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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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『邪教徒と暗殺者』①

   第三章 ~陸の旅人~


『邪教徒と暗殺者』




 リリアンの剣術指南は、思っていたよりかなり楽な仕事だった。ガガ家子息ランガは飲み込みが良く、一日だけでかなり上達した。彼はもともと勤勉な性格なのか、剣を扱い慣れていた。だからリリアンは少し手ほどきをしてやるだけで良かったのだ。

 もし彼がもっと力強くマナを扱う才に恵まれていたら、かなりの戦士になれただろう。


 剣術指南と言っても、リリアンは特別な体術を教えるつもりはなかった。それはかつての仲間、キルクやウィンにすら教えていない。ルーンやクロックにも教える予定はなかった。理由は様々あったが、リリアン自身どの理由も決め手になるものとは思えなかった。それを不思議に思っても、そう思うことすら長く続けることはできなかった。

 剣術指南は長い時間は拘束されない。指南を受ける側の体力が保たないためだ。


 リリアンは宿を出てから四時間ほどで戻ってくることになった。

 宿にはクロックがいた。クロックの仕事は明日夕方の予定だったので、今日は一日予定がないのだ。


「おかえり。ちょうど今ルックが出てったとこだよ」


 気取った口調がそう説明してくれた。


「そう。すれ違ったみたいね。クロックは何をしてたの?」

「特に何も。はは。ロロの事は嫌いじゃなくなったけど、やっぱりいないと気が楽だな」


 クロックはルーメスの気配に敏感なため、ロロといると落ち着かないのだそうだ。


「一体どんな気配がするの?」

「禍々しいって感じかな。 妙に不安になるような感じでね」

「どうして闇の宗教だとそんな事が感じられるの?」

「それは闇の神に少なからず洗礼を受けてるからさ」

「洗礼?」


 闇の神は信者に力を分け与えるものなのだ。闇の神自身がすでに力のみの存在になっているので、神の一部が乗り移っていると言ってもいい。しかし神を信じていなかったリリアンは、その理屈が一切理解できなかった。


「闇の信者は、どれくらい闇に浸透しているかで、位が違うんだ。ルーメスの位が違うみたいな感じかな。まあ俺は少しも闇に浸透しているつもりはないんだけどね。どうしてそれで力が与えられるのかは、俺ら信者の誰も知らない。そもそも俺は、どうやったらより浸透できるのかも知らないんだ」

「ふーん?」


 神は力が強いだけで、ただの生物だとリリアンは考えていた。実を言うと、それは間違えてはいない。しかし神というのは、リリアンの理解を超えて「力が強い」のだ。


「ビーアだってそうだろ? ルックは意識してなくても、神は信者に力を貸してくれるのさ」

「ルックに話を聞いたのね」

「ああ。彼は本当に正しくあろうとする人だね」

「正しくあろうとするね。そうね。私は正しい人なんてものより、彼みたいな方がずっと信用できるわ」

「はは。俺もだ」


 リリアンが刺々しい態度をやめたので、クロックも話しやすそうだ。それを見てリリアンは、少し彼がかわいそうだったと思った。そして刺々しくした張本人がそう思うなんて、と自嘲気味に笑んだ。

 ルーンはミッツのカジノに泊まり込みだし、ルックもしばらくは領主の元にいる予定だ。数日はクロックと二人になる。リリアンは改めてクロックと親交を深めるいい機会だと思った。

