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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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「ルーンはお酒を飲んだことないの? 実は旅に出る前、シュールにあまり飲ませないように頼まれたのよ」


 三人が出て行くと、リリアンがそんなことを言ってきた。

 ルーンから見ると、リリアンは今の重たい話を本当にそれほど気にしていないようだった。


「私のところは、成人するまでは絶対だめって言われてたんだ。あ、そうだ。私リリアンに怒ってるんだからね」


 ルーンが返した言葉に、リリアンは少しきょとんとして考え込んだ。それからはたと気づいた顔になる。


「あ、そうね。あなたを利用してかまを掛けたのは申し訳なかったわ。でもクロックのことは、旅をしていく上で知っておかなければならないことだと思ったのよ。こんな言い訳じゃ許してもらえないかしら」


 ルーンは少し考えて、意外にも自分が、本当にリリアンに怒っていることに気がついた。しかしそれはかまを掛けた部分についてではない。もう少し考えてみたが、それがなぜなのか具体的には分からなかった。だからそれを表には出さず、笑って言った。


「ううん。許してあげる」


 リリアンはルーンのその物言いに、余裕の笑みを返した。


「シュールもルックも、分かってないのよね」


 それからリリアンはそんな言葉を漏らす。意味が分からなくて首をかしげていると、リリアンは説明をしてくれた。


「ルーンが本当は大人だってことをよ。まあシュールにはルックも子供に見えてるんでしょうけど」


 ルーンは肯定も否定もせず、微笑みだけをそれに返した。

 リリアンもそれ以上には何も言わなかった。

 それから二人は食事を頼み、ゆっくり食事を終えるとお湯を注文した。たらいに入ったお湯が運ばれてくると、二人はそれで体を拭いた。カンでは水は貴重なため、お湯に浸かる習慣はなく、そうして体を清めるのだ。


 ルーンは綿のタオルでリリアンの背中を拭いた。リリアンの背は数々の死闘を繰り広げていたとは思えないほど、綺麗だった。それほどリリアンは強いのだ。彼女の体には、他にもほとんど傷跡はなかった。


「三人はいつ頃帰ってくるのかな?」


 ふと思って尋ねると、リリアンは肩をすくめた。


「さあ。久しぶりの街なんだし、充分に羽を伸ばしてくるんじゃないかしら」

「そういえばリリアンはお酒飲まないの?」

「ええ。まあキルクもウィンもダーミヤも大酒のみだったから、私も本当は結構飲めるんだけど、飲まなくても平気よ」


 ルーンは自分に気をつかってくれてリリアンが飲まないのだと気がついた。リリアンに対する怒気はまだ感じられたが、理由が分からないその感情よりも、リリアンの優しさに親しみを覚えた。


「ウィンとダーミヤって誰?」

「キルクと一緒に旅をしてた、昔の仲間よ。二人とも先に逝ってしまったけれど」

「仲間が死んじゃうのはいやだよね」

「ええ。そうね」


 確認をするように言うと、リリアンは憂いを帯びた相づちを打った。ルーンもさすがにふざける気にはなれず、押し黙った。

 「リリアンは死なないでね」と、ルーンがそう言ったのと同時に、リリアンも「あなたは先に死なないでね」と言ってきた。

 それがなぜか無性に面白かった。ルーンがけらけら声を立てて笑うと、リリアンも軽く肩をすくめた。

 背を向けていたので分からなかったけれど、たぶん笑っていたのだと思う。


「リリアン、ルックと結婚すればいいのに」


 ルーンはかなり本気でそう言った。もし二人が結婚すれば、それほど祝福できるものはないと思った。

 折り悪く水を流す音を立ててしまい、短く何か言ったリリアンの答えは聞き取れなかった。




 ルックにとっては、クロックが闇だということを聞き流すことはできなかった。ルックも元々はシビリア教の人間で、今は夢の神というものの信者になっている。どちらにしろ、ルックは熱心な信者でもないし、そもそも信者だと意識したこともない。だから人がどの神を信仰していようと、していまいと、否定をする気は全くない。

 しかし闇だけは別だ。いや、闇であっても本当なら気にすることはない。ただ、どうしても気になることがあった。


 宿から少し離れたところにある、落ち着いた雰囲気の酒場を選ぶと、ルックはクロックたちに確認もせずにそこに入った。


「結構高そうなところだね。大丈夫なのか?」


 クロックにそう言われ、ルックは懐具合を考えてみた。今ルックはアーティス金貨を六十枚は持っている。さすがにそれだけあれば足りるだろう。

 高級志向の酒場のようで、中は広く、一つ一つのテーブルが敷居で囲われていた。そもそもカンに入って以来、テーブルを見たのが初めてだ。

 ルックたちが中に入ると、給仕の男性が一人歩み寄ってきた。


「いらっしゃいませ。ご予約はいただいておりますか」


 恭しく頭を下げて給仕は言った。規格外に大きなロロを見ても、彼は驚いた顔一つ見せなかった。だいぶ教育が行き届いているようだ。


「いえ。予約はしていません」


 ルックがそう答えると、給仕はかしこまりましたと言い、三人を手前の席に通した。


「僕カンでの注文の仕方は知らないけど、クロックは分かる?」


 給仕がいったん下がると、ルックはクロックにそう尋ねた。


「ああ。大丈夫だと思うよ。カンには結構いたからね。と言ってもほとんどが城の中だったけど」


 しばらくすると、再び給仕がやってきて、酒のつまみをテーブルの中央に置いた。何かの豆に塩味をつけて煎った食べ物だ。


「とりあえずパシュを三つ。それとランデはあるかい?」


 クロックの気取ったしゃべり方は、こういった店にはよく合った。


「ランデは白の五十と、今年の赤がございますが」

「それじゃあ赤をもらおうかな」


 クロックの注文したパシュというのは、浅い海で取れる海中木の果実だ。ランデはワインの名産地で、クロックが頼んだのは安い方の赤ワインだ。ワインにパシュを搾るのは、カンで一昔前に流行した飲み方だった。


「パシュは塩辛い果実なんだけど、少しランデに搾るといいよ。口当たりが格段に良くなる」


 給仕がパシュを三つと、グラスを三つ運んでくる。それからワインボトルの栓を抜くと、順番にルック、クロック、ロロとグラスに注いだ。注ぐ順番は店に入った順なのだそうだ。

 パシュはオレンジ色の小さい実で、丸い鉄製の器に十数個入れられている。

 給仕はワインボトルを置いて下がっていった。


「さてと、じゃあ久々に街に来たことを祝して」


 クロックはワインのグラスをつまむように持ち、ひとくち、口を付けた。それからパシュを潰して、果汁をワインに滴らせる。

 ルックも見よう見まねで同じようにする。ひとくち目は不安があった。キルクと飲んだ酒のような灼ける味がすると思ったからだ。しかしあのときの酒よりも、ランデワインはだいぶ落ち着いた味わいだった。さらにパシュを搾ると、飲みやすさは格段に上がった。


「おいしいね」


 ルックは素直に感想を言う。


「ああ、俺も、おいしい」


 ロロが同意を示す。

 一応はクロックを慰めるために席を設けたので、しばらくルックは明るい話題を選んで話した。ルックが思いつく明るい話題は、ルーンの話ばかりだった。ルックは自分のユーモアのなさを腹立たしく思った。すぐに話題が尽きたのだ。クロックもいつものように冗談を言う雰囲気でないのでなおさらだ。

 ルックは明るい話題をあきらめて、本題を話すことにした。


「ねえ。もしかしてなんだけどさ、クロックのお母さんってディフィカじゃない?」

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