③
ロロが仲間になったことを、特にルーンがとても喜んだ。ルックも思ったことだが、ロロのしゃべり方はドーモンに似ている。それがルーンには親しみを感じさせるのだろう。ドーモンは藍色の髪だったので、ロロのようにルーメスだったわけではない。だからルックはロロをドーモンと同一視はできなかったが、ルーンにはそのこだわりはないのだろう。
宿を出ると、街道にはまばらだが人の往来があった。昨日は暗かったので分からなかったが、鳥の山亭の向かいには酒場や安宿があった。鳥の山亭の隣にも食事処がある。
五人になった彼らは、その食事処で軽食をとり、カンのフエタラまで再び指針を取った。荷車はロロが引いてくれることになった。マナを使わなければルックたちも普通の人間だ。荷車を引くのはそれなりに体力を使うので、ロロが引いてくれるのはありがたかった。
ルーンは道中、ロロにマナのことや、今のこの大陸のこと、自分の育ったアーティスのことなどを説明し始めた。まじめな話し合いでなくなると、ルーンはとても良くしゃべった。ロロもルーンとの話が楽しいらしい。終始ロロの独特な節のある笑い声と、ルーンの軽く明るい笑い声が続いた。
しばらく歩くと、ルーンはロロが引く荷車に乗り込んでしまった。進行方向とは後ろ向きに、ビーアを抱えて座っている。
「後ろの安全は私に任せて」
ルーンがそう言ったのに、リリアンもクロックも思わず失笑していた。ビーアも「私もいる」と言うように、ルーンに同調して高く鳴くので、ルックも呆れて笑ってしまった。
ルーンが荷車に乗ったおかげで、一行の足は速くなった。旅は順調に進み、二日半で、彼らはフエタラの城下町に到着できた。
城下町に着くと、とりあえず近くに見つけた宿を取った。ルーンとロロとビーアを残して、ルックは刀鍛冶に、リリアンはロープやろうそく、保存食などの買い出しに、クロックは船を見に出かけた。
ルックは大剣の手入れの他に、自分の体に合った剣を探したのだが、やはり思うような剣はなかった。そもそも思うような剣というのがどういうものなのかも分からなかった。
ルックは鍛冶屋を出たあと、数件の武器商を見て回ったので、宿に戻ったのは一番遅かった。宿に戻ると、なにやらクロックがリリアンにやり込められているところだった。
「またどうしたの?」
宿は前回と同じで、大部屋を一つで取っていた。カーペットの上であぐらをかいて座り込む四人は、みんな違う表情をしていた。
リリアンは呆れたような顔でクロックをなじっていたし、ルーンはそれを見て楽しそうに笑っている。クロックはひたすら小さくなっていて、ロロはそれを心配して、困ったような顔をしていた。
「どうもこうも。こんな効率の悪いことはないわよ」
リリアンは効率がいいということに、非常に重きを置く人だった。リリアンがルックに教えた体術や魔法の使い方も、考えてみれば効率がとてもいい。
「悪かったと思うけどさ、そんなに俺を責めないでくれよ」
いつも気取ったしゃべり方をするクロックが、情けない声でそう言った。
「あはは。あのね、次の目的地はね、フエタラから船が出てないんだって」
ルーンが簡単な説明をしてくれる。確かにそれは呆れるようなことかもしれないが、それなら他の港まで船で移動すればいいだけではないのだろうか。
「それだけじゃないのよ。誰もアルテスの北部に町があるはずないなんて言うんですって。これがどういう意味か分かる?」
「どういうことなの?」
静かな声でヒステリーを起こすリリアンは、火花を散らすようなリージアのヒステリーとは違って、本当に怖かった。ルックは思わず姿勢を正して先を促す。
「一般的に誰も知らないような、クロックにとっての常識しか通用しないところなの。クロックが博識なのには感激するわね」
「だから悪かったって言ってるじゃないか」
「しかもそれって、ほとんど間違いなく海賊の町なのよ。アルテス本国と交流のない小さな町が、単独で栄えられるはずはないわ」
「それはまだ決まった訳じゃないだろ。ただの忘れ去られた漁村かもしれないよ」
「ねえルック。今のを聞いたかしら。彼はそこに一度も行ったことがないらしいのよ。それなのに危険がないところだと、豪語できるらしいわ」
「豪語なんてしてないだろ! 頼むよ」
大体のいきさつはルックにも分かった。客観的に見ればクロックが悪いけれど、リリアンがここまでクロックを責める理由が分からない。責めたところで得られるものはないはずだった。なのでルックは、クロックの助けを求める視線をあえて無視して、ことの成り行きを見守った。
「海賊の町かもしれないところに、船を出してくれる人がいるかしら。しかも私たちのためだけに定期便もない海域に船を出すのよ。船を、海賊が出るなら船団をかもしれないわね。それを私たちのお金だけで貸し切るってことね。せいぜい今から身を粉にして働かなくちゃいけないわ。ああ大変。
