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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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 結局鉱山を離れ、スイラクの屋敷に向かったのはルックとシュール、ドーモンの三人だけだった。三人は足早に湖を大回りする道を歩いた。スイラクの屋敷は、メラクの街の最もこちら寄りにある。急いで行けば、日が暗くなるまでには着くだろう。だが、道中シュールは思わぬことを口にした。


「子爵の屋敷に行く前に、盗賊団を一つ潰す」


 規模にもよるが、たった三人だと盗賊団を潰すには心許ない。それにその行動の意図が全く見えない。


「どうしてだ? 俺、無駄な危険、嫌だ」

「無駄ってわけではないさ。盗賊はいない方がいい。小規模な盗賊団のアジトが少し先にあるんだ。そう悪さをしているわけではないし、アレーはいないらしい。そもそも戦闘にはならないだろう」


 考えてみれば、国から直接の依頼で盗賊退治など、何かおかしな話だ。彼らフォルキスギルドは、本部こそ国直轄地のアーティーズにあるが、本来はディーキス公爵のギルドだ。国からつまらない用事で依頼が下りることはほとんどない。つまり今度のことは、何かしら複雑な事情がある。そうシュールは考えているのだ。それともすでにシャルグが事情を知っていて、それをシュールに伝えているかだ。

 そんなことに気付いたルックは、特に何も言わずにシュールの言葉に従った。シュールはその盗賊から情報を得ようとしているのだろう。


 ルックたちは湖を回る道から外れた。細い道に入る。この道の先には村や町はなく、道と言っても人の往来に踏み固められた整備されていない道だ。村や町がないのに踏み固められているのは、ここが盗賊の通り道だからだ。そのためここは荷無の道と呼ばれている。

 この道を少し外れ、さらに細い獣道へと進む。周囲の草はルックの背丈ほども高さがあった。藪が茂る気持ちいいとは言えない道をしばらく進む。すると土を盛られて造られた、あまり清潔には見えない盗賊のねぐらが見えてきた。


 ねぐらの屋根には見張りの盗賊がいて、ルックたちの接近はすでに知られていた。屋根の上からなら、ルックたちの髪の色は明らかだ。盗賊たちがわらわらとねぐらから出てくるのが見える。見たところ若い男たちが多い。数は二十人ほどだ。その中で、ひと目で一番年上と分かる、中年の髭の男が声をかけてきた。頭皮に髪の毛はなく、アレーかどうかの判別はできないが、盗賊業でアレーならばそれをわざわざ隠す必要はない。まず間違いなくキーネだろう。


「なんか用があるのか? 見たところ同業者でもないだろう」


 男はできるだけ堂々と言おうとしたようだが、声は明らかに震えていた。二十人のキーネではアレーに攻撃されればひとたまりもない。ルックたちは全員武装していたし、ドーモンにいたってはアレーでなくとも手に負えなさそうな巨漢だ。虚勢を張るのも容易ではないのだろう。


「用がなければ来はしない。お前たちがここら一帯の道を狩り場とする盗賊だな」

「あ、ああ。違えねえが」


 それに対して、シュールの声は張りがあり、力強くはないが、芯のあるものだった。若い盗賊たちが浮き足立つ。


「だ、だが俺たちは殺しはしねえ。そこまでの悪党じゃねえんだ」

「知っている。お前たちがいるおかげで、お前たちの縄張りであるハシラクとメラクの道中は比較的安全だという話だ」


 シュールの言葉に、盗賊たちは安堵の色を見せ始める。話の通じない相手ではないらしいと見たのだろう。彼らは男の言葉通り、それほどの悪党ではない。むしろ彼らがいるおかげで、他のもっと残忍な盗賊が、彼らの縄張りで仕事をするのを抑えられている。


「そうだ。しかも俺たちは、ちょっと通行料を戴いているだけで、商人たちを破産させるようなこともしねえ。大事な商売相手だからな」


 男も少し気が緩んだようで軽い冗談を混ぜる。それでシュールの出方をうかがうつもりなのだろう。けれど、シュールはそれにぴくりとも笑みを見せない。


「だが、それも半月前までの話だった」


 声のトーンを落としたシュールに、男は凍り付く。


「アーティーズの大商人の息子が、アレーの護衛を六人伴ってメラクへ向かっていたらしいんだが、その隊商がなぜか安全な道で全滅したんだ。大商人の子は、まだ成人を迎えて間もない若い男だった。父親の嘆きようは想像できるだろう」


