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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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「君は旅をしているんだよね? 吟遊詩人や旅芸人ってわけでもないし、どうして旅をしているんだ?」

「旅人、珍しいのか?」

「そりゃあね。どこの国の人だって、旅人なんて珍しいもんだろ?」

「そうか。俺、帰る場所、探している」


 ロロの言葉にヒダンは首をかしげた。ロロにとっての帰る場所は、ナリナラたちのところなのだ。ヒダンに対してどう説明していいか分からない。


「土地を追われでもしたのか? なんにせよ大変そうだな」


 ずいぶんと深入りをするような発言だったが、ヒダンは女性に囲まれて生活をしている。だから同性のロロと仲良くなりたいと思っていたのだ。しかし人生の大半を孤独に過ごしてきたロロは、彼の気持ちに気付かなかった。


「ああ」


 だから取り立て話題を膨らませようとは思わなかった。今はまだナリナラたちの思い出に耽っていたかったのだ。


「ロロは一人で旅をしているのかい?」


 ヒダンはあきらめず違う話題を振ってくる。ロロはそんなヒダンを不思議に思いながらも、聞かれたことに答えた。


「してない。仲間、できた」

「そうなんだ。どんな人たちなの?」

「みんな優しくて、まだ幼い。だけど、仲いい」

「みんなはなんで旅をしてるんだい?」

「ルーメス、討つため。仲間の一人、命救うため。あと、この世界、救うため」


 ロロはにやりと笑ってそう言った。最後の一つは信じられないのではないかと思ったのだ。しかしヒダンにとっては、ロロが言った全てが、物語によくありそうな理由に思えた。ロロがからかうように笑うので、全て冗談だと思ったようだ。


