表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
242/354




 その後彼らは略奪者たちを村から追い出した。怪我人や子供がいることは分かっていたが、それに気をつかってやれるほど余裕はなかった。


 ロロは一人で村を見て回った。暗がりの中では分かりづらいが、確かに村は荒れ果てていた。

 石の壁にできた子供のあとも見た。壁に触れてみたところ、ずいぶんと固い石だった。これに柔らかい子供の体であとを付けるとなると、相当な力が必要だ。男爵クラスのルーメスでもこうはいかない。

 村は結構な広さだった。ルーメスに襲われたという噂が流れていないとすると、村人は全員殺されている。誰一人逃がさないとなると、相当なスピードが必要だ。もし一人の仕業だとするなら、伯爵クラス以上のルーメスがいたことになるだろう。

 ロロはぞっと身震いをした。


 しかし冷静に考えれば、その可能性は極めて低い。伯爵クラスが迷い込めるほどの歪みは、そう簡単にはできない。こちらの世界で位が変わった可能性も少ない。こちらで試練を受けるのはあまりに危険が多いだろう。

 とすると、可能性のあることは極めて絞られる。子爵クラスのルーメスがこの壁にあとを付け、そのルーメスには他に仲間がいたのだ。おそらくは、ルックの狙う子爵クラス、片腕の仕業だろう。


 ロロは思った。

 このような惨劇は繰り返せない。ナリナラと出会い、人を学び、力を付けてこの世界に戻った。再びこの世界に来たとき、最初に出会った人間が、この世界を救おうとしているルックたちだった。これが神の導きだとするなら、自分に課せられた使命は明白だ。

 四人のもとに戻ると、ジーナもヒダンも大分落ち着いてきたようだった。


「やあ、おかえりロロ」


 ヒダンは笑顔でロロを迎えてくれた。


「ヒダンの方、強いな」


 いつだか自分のことを強いと言ったヒダンだが、ヒダンの方がよっぽど強い。そう言いたかったロロだけれど、うまく言葉が紡げず、苦笑いでごまかした。

 ヒダンはそれをしっかりと理解してくれたようだ。静かに笑みを返してくれた。

 ロロはヒダンに表に出るよう身振りで示した。ヒダンはジーナを気にする素振りを見せたが、黙って頷く。

 二人で家の外に出て、歩きながら話をした。


「ジーナ、心配だったか?」

「うん、少し。けど姉さんも大人だから。きっと自分で折り合いを付けるよ」

「ヒダン、折り合い付いたのか?」


 聞くと、ヒダンは立ち止まって自分の靴を眺めた。


「僕は元々家にあまり帰らなかったから、姉さんほどはね」


 彼は自嘲気味に言った。しかし、それが本心でないのは明らかだった。ロロが黙ってヒダンを見つめていると、白状するようにヒダンが呟いた。


「ただね、末の妹のことを思うとやりきれなくて」

「末の妹、どんなだ?」

「ミッカって言うんだけどね、街で父親が作ってきた子なんだ。三歳でうちに来て、はは、大問題になったらしいよ」


 なぜ大問題になるのか、ロロの感覚では分からなかった。しかしそうと問うことはせず、話の続きを待った。


「あの子の母親が病で亡くなったらしくて、それで父が引き取ったんだ。たまにしか来ない父親に連れられて、知らない人たちの家に来たんだ。不安で仕方なかっただろうね。他に行く当てもないのに、多分あの子は、自分が異物だと分かっていた。実際母や他の兄弟はあの子をそういう風に見てたんじゃないかな。だから周りに不必要なほど気をつかってた。すごい一生懸命働いて、いつも明るくいるように努めてたよ。だけどどんなに頑張っても、居心地の悪さはあっただろうと思う。

 この前の戦争の間、僕と姉はこの村にいたんだ。僕にとってもここは居心地のいいところじゃなくて、長居をするのは久々だった。そのとき初めてミッカとまともに話をした。居心地が悪そうにしている僕だから、あの子も気を許してくれたのかな。色々話をしてくれたよ。

 あの子の話に僕はすごい悩んだ。このままでいいはずはないと思ったんだ。姉さんとも相談をして、僕たちがいる間はずっとどっちかがあの子のそばにいた」

「二人は優しい。一人すごく辛い。ミッカ嬉しかっただろう」


 ロロには家族の中孤立をする辛さが良く分かった。思わずそう口をはさんだのだが、しかしヒダンは首を振った。


「それが正しい事だったのかは良く分からない。あの子の小ささでは、まだ商いに連れて行くわけにもいかないし、僕らは戦争が終わったら、また商業を始める予定だったから。あの子がまた一人になったら、今度は僕たちといた分、余計辛くなるかもしれない」


