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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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『異端者の決意』①

   第三章 ~陸の旅人~


『異端者の決意』




 次の日、まずはロロが依頼のために宿を出た。ビガスへ行く商人は、ロロが合流したらすぐに出発するという話だった。

 フエタラ城下町の北側、テスキアという宿に商人は泊まっているらしい。

 宿屋の人に取り次ぎを頼むと、すぐに一人のアレーが現れた。


「やあ。君がロロだね。待っていたよ」


 彼はヒダンと名乗った。黄緑色の短髪で、銀色の軽鎧を身につけている。

 ヒダンは商人を護衛するアレーのリーダーだった。元々彼は商人の弟だという話で、戦闘もするが、商品の仕入れなどもしているらしい。

 商人はカンを南北に渡り歩いて、十年は商売を続けているらしい。ヒダンと二人の護衛を囲っているそうだ。


 ロロはすぐに出てくるというヒダンの言葉にうなずき、宿の外で待機していた。

 フエタラは西に大きな港を持つ、活気溢れる街だ。しかし北側はそれほど賑やかではない。道行く人の数はそう多くなく、落ち着いた雰囲気だ。

 地元の人間は船乗り相手の商売人がほとんどで、ほとんどの人が西側に働きに出る。北は彼らの居住区で、今の時間に残っているのは、隠居をした老人や、子供たちばかりだ。


「おお、ほんとに大きい人だね」


 ロロが二クランほど待っていると、宿から出てきた女性がそう声をかけてきた。三十過ぎの、茶色い髪を後ろで一つにまとめた女性だ。長袖の短衣の下に長いスカートをはいている。長いスカートはキーン帝国時代の中期に一度流行した服装だが、今ではあまり見ることがない服だ。


「やあ。初めまして。私が依頼主のジーナだ。さっきのヒダンの姉だ。君がロロだよね?」

「ロロだ。よろしく」


 ロロのぶっきらぼうにも聞こえる挨拶に、ジーナは満足そうに笑った。


「しかし珍しい格好だね。フィーン時代の壁画みたいだ」


 自分自身おかしな格好をしているのだが、ジーナはお構いなしでそう言ってきた。ロロはジーナが珍しい格好だかは分からなかったが、自分の格好がおかしいとは知っていた。余裕の笑みを浮かべ、答える。


「合う服、ない」

「確かに古着なんかじゃないだろうね。作ってもらえばいいのに」


 そこまで言ったジーナは、ロロの足下を見て少し気まずそうにした。ロロは裸足で、それをロロが貧しいからだと考えたのだ。ロロは彼女の誤解に気付いたが、特にそれを解こうとは思わなかった。


 一行はジーナとヒダンのほかに、二人のアレーがいた。二人はヒダンのような鎧は着けていない。腰に二本ずつ剣を差しただけの格好だ。二人とも二十代の女性で、ルーンと似た半袖のシャツに短いズボンといった格好だ。それに膝まで隠すロングブーツと、厚手な毛皮の外套を羽織っている。


「私はベツ。こっちはチープ。短い間だけどよろしくね」

「ロロだ。よろしく」


 ロロは簡単に挨拶をする。

 道中どんなことが起こるかは分からない。ルーンから聞いた話、ルックたちのようなルーメスにも匹敵する強さを持ったアレーはまれらしい。何かがあった場合、自分一人でこの四人を守らなければならない。ロロはそんなことを考えていた。


「簡単に戦力の説明をすると、私は見ての通りの茶髪だ。弟は黄緑色の髪だが、剣はあまり得意ではない。魔法はまあまあかな? ベツとチープは魔法が使えない。剣も普通くらいだ。そんな感じでさ。まあ四人中三人がアレーだから盗賊には滅多に襲われないが、猿どもはそんなのお構いなしだからな。あんたも赤髪だから魔法は使えないよな?」


 一頭の馬が荷車を引き、全員が徒歩での移動だ。街を出てすぐに、ジーナがそう説明をしてくれた。

 しかしロロは、ベツの髪を見て首をかしげた。彼女の髪は桃色で、光の魔法が使える色だという話だった。


「あ、私は例外者なの。だからなんの魔法も使えないのよ。逆なら良かったんだけどね」

「例外者?」

「あれ? 知らない? 髪の色と違うマナが宿ってる人のことよ」

「そうなのか」


 ロロはそれを聞いて、考え込むようにコクリとうなずいた。聞いた限り、やはり自分が一番強いことは疑いようがない。


「俺、強い。安心して、いい」

「あ? そうなんだ。はは。そいつは頼もしいな。ま、さすがにお猿さんくらいに後れは取らないよな。ロロは格闘が得意なのか?」


 ジーナは気さくな女性だった。しかし抜け目のない人のようで、ロロの戦力を見極めようとしていた。


「ああ。武術の達人、言われる」


 彼をそう称した友人の顔が頭をよぎり、ロロは切なげに笑った。それをどう捉えたのか、ジーナはそれ以上には聞いてこなかった。

 ビガスまでは八日。その間彼らは寝食を共にすることになる。あまり無益な詮索をして、気まずくなるのを避けたのだろう。


 北への道はそれなりに整備されていた。馬が引いた荷車が余裕を持ってすれ違えるほど広い。岩山の多いカンは、ちょっとした街道にも石が敷き詰められていることが多い。一行は順調に進んで、日が暮れてから夜営の準備を始めた。


 夜営は少し道を外れたところに設置した。ロロはやれることがなく、ジーナたちがテントを張ったり、火の支度をする間、あたりを警戒していた。

 ただ警戒はしていたが、この世界には大きな危険はない。

 この世界の生物は、みんなか弱い。それにロロのような位のルーメスは、小さな歪みではこちらの世界には来られない。位が上がれば上がるほど、生まれた歪みをさらに歪めてしまうのだ。だからロロほどの位になると、小さな歪みでは通り抜けることができなくなる。山一つ分を飲み込むほどの歪みでなければ、ロロは通れない。そのような歪みは今の不安定な状態でもそうは起こらない。ロロの知る限り、向こうの世界でそのような歪みが起こったのは今まで三回。しかも内の一つはルーンから聞いた話、多くのアレーが集まる戦場という、特殊な環境下で起こったことだ。さらに内一つは、テツという老人が矯正していた歪みをいきなり解いたときに起こったらしい。ロロが手強いと感じるほどのルーメスは、おそらくそうは来ないだろう。

 だからロロは警戒をしてはいたが、それほど緊張はしていなかった。


 あたりは緑豊かではないが、それでもあちらの世界に比べれば潤いがある。ジーナやヒダンたちの明るい声も、あちらの殺伐とした世界では滅多に聞けない。


 ロロは二十年前のことを思い返した。

 ロロの人生の、三十分の一にも満たない時間しか、ナリナラたちとは過ごさなかった。しかし今でも、ナリナラの明るい声が、ジルのみんなを仕切る声が、ニンダの剣を振るかけ声が、頭をよぎる。

 彼女らがもうこの世にいないということは、事実なのだろうけれど、正直実感しづらい。


 ロロは苦めの笑みを浮かべた。


 今さら気にしたところで仕方ない。ナリナラたちがその後どんな人生を歩んだのか。それさえ知れればいい。そう思うことに、ロロは決めていた。


「なあロロ」


 そんなことを考えていると、ヒダンが話しかけてきた。

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