクロックの依頼主、ボルトなのだろう。

 ルックはそう判断した。それから即座に、男の言葉が真実なら、彼が見舞いに行く必要はないと思った。ルーンがいれば大抵の傷は治せるのだ。そして男がクロックに手傷を負わせたというのに、全くの無傷なことに気付いた。それほど強い戦士なのだろう。それならばクロックは、彼を仲間に引き入れようとしたはずだ。

 しかし同時に、それらのことを自分が知っていると、まだ男に明かすわけにはいかないと判断した。男の話が真実だとは限らないのだ。


「そうだったんですね。それなら宿まで案内してもいいですけど、見舞いをしたところでどうかなるんですか?」


 ルックはそこで、一つ芝居を打ってみることにした。人が人を心配する気持ちが分からない、想像力の乏しい人間を演じたのだ。その言葉にはボルトも答えに窮したようで、かなりの間が空いた。


「どうということはないが、俺には少し医療の心得があるのだ」


 もしここでボルトと話しているのがルーンだったら、この時点でボルトが嘘をついていると見抜いただろう。理論ではなく、少しの間や、声音からそれを感じ取っただろう。

 しかしルックは、ルーンのように勘が良くはなかった。


「ああ、それなら彼は仲間に医術師がいるらしいので、必要ないと思いますよ」


 ルックはボルトの発言に矛盾がないと思い、さらに演技を続けた。


「むしろ今訪ねたら、逆に邪魔になるかも。また別の日にした方がいいんじゃないですか?」

「ああ、そうだな。そうしたら後日訪ねることにしよう。そしたら今日は、宿の場所だけ教えてはくれまいか?」


 ルックは未だにボルトに警戒心を持ってはいたが、その発言には断る理由がなかった。分かりましたと言って、ボルトの前を歩き始めた。

 二人で並んで歩く道中、ボルトはルックに問いかけてきた。


「時に、その彼はクロックと言うのだが、仲間がいるのか?」


 ルックはなぜそれをボルトが知りたがるのか、不思議に思った。


「実は、彼に仲間にならないかと誘われたのだ。だから少し気になってな」


 ルックが不思議に感じたのに気付いたのか、ボルトは続けて理由を語った。


「うーん、宿に泊まっていたのは五人か六人だったと思います」


 ルックは曖昧に答えた。


「そうか。そのものたちはみんな何色の髪だったか?」

「アレーかキーネかってことですか?」


 ボルトは奇妙な質問をしてきた。ルックはすぐに聞き返してから、二つのことに気付いた。

 一つは、彼がルックの嘘や芝居を、完全に信じ込んでいるということ。そしてもう一つは、彼がただ者ではないだろうということ。


「そうだ。できればなんの魔法師かも知りたいのだが」

「ああ、そういえば珍しいのですが、僕が見たのは全員影の魔法師でしたよ」


 ルックは何食わぬ顔で嘘をつき、ちらりと後ろを歩くボルトを覗き見た。予想通り、ボルトの顔には驚きの色はなかった。

 ルックはクロックから、闇の宗教についてをある程度詳しく聞いていた。闇の洗礼を強く受けた者は、みな髪の色が黒く染まるという話だ。

 ルックは今まで生きてきて、五人のグループが全員黒髪だったなどという話は聞いたことがない。普通ならここは関心を示すところだ。しかしボルトは明らかにそれを予測していた。それはつまり、ボルトはクロックが闇の宗教だと、そして闇の宗教がどういうものなのかも、知っているということだ。


「正直な話、僕は彼らが気味悪いんですけど、あなたはなんの仲間に誘われたんですか?」


 ルックはボルトの反応をうかがうために、さらにそう質問をしてみた。ルックを信じ切っていたのだろう。警戒心が全くなかったボルトは、火傷のある眉根をひそめ、重い口調で正直に答えた。


「信じがたいことに、神の使いを殺すつもりだというのだ。彼らはそうしなければ人間が滅ぶと考えているらしい」

「そんな相手を見舞うんですか?」


 ルックはついに、ボルトの話に矛盾を見いだした。ルックの問いに、ボルトは口ごもった。

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