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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
245/354

2022.02.14改稿によってはみ出してしまった部分の再投稿です。新部分は『災害の大海蛇』からとなります。

更新内容は投下時に記載予定です。




 次の日、リリアンとクロックが泊まる宿では、まずリリアンが先に宿を出た。ちょうど太陽が最も輝く時間だ。


 ガガ家に着くと、三日目にして初めて家の主人、ガガ自身が出迎えてくれた。どうも今日は仕事がなくなったらしく、息子への指南を見てみようと思ったらしい。息子ランガは父親に良いところを見せようと、いつもより張り切っていた。ガガはそれを見て、愛おしげに頷いている。

 愛のある家庭のようだった。リリアンはそれなのに息子を戦士にしようとする、ガガの気持ちは分からなかった。


「リリアン」


 ランガに課題を与えたため、リリアンは少し手が空いた。勤勉なランガは黙々とリリアンから言われた型で素振りをしている。そこへ、ガガが落ち着いた声で話しかけてきた。

 リリアンは肩越しにかけられた声に視線で応じる。


「息子はどうだね? アレーとしての才能という意味でだが」


 ガガは平和に暮らしているキーネだ。自分の息子が強いのかどうか、見極めが付かないらしい。

 リリアンはガガから俸給を得ている立場だけれど、この点を曖昧にしておくつもりはなかった。


「戦士として身を立てているアレーの中では、才能はかなり下の方になるわ。剣技は悪くはないでしょうけど、絶対的にマナに恵まれていないようね」


 ガガは手厳しいリリアンの評価に、黙って頷いた。リリアンはガガの気持ちを計りかねた。リリアンとしては、また戦争が起こるようなことがあれば、ランガは真っ先に死ぬと警告したつもりだったのだ。つまり戦士として育てることは諦めろと。

 しかし、熱心に一つの型で繰り返し剣を振るランガを見ていると、ふとリリアンは気が付いた。

 戦士になることを望んでいるのは、ガガではなくてランガなのだ。


「ランガ、少し休憩を入れるわ」


 リリアンはたまりかねてそう声を上げた。


「休憩をしたら、少し私と試合をしましょう」


 リリアンの発言に、ランガは目を輝かせた。ランガは今年で十三だという。出会った頃のルックと同じ歳だ。ルックもあまりマナに恵まれたアレーではない。良く見積もって中程度のアレーだ。しかしランガはその当時のルックにも遠く及ばない。仮にリリアンのように、マナの効率的な使い方に気付いたとしても、それほどのアレーにはならないだろう。ならばここで、ランガの夢を挫折させるべきだろうと考えたのだ。


 ランガが充分に休憩を取ると、ガガ家の広くはない庭で、リリアンとランガの試合が始まった。

 それは極端なハンデ戦だった。ランガは真剣を持ち、リリアンは素手だ。そしてリリアンは一本の庭に生えた木を背にし、その木の木陰からは出ないという条件を付けた。もちろん魔法も使わない。そしてランガにこう告げた。


「私を殺すつもりでかかって来て」


 ランガはそんなことはできないと言ったが、それに強い語調でリリアンが叱り付けた。


「それは私が素手なら殺す事ができるっていうこと?」


 リリアンにしては珍しく激したような声を出した。もちろんこれは演技だ。


「いえ、申し訳ありません」


 ランガはそれにやや押されながら謝った。

 リリアンは木陰から出られないので、試合開始とともに動いたのは、当然ランガだ。


 ランガは剣を正眼に構え、気合いの声とともに打ち込んできた。リリアンはそれをほんのわずかに横に動いてかわす。

 剣を振り下ろしたあとは多少の隙ができたが、リリアンはそれを見送った。

 ランガは逆袈裟に剣を振り上げ、リリアンの胴を狙ってくる。リリアンは今度は左手の手刀で剣の腹を軽くはたいた。本気で切り上げて来る剣に、事もなげに合わせたのだ。さらに、軽くはたいただけに見えたのに、ランガの剣は完全に向きを変えてしまった。今度はわずかではない隙が生まれた。ランガが剣を落とすまいとしたために、リリアンに対して完全に横向きになったのだ。そうでもしなければ、剣を落としてしまうほどにリリアンの手刀は強烈だった。

