⑤
その後彼らは略奪者たちを村から追い出した。怪我人や子供がいることは分かっていたが、それに気をつかってやれるほど余裕はなかった。
ロロは一人で村を見て回った。暗がりの中では分かりづらいが、確かに村は荒れ果てていた。
石の壁にできた子供のあとも見た。壁に触れてみたところ、ずいぶんと固い石だった。これに柔らかい子供の体であとを付けるとなると、相当な力が必要だ。男爵クラスのルーメスでもこうはいかない。
村は結構な広さだった。ルーメスに襲われたという噂が流れていないとすると、村人は全員殺されている。誰一人逃がさないとなると、相当なスピードが必要だ。もし一人の仕業だとするなら、伯爵クラス以上のルーメスがいたことになるだろう。
ロロはぞっと身震いをした。
しかし冷静に考えれば、その可能性は極めて低い。伯爵クラスが迷い込めるほどの歪みは、そう簡単にはできない。こちらの世界で位が変わった可能性も少ない。こちらで試練を受けるのはあまりに危険が多いだろう。
とすると、可能性のあることは極めて絞られる。子爵クラスのルーメスがこの壁にあとを付け、そのルーメスには他に仲間がいたのだ。おそらくは、ルックの狙う子爵クラス、片腕の仕業だろう。
ロロは思った。
このような惨劇は繰り返せない。ナリナラと出会い、人を学び、力を付けてこの世界に戻った。再びこの世界に来たとき、最初に出会った人間が、この世界を救おうとしているルックたちだった。これが神の導きだとするなら、自分に課せられた使命は明白だ。
四人のもとに戻ると、ジーナもヒダンも大分落ち着いてきたようだった。
「やあ、おかえりロロ」
ヒダンは笑顔でロロを迎えてくれた。
「ヒダンの方、強いな」
いつだか自分のことを強いと言ったヒダンだが、ヒダンの方がよっぽど強い。そう言いたかったロロだけれど、うまく言葉が紡げず、苦笑いでごまかした。
ヒダンはそれをしっかりと理解してくれたようだ。静かに笑みを返してくれた。
ロロはヒダンに表に出るよう身振りで示した。ヒダンはジーナを気にする素振りを見せたが、黙って頷く。
二人で家の外に出て、歩きながら話をした。
「ジーナ、心配だったか?」
「うん、少し。けど姉さんも大人だから。きっと自分で折り合いを付けるよ」
「ヒダン、折り合い付いたのか?」
聞くと、ヒダンは立ち止まって自分の靴を眺めた。
「僕は元々家にあまり帰らなかったから、姉さんほどはね」
彼は自嘲気味に言った。しかし、それが本心でないのは明らかだった。ロロが黙ってヒダンを見つめていると、白状するようにヒダンが呟いた。
「ただね、末の妹のことを思うとやりきれなくて」
「末の妹、どんなだ?」
「ミッカって言うんだけどね、街で父親が作ってきた子なんだ。三歳でうちに来て、はは、大問題になったらしいよ」
なぜ大問題になるのか、ロロの感覚では分からなかった。しかしそうと問うことはせず、話の続きを待った。
「あの子の母親が病で亡くなったらしくて、それで父が引き取ったんだ。たまにしか来ない父親に連れられて、知らない人たちの家に来たんだ。不安で仕方なかっただろうね。他に行く当てもないのに、多分あの子は、自分が異物だと分かっていた。実際母や他の兄弟はあの子をそういう風に見てたんじゃないかな。だから周りに不必要なほど気をつかってた。すごい一生懸命働いて、いつも明るくいるように努めてたよ。だけどどんなに頑張っても、居心地の悪さはあっただろうと思う。
この前の戦争の間、僕と姉はこの村にいたんだ。僕にとってもここは居心地のいいところじゃなくて、長居をするのは久々だった。そのとき初めてミッカとまともに話をした。居心地が悪そうにしている僕だから、あの子も気を許してくれたのかな。色々話をしてくれたよ。
あの子の話に僕はすごい悩んだ。このままでいいはずはないと思ったんだ。姉さんとも相談をして、僕たちがいる間はずっとどっちかがあの子のそばにいた」
「二人は優しい。一人すごく辛い。ミッカ嬉しかっただろう」
ロロには家族の中孤立をする辛さが良く分かった。思わずそう口をはさんだのだが、しかしヒダンは首を振った。
