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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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「はは、あれには驚いた。お前いきなりあの柄の悪いのに喧嘩をふっかけるんだもんな」

「喧嘩じゃないさ。ただ注意をしただけだろう?」


 カジノは二階と三階が宿になっている。宿には大きな食堂があり、ルーンとヤマと、もう二人ここで寝泊まりをしている旅のアレーが、食事を終えて雑談をしていた。


「ははは、ヤマはオラークの生まれか? あれで喧嘩じゃないとはな」


 ヤマをからかうように笑っているのは、青い髪を持つ中年のアレーだ。痩せ型で、下ろした髪が額を隠している。大人しそうな見た目だ。しかし、口調は自信に満ち溢れているかのような、悪く言えば少しぞんざいなものだった。

 対してヤマは、灰色の髪を無造作に跳ねさせて、快活そうに見える。若さが溢れていて、しかし口調は青い髪のアレーより数段丁寧だ。


「確かに僕はオラークの生まれだけど、僕が生まれた地方はそんなに喧嘩が多い所ではないよ」

「なるほどな。だから君は旅をしてるのか?」


 青い髪に乗っかるように、紫色の髪のアレーが言った。彼は寡黙な男だったが、一言一言にとても毒がある。もちろん冗談で言っているのは分かるので、ヤマも気を悪くはしないが、素直にそれを認めるはずもない。


「喧嘩がしたくて旅に出てるわけないだろう?」


 ヤマは少しくだらない冗談にも、いちいち取り合ってくれる。真面目な性格なのだろう。青と紫のアレーはそれが楽しいらしく、昨日から何かとヤマをからかっていた。

 普段おしゃべりが好きなルーンだったが、喉が疲れているのと、ヤマ以外の二人の品のない冗談に、あまりしゃべるつもりはなかった。


「ところでお前、本当にそんなに強いのか?」


 青髪のアレーが聞いた。ダンバースとのやりとりは、あのカジノにいた全員に聞こえていたのだ。


「そうだね。これでも一応、実戦では一度も負けたことはないよ」


 ヤマはそれをかなり誇りに思っているのだろう。自慢げに語る。


「ふーん。俺なんかは旅してるって言っても、絵を描くために世界を見て回ってるだけだからな。俺なんかよりは確実に強いんだろうな。ルーンはどうだ? 身なりからして戦士なんだろ?」


 他にカジノで警備をしている女性のアレーは、みな町人らしく質素なドレスを来ていた。しかしルーンは女性にしてはかなり身軽な格好だ。ちなみに絵描きだと言った青髪のアレーは、ゆったりとした短衣とズボンを身に付けていて、ひと目で戦いに向かないと分かる。


「私? 私は一応戦うけど、強くないよ。私よりビーアの方が強いくらい」


 黙って聞きに回っていたルーンだったが、話を振られればきちんと答えた。ルーンの言葉に答えるように、頭の上でビーアが一鳴きした。

 男たちはルーンがままごとをしていると思っていて、それに少し困ったように笑った。歳の離れた異性の思考に、付いていけないと感じたのだろう。


「なあ、実戦ではってことは、試合では負けたこともあるんだろ? 何かそういう大会にでも出てたのか?」


 青い髪のアレーは話題を変えるようにそう言った。


「ああ、大会には何度か出場してるよ。小さな大会だけど、優勝の経験もある」


 ティナのファースフォルギルドが数年に一度開催するように、アレーの武力を競う大会は各地にある。アレーもそのような大会で名を上げることに利があるし、彼らの戦闘は集客の良い見せ物になるのだ。特にそういった争い毎が好きなオラーク国では、毎日のようにアレーや鍛えたキーネ同士に試合をさせ、賭の対象にしているところもあるという。


「なるほどな、それでそんなに自信があるのか」


 ルーンはそうした大会はティナのトーナメントしか知らない。ファースフォルギルドのトーナメントは風の衣が使われる。どんな攻撃からも着ている人を守る風の衣だ。そうした大会の中では最も安全で、出場者にも人気が高い。そのため人が多く集まり、殺伐とした雰囲気もない。見物客も大人だけでなく、子供も多い。一種の祭のような物だった。