「大変そうだね。ははは」


 ヒダンはあからさまに驚いた顔を作って、笑った。


「ヒダンはどうして、商人、している?」


 ようやくロロはヒダンが自分と仲良くなりたいのだろうと気付いた。こちらの世界の人は、とても人なつっこい。そう気付いたロロは、話題を広げるために質問を返した。


「昔っから姉さんは向こう見ずだからね。僕が付いててあげないとなのさ」


 ロロは何十人といる自分の兄弟を思い浮かべた。


「俺の家族、俺捨てた。兄弟、みんな、俺笑った。お前ら仲いい、見てていい、と、思う」

「そうなんだ。辛いことを思い出させたかな」

「違う。俺、辛くない」

「そうか」


 ヒダンはロロの言葉が不自由なため、知恵が足りないのだろうと解釈した。それがロロを捨てた理由だと思い込んだ。


「ロロはいい奴なのにな。どこにもくそみたいに馬鹿なのはいるんだっ」


 義憤なのか、ヒダンは声を荒げて言った。ロロは突然ヒダンが声を大きくしたので驚いた。


「おいヒダン。怠けてないで手伝えよ。喧嘩すんなよ」

「喧嘩じゃないさ。ロロの家族の話を聞いて腹を立てたのさ」


 ジーナが声を掛けてきたのに、ヒダンは大きな声で言い返した。どうしてヒダンが怒るのか、ロロには分からなかった。


「ヒダン、怒ることない。だって、俺、怒ってない」

「ロロは強いんだな……」


 ロロは慌ててヒダンを諫めようとしたが、それにいきなりヒダンは涙を流し始めた。

 ロロは何が起こったのかさっぱり理解できず、遠くにいるジーナに助けを求めた。


「ジーナ! 悪い。俺、ヒダン泣かせた」


 その言葉に、今度はヒダンは泣きながらも声を立てて笑い始めた。





「すまないね。ヒダンの奴はちょっと極端なんだよ。あいつは大抵の人の身の上話で涙を流せるのさ」


 その夜、寝ずの番を申し出てきたロロに、ジーナが言った。彼女はテントの外で番をしていたロロに、そのことを言うためだけに起きてきたのだ。


「俺、驚いた」

「あはは。まあ、聞いた話じゃ、確かにあんたの人生はひどいものだったみたいだがね」

「ああ。孤独辛い。だけど俺、今孤独、違う。だから大丈夫」

「ふーん。ロロは強いんだな」


 ロロは首をかしげた。ヒダンも先ほど同じ事を言った。強いつもりはないが、確かに打たれ弱くはないのだろう。

 そんなことを思っていると、ふとロロの耳は街道に響く大勢の人の足音をとらえた。こんな時間に街道を行く人もいるのだと、ロロは少し意外に思った。


「ロロは今何歳だ? 私と同じくらいか?」


 ジーナがそんなことを聞いてきた。


「俺、三十四くらいだ。ジーナより、かなり歳ある、と、思う」

「あはは。嬉しいことを言ってくれるね。私は三十五だ。あんたより年上だね」


 ロロは少し驚いてジーナを見た。人の歳は今でもまだ見分けづらいが、年上だとは思わなかった。


「ヒダンだいぶ、離れてるんだな」

「そうだね。あいつは末の弟だからね。私は上から二番目で、間にもう二人いる。それとうんと離れて末の妹が。あんたは何人兄弟だったんだ?」

「俺、知ってる限り、六十人くらい」

「は? 六十人はないだろう。どこかの王族じゃあるまい」


 ロロはリリアンに、ルーメスということは黙っているよう言われていた。行きずりの相手には言っていいと思っていたが、クロックの最初の反応を思うと、リリアンの意見が正しいと思えた。

 だからロロは自分の失言を後悔した。しかしそれをうまく隠して笑って見せた。ロロの場合、そうすることで相手が勝手な解釈をして納得してくれることが多いのだ。今度の場合も、どうやらジーナは冗談だと思ったらしい。


「ま、言いたくないなら別にいいさ。ん? なんか足音が聞こえてくるな。こんな時間になんだ?」


 ジーナも先ほどから聞こえる足音に気付いたようだ。やはりこの時間に街道を行く足音は珍しいらしい。


「危険、あるか?」

「いや、今の段階では分からないが、どうするかな。少し夜営を移動しようか」


 ロロはせっかく張った夜営を動かすというのも面倒だと思ったが、かといって危険にわざわざ身をさらすこともない。そう判断して、コクリとうなずいた。

 フエタラの北の街道は往来が少ない。そのため宿も建っていなくて、夜はかなり暗い。ロロたちは火を消してテントを畳み、馬をつなぐ杭を外してすぐさまその場を離れた。街道からの灯りが届かないほど離れると、彼らはそこで息を潜めた。

 しばらくすると、灯りを持った一団が道を横切っていくのが見えてきた。足音に混じり、金属がこすれ合う音と、男たちの笑い声が聞こえてくる。


「何かしらね」

「しっ」


 ベツの問う声を、チープがとがめた。

 一団は息を潜めるロロたちを通り過ぎ、しばらくすると足を止めた。男たちの声が止み、ひときわ通る声の号令が聞こえた。

 何を言っているかまでは分からなかったが、号令が終わると、彼らは散会し始めた。

 男たちの数人が彼らの元に近付いてくる。まだ見つかってはいないが、このままではそれも時間の問題だ。ジーナがヒダンと目配せをし、ヒダンがうなずく。

 さっとヒダンが立ち上がり、男たちの方に近付いていった。


「こんばんは。こんな時間に何かありましたか?」


 ヒダンは友好的に彼らに声をかける。すると彼らは突然殺気立ち、一人が剣を抜き払ってヒダンに向けた。もう一人が石の笛を高く鳴らす。


「動くな。我々はサニアサキヤ領主軍だ。抵抗をするようなら切り捨てる」

「領主軍? 分かりました。しかし僕らはなにもしちゃいませんよ。ただの商人です」

「それは俺たちが決める。連れを全員呼び出せ」


 ヒダンはちらりと後ろを向き、ジーナたちに合図を送った。

 ジーナたちも立ち上がり、軍兵士の持つ灯りの中へ入っていった。

 兵士は二人組で、二人とも鎧姿だ。兜からのぞく髪の色は、彼らがアレーであると示していた。


「アレーが四人か。一人の商人を護衛するには多いようだが?」

「いえ。僕も商人なんです。それに南部猿も怖いので、いつもより一人多くアレーを連れています」

「そうか。みな名を名乗れ」


 剣を突きつけた兵士は、重い声音を作って命令してくる。


「私はジーナ。ここの責任者だ」

「僕はヒダン。彼女の弟です」

「私はベツよ。長く彼女たちの護衛をしているわ」

「チープよ」


 ジーナたちは領主軍と聞いて、ほとんど警戒を解いているようだ。全員正直に答える。ロロもそれを見て、正直に言った。


「ロロだ」


 兵士は全員の顔、特にヒダンの顔をよくよく眺め、それで満足をしたようだ。


「他にはいないな?」

「ええ。あとは年老いた馬が一頭です。どうかしたんで?」

「いやな。フエタラの街に手配中の男が入り込んだらしいんだ。かなりの手練れらしい。何をしたかは知らんが、お前たちも気を付けろ」


 兵士はそう言うと剣を収めた。


「では騒がせたな。失礼する」

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