 ロロの生い立ちにヒダンがあれほど過剰に反応した訳を、ロロは知った。無理に周りに気をつかおうと必死なのも、ミッカを見習おうとしたためではないだろうか。

 歳の離れた幼い妹を見習おうとする素直さは、ヒダンの最上の美徳に思えた。


「ヒダン、片腕知ってるか?」

「片腕? あの話題になったルーメスだよね。アラレルが討ち取ったらしいね」

「ん? それ多分違う。俺たち片腕討つため、旅をしてる。アラレル、失敗したらしい」


 ルーンから聞いた話とヒダンの話はかみ合わなかった。しかしロロはすぐに噂というものの不確かさに気づき、そう言った。


「そうなのかい?」


 ヒダンはそれでどうしたのか問うように、首をかしげた。ロロは少し言葉を考えてからそれに答えた。


「俺たちルーメスに詳しい。ルーメスの強さ、段階がある。この村襲ったの、多分片腕だ」


 ロロは説明することがとても難しく、うまく伝わったのか不安だった。しかしヒダンはすぐに理解してくれた。

 目を丸くし、口を開いて何かを言おうとしていたけれど、言葉にならないらしい。

 ふと、ヒダンの頬を涙が伝い、夜の大地にこぼれて行った。


 仇を討ってくれ。


 ロロにはヒダンの飲み込んだ言葉が、そういった事ではないかと思えた。




 ヒダンの言うとおり、次の日の朝にはジーナは元気を出していた。


「本当はここに立ち止まってしまいたい。だけど私たちの積み荷は薬だ。待っている人がいる」


 彼女はそう宣言し、予定通りにビガスへの道についた。

 その後道中は平穏無事で、滞りなくビガスへ着いた。少し予定よりも早く着いてしまい、まだビガスの街は開門していなかった。あまり門に近付くと物売り人たちがうるさいので、門から離れたところで一行は陣取った。ビガスの門が開いたら、ロロの任務は終わりだ。少し名残惜しそうに彼らは話に花を咲かせていた。この頃には、ジーナもヒダンも冗談が言えるくらいには回復していた。


「本当に助かったよ。もしまた機会があったら、私たちを護衛してほしい。ああ、君がいる間ベツはいらないね」

「こら姉さん!」

「ははは、大丈夫よヒダン。ジーナに雇えるほどロロは安い男じゃないから」


 ベツは常に余裕綽々で、やり込められることがない。無口なチープが吹き出すと、つられたヒダンが声を上げて笑った。


「おいヒダン。お前なんで笑ってるんだ?」


 ジーナは低い高圧的な声でヒダンを脅した。

 ロロはそんなやりとりにほっとしたような気がして、優しく笑った。


「また君とは連絡を取りたいと思うんだが、どこに行けば所在が分かるかな?」

「俺、旅人だ。どこに行くか分からない」

「だろうな」


 ジーナが皮肉に笑って言うと、ゼツがロロの腰を叩いて笑う。


「今のはかっこよすぎるわ」


 言っている意味が分からないでいると、ヒダンが呆れたように助け舟を出してくれた。


「もしロロの居場所が定まったり、連絡の取り方ができたら、僕たちはこのルートでいつも商売をしているから、ロロから教えに来てくれないか?」

「ああ、それならできる」


 ロロは片腕を討ったら、ヒダンに必ず伝えなければと考えていた。しかし連絡の取り方は考えていなかったので、ヒダンにそう言ってもらえて助かった。

 やがて定刻になり、ビガスの街が開門した。


「それじゃあ元気でね。あまり無理はしないようにね」

「ああ、ヒダンも」


 ロロは真摯にヒダンの目を見て言った。言葉は足りなくても、その目には本当の思いやりが浮かんでいる。


「ロロ、少し屈んでもらえるかな?」

「ん?」

「そうだな、少し高すぎる」


 ヒダンとジーナの言葉に、ゼツもチープも頷いている。意味は分からなかったがロロは素直に従った。腰を屈めると、彼らは一人一人ロロにハグをしてきた。それはロロの習慣ではなく、少し戸惑ったが、温かなハグは嫌ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