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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 普通の剣よりは少し短いが、シャルグが良く使っていたような小太刀ほどは短くない。ルックは試しに背から大剣を取り出した。愛用の大剣は、この町では灰色に染まっているようで普通の刀身に見える。

 渡された剣と比べてみると、ルックの大剣は二倍ほども長さがある。大剣をしまい、渡された剣を抜いてみると、やはり大剣に比べて大分軽く、小回りが効きそうだ。

 ルックは何より、鞘の色が気に入った。普通の鞘は革をなめした茶か黒がほとんどだ。特に色にこだわりがあるわけではなかったが、自分の髪と同じ色だったので、これも何かの縁ではないかと考えたのだ。

 作りはしっかりしているようだったが、値段はカン金貨で五枚と、安くはなかった。それを指摘すると店主は、もし気に入らなければまた同額で買い取ろうと言ってきた。


「それならあなたに利益がないんじゃないですか?」

「いや、君は南部猿を倒しに行くんだろ? 奴らにはうちも被害を被っていてね。南部猿を倒してもらえるんなら、充分な利益になるんだ」


 カン人は実質的だと聞いていたが、なるほどとルックは思った。武器商が被害を受けるというのは良く分からなかったが、南部猿に困っているなら、ルックを応援する理由には充分だ。


 店主から剣を受け取ると、ルックは宿に戻って剣の点検をした。

 店の作りがそうだったように、剣も良く手入れが行き届いていた。

 一通り点検を済ませると、鞘に戻し、腰のベルトにつけてみた。少し斜めにかけると、ちょうど引きずらず歩くのに邪魔にならない長さだった。

 ルックは立ち上がると、今度は領主の館に向かって宿を出た。

 宿の人の話では、領主の館は宿を出て北西にあるという。北西の方角を見ると、他の建物よりも広く背の高い館が見えた。

 そこは領主の別邸らしく、領主サニアサキヤはひと月ほど前から、しばらくそこに滞在しているらしい。


「南部猿の討伐をフエタラで受けたルックですけど」


 館の門で門番に事情を話すと、快く応接室に通された。

 応接室はそれほど大きくはなく、暖炉と窓と羊毛のカーペットがあるだけの部屋だった。ルックは部屋に通されても、座っていいのかすら分からず、そこで立ち呆けていた。


 幸い程なくして、領主サニアサキヤと、その軍団長と名乗るリキアというアレーが現れて、ルックに座るよう促してくれた。

 カーペットに腰を下ろすと、サニアサキヤとリキアも向かい側に腰を下ろした。サニアサキヤは初老の男性で、白髪混じりの髪を全て後ろの方へ向けて固めている。油の匂いが鼻につくが、身だしなみは非常に整っている。リキアは軍団長というだけあって、良くしまった体つきをしていた。歳は四十前後だろう。サニアサキヤよりも大分若いが、顔付きには戦士特有の厳しさが見える。


 到着を伝えにきただけなのに、わざわざ領主自身が出迎えてくれたのは意外だった。しかしどのような理由があるにせよ、いずれ二人の口から語られるだろう。そう思って、ルックはいったんその疑問を押し込めた。


「お前は他国のアレーと見るが、なぜ今度の依頼を受けた?」


 自己紹介を終えると、サニアサキヤが低い声で問いかけてくる。特に嘘を言う必要はないが、全てを語れば長くなるので、ルックはそれに簡潔に答えた。


「片腕のルーメスを討つ旅の途中で、入り用になったんです」

「片腕……」


 軍団長リキアが驚いたように口を開いた。


「片腕は恐ろしい強さだと聞くが、倒せる算段はあるのか?」


 ルックはリキアに目を向けてそれに答える。


「自信はありません。けど野放しにもできないと思っているんです」


 ルックが気負わずに言うと、リキアは何事かサニアサキヤに耳打ちをする。


「そうか。すると一応戦士ではあるのだな」


 サニアサキヤはそんなことを言うと、軍団長に目配せをした。ルックが訝しく思っていると、軍団長が主人に頷きを返した。


「私からお話しいたそう。実は今度の依頼なのだが、思っていた以上に困難なようなのだ。先日私の腹心であるワータスという戦士以下、十名のアレー部隊が南部猿の縄張りを視察に向かったのだ」