 夜になり、クロックの勧めでカンの料理を堪能し終え、二人で酒をのむことにした。宿に酒を頼むと、部屋まで運んでくれた。比較的安い酒だったが、味は悪くなかった。


「フエタラは酒がうまいね」


 酔うとクロックの口調はより気障になるようだ。だらしなく壁に寄りかかり、立てた片膝に腕をおき、酒の入ったグラスをつまんでくるくると弄んでいる。


「明日はくれぐれも気を付けてね。少しでも危険だと判断したら、すぐに試合を放棄して」

「ははは。俺の心配をしてくれるのかい? 安心してくれ。めったな事で俺は負けたりしないさ」


 鼻に付く発言で、いっそ痛い目を見ればいいと思ってしまった。しかしそんなことはさすがに言えず、リリアンは曖昧に微笑んだ。


「試合が無事終わったら、新しい仕事を探してきてくれるかしら? 私もあなたも、ロロが帰って来るまでに他の仕事をしていましょう」

「ふーん、君は酔うと世話焼きになるみたいだね」


 クロックはそう言ってグラスを口に付ける。


「ええ。そのようね。気のきかない仲間を持つとどうしてもそうなるのよ」

「いや、俺もそうするつもり」「まあ本来一人で稼ぐべきお金でしょうから、勝手に探して来づらいのも分かるわ」


 クロックの言葉に被せてリリアンが軽くやり込めると、クロックはすぐに言葉に詰まって目を泳がせた。居住まいを正すように、立てた膝を伸ばし、軽く摘まむように持っていたグラスをしっかりと握って酒をあおった。その様があまりにも滑稽で、リリアンは声を上げて笑った。




 ミッツ家の警備は、リリアンに言われた通り簡単な仕事だった。アレーがいるというだけで、警備の仕事は成り立っているのだ。それに実質的な性質のカン人は、あまりカジノで熱くなることはないようだ。賭け過ぎるようなことはしないらしい。

 ルーンは初日ですでに、警備をしているアレー全員と仲良くなっていた。もともとルーンが社交的だったことと、頭に鉄の鳥を乗せているルーンが珍しいので、皆から興味を持ってもらえたのだ。


「その鳥ずっと動かしてるの、疲れないの?」


 警備をしているアレーは、女性が多かった。女性はみな既婚者で、ルーンよりも年上だ。カンでは女性は家事をするものという考え方があり、アレーでも仕事をしていない女性が多い。ミッツ家の警備は、いい小遣い稼ぎなのだそうだ。


「その鳥じゃなくてビーアね。アラクナクト・ビーア。ビーアは勝手に動いてるから、全然疲れないよ」


 ルーンはあえて子供ぶってそう言った。ウソをついてはいないのに、こう言うと、まるでルーンがお人形遊びをしているように、勝手に解釈してくれるのだ。


「あはは、そうだね。ビーアだったわ。私も緑の髪だけど、ルーンみたいなことはできないな」


 女性が言うと、ビーアがそれに合わせて翼を広げた。ルーンが動かしていると思っている女性は、それを見てくすりと笑った。

 カジノというのは、大掛かりな賭場だ。例えばただ札を切るだけでも、ジャグラーのように札を舞わせてみたり、キノという数字当てのゲームも、大掛かりなボードに芸術的な絵を描く職人がいて、その絵の中に当たりの数字が書かれている。手早く絵を描く職人を見ているのも楽しいし、自分の予想した数字が書かれるか、どきどきしながら待つのも楽しそうだ。


 お祭りみたいなものなんだ。


 ルーンはカジノをそういうふうに捉えた。

 カジノは昼から夜遅くまで開催されていて、拘束されている時間が長い。それでいて特にやることはないので、必然的に他のアレーと会話をしている時間が長くなった。

 しかしただしゃべるだけというのも、ここではかなり体力を使った。とにかくカジノは賑やかだったのだ。隣の人と話すにも、叫ぶように声を出さなければいけない。

 初日はまだ良かったが、二日目も夕方頃になると、ルーンも喉にだるさを感じてきた。

 そんな折、賑やかなカジノが静まり返るほど、大きな怒声が響き渡った。


「てめぇ俺を笑いやがったな!」


 声のした方を見ると、凶暴そうな顔をしたアレーがカードを切るディーラーに詰め寄っていた。


「あれはやばいよ」


 隣で警備のアレーが囁いた。それが聞こえるほど、カジノは息をひそめていた。

 しかしルーンには何がまずいのか分からなかった。こんなときのために自分たちがいるのだ。早速警備のアレーで数少ない男性が、喚く男に注意をしにいった。彼はルーンと同じく旅のアレーで、宿代を浮かせるためにここに寝泊まりをしている。そのため、ルーンが昨日一番話したアレーだ。名前はヤマというらしい。