 シュールの話は事実ではない。隊商が全滅した話は本当のことだったが、それがアーティーズの商人の息子だというのは作り話だ。半月前はすでにシュールはハシラクの鉱山にいた。隊商が全滅をした話は知ることができても、その隊商がアーティーズの商人かどうかまでは知らないだろう。

 ルックはシュールが暗に盗賊を脅していることに気付いた。


「冗談じゃねえ。俺たちはそんな話は知らねえ」


 これは明らかな嘘だった。ルックにとっては初耳のことだったが、彼らが自分の縄張りで起きたこんな大事件を知らないはずがない。


「知らない? おかしいな。隊商の亡骸の周りには、たくさんの足跡が残っていたらしいんだ。ここら辺で徒党を組んでいる盗賊はお前たちだけだろう? 他にもいるのか?」


 シュールは落ち着いて盗賊の嘘を指摘する。縄張りの中のことを知らないわけはないと言うよりも、断然言い逃れしづらい。男もそれを悟ったのか、おどおどと発言を訂正した。


「いや、確かにあれは俺たちも関係あるが、なんだその、俺たちの意志で奴らが死んじまった訳じゃねえんだ。あれは俺たちの知らねえ新入りどもがやったことだ。メラクの先で噂になってたやつらなんだが、新入りは二人ともアレーで、めっぽう腕が立つっつうんでアレーが護衛をやってる商人からも金を取れると言うんだ。しかも見返りは総人数の山分けでいいなんて言いやがった。

 いや、そのまあ、うますぎる話だと思ったが、そんな悪い奴らには見えなかったんだ」


 ことの次第を話し始める男に、シュールは冷静に切り返した。


「お前たちは義理堅いと聞くが、そんなに簡単に仲間を売るのか?」

「あんな奴ら仲間じゃねえよ。俺たちはあいつらが商人の一人を殺した瞬間、その場を逃げ出したんだ。それなのにあいつらは、事が全部済んでから、約束の分け前だとか言って、金目の物を持って来やがったんだ」


 それならやっぱり仲間なのではないかとルックは思った。しかしシュールはそれで、男を追求するのをやめた。


「そうか。なら話は早い。そいつらの情報を俺に売れ。代金はお前たちの命だ」


 シュールは最初から、ここまでの話の流れをある程度計算していたのだろう。結局無駄な時間はほとんどかけず、盗賊から敵の情報を引き出すことに成功した。

 シュールは盗賊たちには一切危害を加えなかった。最初から情報を聞きたいという目的を話したら、盗賊たちは金銭を要求してきただろう。嘘を掴まされた可能性もある。シュールは盗賊にその機会を与えなかった。

 盗賊から聞き出したことによると、二人組のアレーはメラクのすぐ近くに居を構えているらしい。

 襲撃の範囲は広いが、ねぐらは固定していて、その場所を要塞化しているのだという。国から依頼されている盗賊と間違いなく同一だろう。

 殺された隊商のアレーは全部で七人。それを二人で片付けたのならば、相当腕が立つ。そして、その二人の盗賊の年格好は、どうやらシャルグとドーモンをして強者と言わしめた二人と一致するようだった。


「要塞化しているって事は、たぶん敵は二人じゃないよね。留守番がいるはずだから」

「ああ、最低でも後一人はいるだろうな。他にはさっきの話から、何に気付いた?」


 シュールは試すようにルックにそう問いかけた。このようなやりとりはシュールとルックの間ではよくあった。ルックの推察力の高さは、こうしたシュールの教育の賜物だ。


「あとは、今回の敵が本当は盗賊じゃなくて、何か別の目的で動いてそうって事かな」

「ああ、それだけ分かれば上出来だ」


 シュールが満足そうに頷く。


「あのときの奴ら、ほんと、強い」


 ドーモンが言う。緊張した口調だ。

 ルックはあのときつぶさに敵の観察をするほど余裕はなかった。しかし、それが本当だとすると、今度の依頼は決して簡単な依頼ではないだろう。敵はシャルグとドーモンが手を焼くほどの強者だ。もちろん純粋に一対一で戦えば、きっと二人が勝っていたと信じている。ただ実戦という物はそううまくは事が運ばない。