そしてきっとお金が貯まったころにはテスのメスは終わっているのよ。大陸の半分はルーメスのものになっている頃でしょうね」
リリアンの嫌味は延々と続いた。ルックはリリアンの語彙に感心すらした。
「ねえクロック、あなたどうしてそんなに常識がないの?」
永遠に続くかと思われたが、リリアンの嫌味はその言葉で締めくくられた。ルックはそれでようやくリリアンの意図が分かった。その最後の問いこそが本題で、それまで続いた嫌味はただの伏線だったのだ。リリアンはクロックが何者なのかを問いただしているのだ。
「だから君の言うとおり、俺は母に甘えすぎていたんだよ」
クロックがそう言うのに、リリアンは満足しなかった。ルックは余計な詮索をするつもりはなかったが、ルーメスの気配が感じ取れることなど、確かにクロックは普通ではない。母に甘え続けていただけでは、説明が付かないことが多い。
「クロック。私がルーンから何も聞いていないと思う?」
リリアンの発言にはクロックは目を見開いた。クロックは見ていなかったが、ルーンも驚いた顔をしている。
クロックは観念したようにうなだれた。
「どこまで聞いたんだ?」
クロックは切なげな声でそう言って、ルーンの方を見やった。クロックの目に映ったルーンは、やはり驚いた顔のままだった。クロックがそれをいぶかしく思う暇があったかどうか。クロックが視線を外した瞬間、低めの透き通った声が問いに答えた。
「何も聞いてないわよ」
今までの刺々しい声音をどこにしまい込んだのか、リリアンは達観した目で、余裕のある声を持って言う。
「は?」
クロックの目が点になる。ルックもルーンも、ロロでさえ度肝を抜かれた。
「あなた、常識だけじゃなくて交渉術も学んだ方がいいわ。とても隠し事には向かないみたい」
ルーンだけがクロックの秘密を知っていると、リリアンは気付いていたのだろう。けれど、ルーンからそれを聞いてはないのだ。クロックはリリアンの発言に踊らされ、語るに落ちた。
リリアンの手の上で転がされていた。そう気付いたクロックが、顔を真っ赤にして怒り始めた。
「おい待て。それじゃあ今日の嫌味は全部このためだったっていうのか? 俺がどんなに辛い思いをしてたか!」
「いいえクロック。それは違うわ。ダルダンダから先の嫌味は全てと言うべきよ」
しれっと言うリリアンに、クロックは何かを言おうと口を開いた。だがあまりのことに舌も回らないらしく、しばらくするとあきらめてため息を吐き出した。
「ああ。俺には確かに話していないことがあるよ」
クロックはついに負けを認めた。ふてくされながらだが、自分の生い立ちから、今までの行動の理由をつぶさに語り始めた。
彼の母親が魔法に失敗したことが、この世界の歪みの原因だということ。それを正すため、母と仲間が協力をしていること。これはすでに話していたことだが、自分は母たちの使いで、各地のルーメスを討伐しつつ各地を回っていること。自分の仲間は世界というものについて他の人間よりも圧倒的に詳しいこと。そしてクロックがその中で育ち、外部との接触が今までほとんどなかったこと。
洗いざらいを白状したクロックだったが、ただ一つ、自分が闇の信者だと言うことだけは、最後まで言い出せなかった。そこはルーンが代わりに真実を告げた。
「クロックはね、なんとね、闇の宗教の人なんだよ」
ロロにはあまり分からない話だったが、最後の一つにはルックとリリアンは言葉を失った。
「ただ君たちが知ってる闇っていうと、きっとダルクだろう? あれは闇の中でも例外なんだ。一緒にはしないでほしい」
クロックは言い訳をするように付け加えた。リリアンは意外にもそれで胸をなで下ろした。リリアンはあの戦争で自分の軍を滅ぼしたのが、闇の大神官だとは知らなかったようだ。
「それを聞いて安心したわ。一つあなたも誤解をしているようだから教えてあげるわ。私は別に誰がなんの宗教を信心していようとかまわないわ。神というものがいたとして、ただの力が強い生物だと考えているから。それであなたを遠ざけたりするつもりはないわ」
それを聞いたクロックは少し嬉しそうな顔をした。しかしまだ気分が沈んでいるようで、表情が重い。ルックはそれにかこつけて、クロックを飲みに誘った。
「良かったらロロも来なよ。お酒は飲んだことある?」
「ああ。ニンダ、よく飲んだ。俺、付き合ってた」
「ね、ルックお酒飲めるの? いがーい。シュールに怒られちゃうよ」
ルーンは冗談混じりに言った。彼女は重い空気を嫌うので、わざと明るく振る舞っていた。ルックはそんなルーンに笑みだけ返して、クロックとロロの三人で宿を出た。




