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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 略奪者たちが逃げ出して、一行は再び道を歩き始めた。

 信じられない光景を見たジーナたちは、ロロに質問の嵐を浴びせかけた。


「まさかあんた、アラレルじゃないだろうな?」


 ジーナの言葉に、ロロは首を振る。アラレルはルーンが話していた勇者のことだろう。自分はそんな存在ではない。


「姉さん。アラレルはアーティス人だろ?」

「ロロの出身を聞いてたのか?」

「アーティス人なら文字が読めるさ」


 ヒダンの多少偏見のある発言に、ジーナもやはり同じ偏見を持っているようで、なるほどとうなずく。


「しかしロロなんて名前は聞いたことがないぞ。こんなに強くて名が売れてないのか?」

「元大将軍のディフィカっていうのも、それまで名前は聞いていません」

「チープの言うとおりだと僕も思うね。世の中は広いんだ」


 ヒダンは些細なことでもロロをかばおうとしているようで、したり顔でそう言った。もちろん今の会話で、ヒダンがロロをかばう必要は全くない。ジーナは痛々しげな目で弟に苦笑を向ける。


「強いとは聞いていたわ。だけどあれは異常よ。なんでもっと早く言わなかったのよ。ジーナは下手なはったりで大恥かいたのよ」

「ちょっと待てベツ。いつもあれでうまく行っていただろう。私は恥ずかしいとは思っていないぞ」

「うそ? だったらあなたの評価を改めなくちゃ」

「ベツ、どういう意味だ?」

「あら、もちろんいい意味よ」


 仲のいいジーナとベツのやりとりにも、ヒダンの大げさな擁護にも、ロロは全て笑顔を作るだけでやり過ごしていた。

 先ほどは少しも隙を見せたくなかったので、ロロは本気を出していた。しかし少々度が過ぎたらしい。下手なことを言うよりは黙っていた方がいい。そう判断したのだ。


 次の農村に着く頃には、ロロの話題も鳴りを潜めていた。太陽は暗に移って、さらに大分経っていたので、さすがに一つの話題だけで持たせられはしなかったのだ。その間話題の中心のロロがずっと相づちを打つ程度だったので、なおさらだ。一行の内チープも無口な人だったので、ロロも楽に黙秘できた。


「さて、今日はこの村で一泊するぞ」


 ジーナはそう宣言した。

 農村は畑ばかりの、のどかな所だ。家は畑と畑の間にぽつぽつと建つだけで、宿のたぐいは見あたらない。村の外で野宿をするなら分かるが、村で一泊するとはどういうことなのだろうか。

 ロロは疑問に思ったけれど、さっきの今で自分だけ疑問を問うのは図々しい気がして、そのまま黙っていた。

 程なくして、理由は分かった。

 ヒダンとジーナは一つの家に向かって、迷いなく進んでいった。


「ただいま」


 ジーナは無断で家の戸を開けると、大きな声でそう言った。ここは彼らのふるさとだったのだ。


「ん? 誰もいないのかな?」


 ジーナは不思議そうに首をかしげてヒダンを見た。家の中から返事がない。しかしロロは、家の中に人の気配を感じた。


「おーい! 誰もいないのかーい?」


 ヒダンも大きな声で呼びかけるが、返事はない。


「すまんな。どうも留守らしい。うちの母親が作るシチューがうまいんで食わせたかったが」

「ありゃりゃー。そりゃ残念だわ。ロロの驚く顔が見たかったのにな」


 ジーナがロロにそう言うと、にやにやしながらベツがちゃかした。どうもジーナのふるさとの味は大衆には合わないものらしい。


「私最近慣れた」


 チープがそんなことを言ったので、ロロはそれに気付いた。

 さて、誰もいなくても今日はここに泊まる予定なのだ。ヒダンは全員に上がるように目配せすると、先頭に立って奥の客間に向かっていった。

 ロロは家の中から聞こえる音が、ヒダンたちに聞こえていないと気付いた。そしてそれと同時に、妙な焦燥感を感じた。


「ヒダン」


 略奪者に襲われてからずっとだんまりをしていたロロが、久々に口を開いた。振り向いたヒダンの顔は少し嬉しそうだったが、ロロの顔は険しかった。


「どうしたんだい?」


 ロロは頭を必死で働かせ、焦燥感の理由を考えた。中から聞こえる物音は、人の呼吸の音だ。それも普通の呼吸音よりも大分静かだ。つまり、息をひそめているということ。呼吸音は複数ある。いくら耳のいいロロでも、息をひそめた呼吸音まではなかなか聞き取れない。しかしいくつかの呼吸が、怪我でもしているのか、少し荒い。


 そこまで整理したロロは、焦燥感の理由に気付いた。

 この先にいるのはジーナの家族ではない。おそらく先ほどの略奪者たちだ。この村で一番大きなこの家を根城にしていたのだろう。そして、略奪者が根城にしているということは、元々いた家族はすでにいないということだ。追い払われたのではない。それならすぐに助けを呼びに行き、略奪者たちは根絶やしにされていたはずだ。