「お客さん、どうされたんです? あまり騒ぐようなら、出てってもらいますが」


 一応丁寧な言葉づかいだったが、高圧的な物言いに、喚く男は逆上した。


「てめぇ俺を誰だと思ってやがる! ヤンダヤンガ商店のダンバースだぞ!」


 旅のアレーのヤマにとっては、その自己紹介はあまりにも普通過ぎた。凄んで言って来る分、おかしく思えたようだ。ヤンダヤンガという名前自体も、カンに馴染みのない人間からは滑稽に聞こえる。

 ヤマがにやりと笑ってしまうと、男ダンバースの怒りは心頭に発した。


「てんめぇっ! 表に出やがれっ!」


 旅のアレーは大抵が戦士だ。ダンバースの言葉に目つきが変わった。他の警備のアレーは動こうとしない。というより、彼女たちはただどう動いていいのか分からないのだろう。こういったもめ事に慣れていないのだ。

 一方、小さい頃からシュールの元で、色々な依頼を見て来たルーンは、仕事を受けた以上なんとかしなければという思いが強かった。


「それは僕と一戦交えたいってことかな?」


 事態は一触即発だ。まずルーンは手近なアレーに質問を投げかけた。


「ねー、ヤンダヤンガ商店ってなに?」


 尋ねた女性は、混乱しながらもすぐに答えてくれた。


「金貸しをやってる所よ。柄が悪いのを集めて、好き勝手やってるの」


 ルーンはすぐに、地元の人が一戦を構えたくない相手なのだと悟った。


「そしたら手出しはできないんだ」


 意外に飲み込みのいいルーンに、女性は驚いたようだった。子供ぶって見せていたので仕方ない。


「そしたら警備のアレー全員で、ぐるっとあの人囲っちゃおうよ。そしたらさすがにあの人も逃げ出さない?」


 多分ヤマがダンバースに勝ったとして、ミッツ家は喜ばない。地元に根付いたそういう集団は、極力関わりたくないものだ。相手に危害を加えず追い出すには、ルーンの発案はなかなか良さそうだった。

 女性のアレーもそう判断したようで、頷いて他のアレーに声をかけていった。


「だったらどうだって言うんだ?」


 ヤマが一歩も譲らなかったためか、ダンバースも慎重になっているようだ。しばらくにらみ合った後に、そう低く言った。

 ダンバースは紫の髪だ。対してヤマは灰色の髪。街中での戦闘は火の魔法師には不利な場合が多い。何もかも燃やし尽くして良いなら話は別だが、ただのケンカにそこまでするはずもない。鉄の魔法は逆に、街中での戦闘に有利だ。他の魔法と違い、強力なのに建物に被害を及ぼさない魔法が多い。

 ダンバースはそう考えて強気に出てきたのだろうが、ヤマにはそんなことを超越した自信があるようだ。


「君の命が心配だなと思って」


 挑発するような発言だが、ヤマの声音はただ冷淡だった。


「あと君がある程度強いようなら、このフエタラも大変だね」


 周りの注目が集まる中、ヤマは意味が分からないことを言った。全員が首をかしげていると、ダンバースだけがはっと顔色を変えた。

 そんなやりとりの間に、ルーンの考えた作戦が完成した。三十人程のアレーが、二人の周りをぐるっと囲ったのだ。


「ヤマ。ケンカはだめだよ」


 ルーンが声をかけると、二人も周囲に気付いたようだ。その人数のアレーに囲まれれば、ダンバースも虚勢を張る事はできなかった。

 大きく舌打ちをすると、捨てぜりふも残さず立ち去っていった。

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