 ルックは重々しく話す軍団長に、姿勢を正して向き合った。


「ワータスはあまり良い家柄の出ではなくてな、実力だけでサニアサキヤ軍の副軍団長にまでなった男だ。正直軍団長の私よりも、数段腕の立つ男だった。ご存知かは分からぬが、サニアサキヤ軍はカンでも有数のアレー部隊だ。数は百に満たないが、量より質を重視しておるのでな。他の十名も一角の戦士だった」


 視察に行って、何か困難を見つけて戻ったのかと思ったが、この前置きからすると、そうではないらしい。ルックはまさかと思いながら、リキアの話しの続きを待った。


「お察しの通り、誰一人生きては戻らなかったのだ」

「一人もですか?」

「そうだ。私自身が昨日帰らぬ彼らを探しに出て、十一人の死体を見つけた」

「それはとんでもない話ですね。南部猿にやられたんですか?」


 ルックたちはもちろん例外だが、普通のアレーは野生動物とそう力は変わらない。しかしアレーは武器を使う。さらに魔法もある。よほどのことがなければ動物に敗れることなどないはずだ。


「ああ。彼らのそばに二匹の南部猿の死体があった。おそらく南部猿と戦闘をして殺されたのだろう」


 リキアの説明にルックは目を剥いた。十一名のアレーが殺されたのなら、南部猿が大群で襲って来たのだと思ったのだ。それが二匹しか死体がなかったとすると、大群だった可能性は低い。南部猿の一団がアレーの部隊を圧倒したということだ。


「恐ろしい話だが、殺されたアレーは全員、斬り殺されていた。そして、死体から剣が全て奪われていた」

「それは……」


 ぞっとしない話だった。確かに南部猿は頭のいい動物だと聞いていた。もし野生動物が武器を持ったとしたなら、アレーとそう変わらない強さがあるのだろう。


「本来なら三十名のアレーを雇い、ワータスの指揮で五十の討伐隊を組む予定であったが、どうやら策を練り直す必要があるようだ。今回集まったアレーも、今のところ二十名全員が、依頼を断った」


 リキアはルックが依頼を続ける意思があるのか、確認をしようというのだろう。そこで話を切り上げて、ルックの言葉を待った。


 今回の依頼は南部猿を五匹討伐することで、金五枚というものだった。南部猿がアレーと変わらない強さだとしたら、あきらかに割に合わない。

 普通なら即座に依頼を断るべきだ。他の二十名もそうしたのだろう。しかしルックはしばらく考えを巡らせた。

 三十のアレーを雇う気でいたなら、金百五十の予算を立てていたということだ。南部猿は非常に危険な存在のようだが、少なくともワータスの部隊が二匹は殺しているという。ワータスたちの強さにもよるが、絶望的な強さということもないだろう。


「少し質問させてもらっていいですか?」


 ルックはもう少し詳しい話を聞く気になった。期待を込めた目でリキアが頷く。


「まず、ワータスって人の部隊なんですけど、ワータス以外の人はリキア軍団長より弱かったんですか?」

「ああ。一応私はワータス以外にはそうそう負けない」

「そっか。そしたらあとで一度僕と手合わせしてもらえませんか? 南部猿の強さを少し具体的に計りたいんです」

「いいだろう。当然の判断だ」


 ルックの言葉には、サニアサキヤが答えた。軍団長が剣を取るかどうかは、全て領主の判断に委ねられるらしい。ルックはサニアサキヤに目を向けて、今度は金銭的な条件を提示した。


「あとは報酬についてですけど、僕の仲間だけでこの依頼を受けさせてもらって、キーン金貨二百は最低頂きたいのですが」

「二百だと」


 リキアが驚いて声を上げるのを、サニアサキヤが制した。


「良かろう。それも今度の依頼内容を思えば当然の金額だろう。しかし報酬は成功した場合にのみ支払う。それと武器を持つことを覚えた南部猿は、今後数が増えればまた脅威となるであろう。お前に課すは、武器を持つ南部猿の群れ一つを壊滅させることだ。よろしいか?」


 サニアサキヤの低い声は、有無も言わさない響きがあった。サニアサキヤの身分は旅のアレーには特に気をつかうものでもないはずだ。しかしルックは高い身分の人間が持つ圧に飲まれ、ただ頷くしかなかった。

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