 つまり、ジーナとヒダンの家族は、そしておそらくふるさとの村人全員が、略奪者たちに……


 ロロはまず、この事実を取り消せないか考えた。瞬時に無駄を悟ったが、その方法があればと本気で祈った。次に考えたのは、二人にこの事実を告げるかだ。それもすぐに結論が出た。伝えないわけにはいかない。いずれは分かってしまうことだし、この先に略奪者たちがいると警告しなければならない。

 意を決したロロは、迷うことを止めた。


「ヒダン。ジーナ。落ち着いて聞け」


 二人の表情が凍りついた。ロロの前置きからは、嫌な想像しかできない。


「この先、略奪者たち、いる」


 聞いた瞬間にヒダンが顔色を変えて廊下を駆け出した。

 しまった。

 ロロは焦った。ロロは一番後ろにいた。狭い廊下だ。他の三人が邪魔をしてヒダンをすぐに追えなかった。

 ヒダンが一つの部屋のドアを開いた。ジーナたちをかき分けロロがヒダンに追い付く。ロロは迷うことなくヒダンに体当たりをして弾き飛ばした。ヒダンが開けたドアから、五本の矢が飛んできた。ロロはそれが急所に当たらないように、腕を合わせてガードした。肩と足に二本、腕に一本の矢が刺さった。激痛がした。しかし動けなくなる傷ではない。ルーメスの生命力なら、二日もすれば治る傷だ。

 ロロはすぐに顔から腕をどかし、状況を確認した。

 しかし、すぐに戦闘にはならないことを悟った。略奪者たちはすでに逃げ腰で、新たな矢をつがえようとする者はいない。


「全員動くな」


 ロロが一声発すると、誰一人指の一本も動かそうとはしなくなった。


「ロロ!」


 ヒダンの悲鳴が聞こえた。自分をかばってロロが怪我をしたのに気付いたのだろう。しかしロロは略奪者たちから目を離さず、ヒダンの声を無視した。


「全員、うつ伏せなれ」


 略奪者たちは従順にロロの声に従った。略奪者たちは先ほど現れた者の他には、ロロを見て逃げ出した少年一人だけだった。ここでアレーたちの足の骨折を治療していたようだ。ロロは略奪者たちに戦意がないと見切ると、ジーナたちに来てもいいと目で語りかけた。


「ここに元々いた家族はどこだ?」


 部屋の中を見るなり、ジーナが震える声で言った。


「し、知らねぇ」


 入れ墨頭の略奪者が、伏せたまま答えた。


「知らないわけがないだろう! 彼らを一体どうしたんだっ?」


 ジーナの声は怒りに満ちていた。本来なら女性のキーネを恐れるはずのない略奪者が、その怒声に身を震わせていた。


「ほ、本当に何も知らねぇんだ。俺らが来たときにはこの村は無人だった。家畜の一匹もいねぇ。どこかへ全員で移動したんじゃないのか?」


 ロロには略奪者が苦しい言い逃れをしているように見えた。しかし、略奪者たちの言葉が本当であれば、家族の生存にも希望が持てる。そのためか、ジーナは略奪者の話を信じたようだ。


「他に何か手がかりになるような物を見なかったか?」


 入れ墨頭がそこで沈黙をした。彼らからしてみれば、自分の話一つに命がかかっている。慎重になるのは当然だが、この沈黙は言葉を選んでのものではないように思えた。


「手がかりはあるかもしれねぇが、先に俺らの命を保証してくれ」


 入れ墨頭は懇願したがジーナは取り合わない。


「早く言え」


 ベツとチープは怒れるジーナをただ固唾を飲んで見守っていた。当事者でない彼女たちには、口を挟むことはできなかったのだ。そんな中、入れ墨頭に助け船を出したのはヒダンだった。


「いいよ。命までは取らない。その代わり包み隠さず話してくれないか?」


 ヒダンは物静かな目でそう訴えた。その目を見た入れ墨頭は、違う意味でのためらいを感じたのだろう、目をそらした。


「良い話しじゃねぇ。この家以外は大分破壊されてた。壁に穴が空いてたり、柱が折れていつ倒壊するか分からなかったり。最悪なのは、石の壁に人型のくぼみができているところがあんだ。しかも子供くらいの大きさだ。多分だが、誰かが子供を叩きつけてできたくぼみだ。もちろんその子供は生きてねぇだろうな。そんなことができるのは、力の面でも残虐性の面でも、人間じゃねぇ。俺らはこの村をルーメスが襲ったんじゃないかと思ってる」


 男がそう言うとジーナが発狂したかのように叫んで、男のこめかみを思い切り蹴りつけた。慌ててゼツがジーナを取り押さえる。ヒダンは崩れ落ちるように膝をついて泣き出した。


「末の妹はまだ七つだったんだぞ! そんな話があってたまるか!」


 ジーナの喚く声が、ロロの耳に痛く突き刺さった。

 自分ももしナリナラに出会わなければ、同じような存在になっていたかもしれない。彼女たちにも心と知恵があるとも知らずに。

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