 そのためルーンはヤマの言う大会に興味を持った。ルーンは祭のような賑やかな催しが好きだったのだ。


「小さな大会なんてあるの? 私お祭みたいな大会しか知らない」

「祭だって? あんなのが祭みたいになるとこがあんのか?」


 青い髪の絵描きがそう尋ねてきた。ルーンはむしろそうでない大会を知らず、首をかしげる。


「ああ、ルーンはアーティスの出身だったね。それならルーンの言ってる大会は、ティナのトーナメントのことじゃないかな?」

「おお、それなら納得だ。俺は行ったことはないが、あれは確かに賑やからしいな」

「賑やかなんてものじゃないよ。町中がカジノみたいに騒いでるんだ。僕もおしゃべりは嫌いじゃないけど、ティナの人の話し好きには驚いたよ」


 ヤマは苦々しく笑いながら語った。ティナ街にとってはファースフォルギルドのトーナメントは一大イベントだ。その年に落ちる金は、開催のない年に得られる収入の十倍にはなる。客人を満足させようと、町中の人間が普段以上に饒舌に弁を奮う。ただ、それを行き過ぎていると感じている来訪者は多いらしい。


「ヤマもその大会には出たのか?」


 青髪のアレーの質問に、ヤマはさらに苦々しげに笑った。


「ヤマは強いらしいからな。相当勝ち進んだんだろう?」


 紫色の髪がそれを見て、にやにやしながらそう問いかける。

 ヤマは溜め息をついて事実を告げた。


「お察しの通り、初戦で負けたよ」

「えー! ヤマもあの大会に出たことあるんだ! じゃあ私ヤマのこと見てるかもしれないね」


 ルーンは少しはしゃいでそう言った。前回の大会では、ルーンのチームから大人四人が参加していて、ルーンも見に行っていたのだ。別に大したことではないのだが、自分と初めて会った人間に繋がりがあったかもしれないと思うことは、なんとなく楽しいことな気がした。


「かもしれないね。だけど僕は頭に鳥を乗せた女の子に見覚えはないな」

「はは、確かにルーンのことは一度見たら忘れねえだろうな。それで、口ほどにもなかったヤマは、どんなふうに惨敗したんだ?」


 青髪の男は興味津々といったふうにヤマを挑発した。


「口ほどにもないってことはないさ。確かに惨敗だったけど、僕の相手は決勝まで行ったんだ。負けたとしても仕方ないんだよ」


 ルーンは先ほどよりもさらにはしゃいだ。喉が疲れていることなどすっかり忘れて、ヤマに質問を投げかける。


「決勝まで残って、優勝しなかったの? それってもしかしてシュールじゃない?」

「おっと? 知ってる人なのかい? 僕は名前までは確認しなかったけど、僕と同じ色の髪だったよ」

「やっぱり! 私シュールのチームに育てられたのよ。知ってるもなにも、家族みたいなものなの」


 ルーンは興奮したように言う。隣の国とはいえ、まさか故郷から遠く離れた異国で、シュールと縁がある人に出会うなんてと、この数倍の長さでルーンは自分の感動を表現した。

 一度舌が回り始めたルーンは、非常に話し上手だった。もちろん大人たちから見れば幼さの残る発言も多い。特に話と話の間がほとんどなく、大人たちが一を言う時間で、三は話を詰め込んでいる。それが大人たちには少し痛々しく見えた。昔の自分たちを彷彿とさせたのだろう。しかしルーンは他人が話を付け込む隙を与えずに、ただただまくし立てるようではなく、聞くときにはしっかりと相手の話を聞く。次第にルーンの間に慣れてきたのだろう、大人たち三人は、完全にルーンに話の主導権を委ねていた。


「しかし俺はシュールなんて名前はあんま聞いた事ないが、結局ヤマは無名の戦士に敗れたんだろ?」

「シュールが無名? シュールはアラレルと黒影と三人で、十二年前のカンの侵攻を打ち破った一人だよ? アーティス中で名前が知られてるよ。あ、けどヤマ。シュールは強いんだけど、そこは普通のアレーなんか目じゃないくらいなんだけど、今私と旅してる四人はシュールよりも強いよ。シュールに完敗するようなら、さっきのダンバースっていう人には、もう関わらない方がいいかも。ヤンダヤンガ商店って、結構危ないところらしいから」


 先に青髪の絵描きが言った揶揄と、ルーンが言ったシュールの弁護からヤマへの注意までが、ほとんど同じ時間で言われた。

 その早口にやや押されながら、ヤマはルーンが後半真剣そうに言ったので、表面上は真剣にそれを受け止めた。


 しかし、ルーンの忠告は遅すぎた。仮にヤマが本当に肝に命じたとしても、すでにヤマの運命は変えられなかっただろう。


 その夜半過ぎ、ルーンも他のアレーも寝静まる中、ヤマが宿に侵入した何者かによって殺されたのだ。

 直接手を下したのが誰かは分からなかったが、彼の死を望んだのが誰かは容易に想像がついた。

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