「シャルグを置いてきて良かったの?」


 シャルグはチームで一番体術に長け、特に夜襲ともなれば、闇に溶け込み、誰の手にも負えない。しかしルックはシュールの答えを聞くまでもなく、シャルグを置いてきた理由に気付いていた。


「ライトとルーンを連れていくわけにもいかないからな」


 一流のアレーチームであるため、恨みを買うこともある。ライトとルーンを狙おうとする敵もいるかもしれない。シャルグは二人を護衛するために残ったのだ。

 盗賊団のねぐらを出て、彼らは再び荷無の道から元の道に戻った。


 そこでいきなり襲撃があった。短剣が飛来し、ドーモンの肩を突き刺したのだ。


 もう少し短剣の軌道が上だったなら、ドーモンは命を落としていたかもしれない。巨漢は肩の短剣をぞんざいに抜き、飛来した方に投げ返した。

 敵の姿は見えない。道の向こうの林に潜んでいるのだろう。ドーモンの肩の傷は浅いらしく、すぐに背中から棍棒を抜く。

 ドーモンが投げた短剣は、敵には当たらなかったようだ。ルックは内心動転しながら、背中から剣を抜いて戦闘態勢を取った。

 シュールは右手をかざし、林一帯を覆うほどの大火炎を放った。これにはさすがの敵もたまりかね、潜んでいた木から飛び降りた。熱気を防ぐため、マントで体全体を覆っている。


 敵は一人だった。ドーモンは敵の姿を見るや、地を蹴って駆けだした。巨体に似合わず、ドーモンは速い。ドーモンの棍棒が振り下ろされる。敵はさすがにこれを受けようとはしない。かわして、体勢の崩れたところを狙おうとする。

 だが、ドーモンは体勢を崩さず、すぐに棍棒を支えにして回し蹴りを放った。敵は身をのけぞらしてそれを避け、林の奥へと後退した。少しの間姿を見せていた男は、小太りで背が低く、硬く短い黒髪が天に向かって立てられていた。盗賊の男が語った見た目に一致する。

 林の奥から男の声がした。


「とんでもねえ化け物を連れてやがるな。俺の短剣には即効性の毒が塗ってあるんだぜ」


 男の言葉に、ルックとシュールは戦慄した。ドーモンは人の三倍はあろうかという巨体だが、毒の効かない化け物ではない。体が大きいため、毒の回りが遅いのかもしれないが、戦闘が長引けば命に関わるかもしれない。


「はは、なんてな。今日は一度退散してやるよ。俺たちのことを嗅ぎ回るのを止めはしないが、もし俺らの要塞に訪ねてくんなら、命は捨てておけ」


 男はそんな言葉を残し、林の奥へと入っていったようだ。飛び道具を使う相手に深追いはできない。ドーモンはたれ目の顔を振り返らせると、どしんどしんとルックたちの近くに歩み寄ってきた。


「ドーモン、毒っていうのは嘘だったの?」


 ルックはドーモンの肩の傷を見やりながら聞いた。ドーモンはその場であぐらをかいて座る。


「嘘だ。俺、元気」


 あぐらをかいてなお、ルックと頭を並べない巨漢の肩に、ルックは止血用の布を巻いていった。


「ドーモン、腕は上がるか? 敵に俺たちの存在を知られたとなると、ルーンのところにも戻れないぞ」

「おう、腕上がる。大丈夫」


 ドーモンは強がる風でもなくそう言った。無理に動かせはしないが、戦闘中の集中力に支障をきたすほどではないのだろう。

 戦闘は短かったため、敵の男の強さを計り切れはしなかった。しかし軽い身のこなしで、決して弱者ではないだろうと思われた。

 ルックは自分が足手まといになるのではないかと考えたが、いくらシュールとドーモンでも、二人で行かせられる仕事ではない。

 だが考えれば考えるほど、不安は募っていく。

 ルックは得も言われぬ不安を拭いきれないまま、再びシュールとドーモンについて、スイラク子爵の屋敷へと向かっていった。

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