 ランガがとっさに木のそばから飛び退いた。いや、飛び退こうとしたのだろうが、それは成功しなかった。リリアンがランガの肩を押さえ、たったそれだけでランガの足は立っているのがやっとなほどの圧力を感じたのだ。

 そこでリリアンは拳を引いた。拳をかわすため、ランガは立っている事を諦めて、しゃがもうとした。しかしそれすらも成功はしなかった。

 ランガが膝を折る間すらなく、リリアンは拳を鼻先に突きつけたのだ。


「これがアレーの戦闘よ。もちろん私はアレーの中でも強い方でしょうけど、私の同行者はみんな私とそう変わらない強さがあるわ」


 その日リリアンはガガに夕飯を食べて行くように進められた。金策をしているところなので、断る理由もない。ガガは終始試合の結果について何も言わなかったが、目には感謝の色を浮かべているように思えた。




 リリアンが宿を出てしばらくしてから、クロックは三本のむき出しの刃を背にかけて、ゆったりとした足取りで指定の場所に向かった。


 クロックは決して弱い戦士ではない。しかし今度の勝負に絶対の自信があるわけではなかった。

 ボルトとの真剣勝負と題を打たれた依頼だが、実際にそれは真剣勝負と言えるかどうかは怪しい。クロックの方はボルトに致命傷は与えられないので、どうしても真剣にとはいかなくなるのだ。対してボルトは、それこそ真剣に、クロックの命を狙ってくるだろう。

 ボルトがただの酔狂な男で、思い上がって今度の依頼を出したのであればと、クロックは心の中で祈っていた。


 指定されていた場所はフエタラ城下町を覆う防壁にほど近い、広めの広場だった。日は大分陰りを見せていたが、戦闘に支障が出るほどではない。広場に無造作に生える雑草が、緑色だと判別できるくらいの明るさはある。

 クロックが指定の時刻よりも少し早くそこに着くと、ボルトと思わしき男はすでにいた。


 男は落ち着いた雰囲気で広場にあぐらをかき、目を閉じていた。落ち着いた雰囲気というよりは、ボルトは瞑想でもしているのだろう、微塵の動きもなかった。座ってはいたが、長い足や顔の骨格から、背の高い男だと推測できた。引き締まった顔をしていたが、右の頬に大きな火傷のあとがある。火の魔法師に焼かれでもしたのだろうか。

 髪の色は紫だ。鉄の魔法師だろう。クロックが近付いて行くと、男は足音に気付いたようで、ゆっくりと目を開けた。


「お前がクロックか?」


 男の目は薄い金色だった。少しつり気味のクロックの目よりも、大分つり上がっている。声は低く、重々しい。


「ああ。君がボルトだね」


 クロックは内心の不安を膨らませていたが、そうとは悟られまいと軽い口調で聞いた。どう見ても男は腕に自信があって今度の試合を依頼したのだろう。


「ああ」


 ボルトはクロックの問いに短く答え、立ち上がる。


「始める前に、何か言うことはあるか?」


 ボルトの問いにクロックは心の中で舌打ちをした。まるで遺言を聞こうと言うようだ。


「一つ、条件の確認をさせてほしい」


 クロックはあらかじめ考えていたことを口にした。ボルトは無言でそれを促す。


「こっちは君を殺したらだめだと言うことだけど、目を潰したり、生死に関わらない傷なら負わせても構わないのかい?」

「もちろんだ」


 ボルトの答えは短かった。正直クロックはこの時点で勝負を投げ出したかった。リリアンにも危険だと感じたら手を引くように言われていたのだ。この男は間違いなく弱者ではない。だが続くボルトの発言で、クロックは腹をすえた。


「もし弾みで俺を殺してしまったとしても、俺は一切咎めない。俺もお前を殺すつもりはないが、弾みで殺してしまう場合もある。依頼の条件はそういうことだ」


 なるほど、それならあの条件は、クロックを一方的にいたぶろうというものではないのだ。

 クロックは決して弱い戦士ではない。通常の強いアレーよりも、数段腕は上のはずだ。そして船を借りる金はどうしても必要なのだ。


「分かった」


 クロックは言うと、背中に手を回し、愛用の武器のつかみを握った。

 ボルトも黙って剣を抜く。

 クロックとボルトは、ほぼ同時にお互いの武器を持って構えた。

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