「それが正しい事だったのかは良く分からない。あの子の小ささでは、まだ商いに連れて行くわけにもいかないし、僕らは戦争が終わったら、また商業を始める予定だったから。あの子がまた一人になったら、今度は僕たちといた分、余計辛くなるかもしれない」
ロロの生い立ちにヒダンがあれほど過剰に反応した訳を、ロロは知った。無理に周りに気をつかおうと必死なのも、ミッカを見習おうとしたためではないだろうか。
歳の離れた幼い妹を見習おうとする素直さは、ヒダンの最上の美徳に思えた。
「ヒダン、片腕知ってるか?」
「片腕? あの話題になったルーメスだよね。アラレルが討ち取ったらしいね」
「ん? それ多分違う。俺たち片腕討つため、旅をしてる。アラレル、失敗したらしい」
ルーンから聞いた話とヒダンの話はかみ合わなかった。しかしロロはすぐに噂というものの不確かさに気づき、そう言った。
「そうなのかい?」
ヒダンはそれでどうしたのか問うように、首をかしげた。ロロは少し言葉を考えてからそれに答えた。
「俺たちルーメスに詳しい。ルーメスの強さ、段階がある。この村襲ったの、多分片腕だ」
ロロは説明することがとても難しく、うまく伝わったのか不安だった。しかしヒダンはすぐに理解してくれた。
目を丸くし、口を開いて何かを言おうとしていたけれど、言葉にならないらしい。
ふと、ヒダンの頬を涙が伝い、夜の大地にこぼれて行った。
仇を討ってくれ。
ロロにはヒダンの飲み込んだ言葉が、そういった事ではないかと思えた。
ヒダンの言うとおり、次の日の朝にはジーナは元気を出していた。
「本当はここに立ち止まってしまいたい。だけど私たちの積み荷は薬だ。待っている人がいる」
彼女はそう宣言し、予定通りにビガスへの道についた。
その後道中は平穏無事で、滞りなくビガスへ着いた。少し予定よりも早く着いてしまい、まだビガスの街は開門していなかった。あまり門に近付くと物売り人たちがうるさいので、門から離れたところで一行は陣取った。ビガスの門が開いたら、ロロの任務は終わりだ。少し名残惜しそうに彼らは話に花を咲かせていた。この頃には、ジーナもヒダンも冗談が言えるくらいには回復していた。
「本当に助かったよ。もしまた機会があったら、私たちを護衛してほしい。ああ、君がいる間ベツはいらないね」
「こら姉さん!」
「ははは、大丈夫よヒダン。ジーナに雇えるほどロロは安い男じゃないから」
ベツは常に余裕綽々で、やり込められることがない。無口なチープが吹き出すと、つられたヒダンが声を上げて笑った。
「おいヒダン。お前なんで笑ってるんだ?」
ジーナは低い高圧的な声でヒダンを脅した。
ロロはそんなやりとりにほっとしたような気がして、優しく笑った。
「また君とは連絡を取りたいと思うんだが、どこに行けば所在が分かるかな?」
「俺、旅人だ。どこに行くか分からない」
「だろうな」
ジーナが皮肉に笑って言うと、ゼツがロロの腰を叩いて笑う。
「今のはかっこよすぎるわ」
言っている意味が分からないでいると、ヒダンが呆れたように助け舟を出してくれた。
「もしロロの居場所が定まったり、連絡の取り方ができたら、僕たちはこのルートでいつも商売をしているから、ロロから教えに来てくれないか?」
「ああ、それならできる」
ロロは片腕を討ったら、ヒダンに必ず伝えなければと考えていた。しかし連絡の取り方は考えていなかったので、ヒダンにそう言ってもらえて助かった。
やがて定刻になり、ビガスの街が開門した。
「それじゃあ元気でね。あまり無理はしないようにね」
「ああ、ヒダンも」
ロロは真摯にヒダンの目を見て言った。言葉は足りなくても、その目には本当の思いやりが浮かんでいる。
「ロロ、少し屈んでもらえるかな?」
「ん?」
「そうだな、少し高すぎる」
ヒダンとジーナの言葉に、ゼツもチープも頷いている。意味は分からなかったがロロは素直に従った。腰を屈めると、彼らは一人一人ロロにハグをしてきた。それはロロの習慣ではなく、少し戸惑ったが、温かなハグは嫌ではなかった。




