②
「なあ、さっき略奪者に襲われた話をしてただろ。そいつらの髪の色って覚えてないか?」
「髪の色?」
「ああ。弓矢を持ってるやつがいたんだろ? 変じゃないか?」
ルックはクロックに言われ、はっとした顔になる。リリアンもそれに気がついて目を見張った。そしてロロの回答を待つように、何も言わずにロロに目を向けた。
「みんな、茶色い髪だった。ニンダ以外、みんなだ」
衝撃的な発言だった。それが何を意味しているのか、ロロだけが分からず首をかしげている。
「どうした?」
ロロの問いかけに、とっさに誰も答えることができなかった。ロロの気持ちを慮ったのだ。
「ロロ。少し辛い話になるかもしれないわ」
リリアンが静かに言った。ロロは神妙な顔でそれにうなずく。
「ニンダは緑色の髪だったのよね? クロックはさっき男爵クラスのルーメスと数クランとはいえ渡り合っていたわ。私とルックも、あなたほどではないにしろ速く走ったわね? ニンダには似たようなことはできなかったんじゃないかしら?」
「ああ。あれには俺、驚いた。こっちの世界の人間も、強いやつ、いた。知らなかった」
「こっちの世界の人も、マナで速く動く方法を見つけたのよ。茶色い髪の人以外はその方法で速く動けるの。今じゃみんな知っているわ。ニンダが相手をしていた略奪者がみんな茶色の髪だとしたら、マナで動けばニンダが圧倒していたはずよ」
「ニンダ、それできなかった」
「ええ。そのようね」
リリアンは相づちを打って、ロロの目をじっと見つめた。そして核心に触れる部分を告げる。
「人がマナで体を動かせるようになって、二百年以上経つわ」
ロロはその言葉がどういう意味なのか、しばらくの間考え込んだ。しかし静かに首を振る。
「違う。どう、考えても、二十年くらい。そんなには、間違えない」
「いいえ、ロロ。私はまじめに言っているの。何か勘違いをしているんじゃないかしら」
ロロは言われて考え始めたが、やはり納得できないらしい。静かに首を横に振る。確かに二十年と、少なく見積もっても二百年とでは、勘違いするには隔たりがあり過ぎる。
あまりにもロロに確信があるようなので、ルックは何か別の理由があるのではないかと考え始めた。リリアンも同様に何かを思案し始めている。しかしクロックが二人の思案を遮って言う。
「勘違いもなにも、こっちの世界での二百年が、ロロの世界での二十年だったってだけだろ?」
ロロはその考え方に目を丸くした。ルックにもその発想はなかった。だが確かにそれならば、ロロの勘違いも頷ける。
「そっか。それならつじつまは合うよね。でもそんなことってあり得るの? さすがにちょっと想像付かないよ」
「ん? そもそも時間って、そういうものだろ? あれ、もしかして知らないのか? 時間はさ、違う世界から流れ込んで来るものなんだよ。だから世界によって流れ方に差はあると思うんだ。もっと言うと、世界っていうのは常に動いているだろ? だから時の世界との距離も一定じゃない。つまり世界が違えば、時の流れなんて当てにならないさ。こっちの方が早かったり、向こうの方が早かったり、移ろうものだからね」
クロックはルックたちの常識を知るすべが今までなかった。それほど彼の人生は、母の傘下にあったのだ。闇の信者でない人間で最も深く関わったのは、ザッツかクォートかルックたちだった。
クロックはいったんロロの様子をうかがい、言いにくそうに続けた。
「だが、時は戻ることは決してないんだ。ロロには辛いかもしれないけど、その法則だけはどうにもできないよ」
「それは知らなかったわね。コールの大学なんかでは良く知られているのかしら」
リリアンが言った。少し含むところがありそうな声音だ。クロックはそれに気付かなかったのか、ただ肩をすくめるだけだった。
「そうなのか。俺も、知らなかった。じゃあ、二百年前、かもしれない。だけど、どうしてそれが、辛い話だ?」
ロロの発言に、ルックとリリアンとクロックは意外に思った。ロロはナリナラに会いたかったのではなかったのだろうか。それともやはり、ルーメスと人の感覚は少し違うのだろうか。そう考えた。
しかしそれにはルーンが答えを出してくれた。
「ロロ」
まじめな声でルーンが言う。
「人間はね、ほとんどの場合、二百年なんて生きられないの」
ロロの顔から血の気が引いていく。ルックたちもその表情で理解した。ルーメスにとって二百年は、寿命を迎えるほどの年月ではないのだ。
ロロの落胆ぶりを見て、ルックは事実を伝えない方が良かったのではないかと考えた。リリアンを盗み見たが、目の合った緑色の瞳は、静かに首を横に振った。
ロロが平静を取り戻すのには時間がかかった。気まずい沈黙が長々と続いた。そして少しだけ整理がついたのか、ロロは立ち上がる。
「ありがとう。俺、知りたかったこと、知れた」
ルックはどう彼に声をかけるべきか分からなかった。そんな彼を、リリアンが引き留めた。
「もしよかったら、一緒に食事をしない? あなたお金も持ってないでしょ? 宿に注文してあげるわ」
リリアンは言うと立ち上がる。背の低いリリアンは、立ち上がってもロロの胸の下くらいに頭がある。
「ああ、なら俺が行こう。俺はカンが長かったから、何がうまいか知ってるしね。みんな待っててくれ」
クロックも標準的な身長より少し低いくらいで、ロロの肩までも背がなかった。ロロは気づかう二人のことを見下ろして、感謝のために頭を下げた。
リリアンがロロを引き留めたのには訳があった。リリアンは食事の間に、こんな提案をロロにした。
「ロロは遺跡に興味があったって言ってたわね。ナリナラたちはもういないかもしれないけど、ナリナラたちが遺したものが何かあるかもしれないわ。探してみるのも悪くなんじゃないかしら。
私たちは今大陸中を旅して回ってるの。ルーメスが今、こっちの世界に溢れてきているから、それを止めようと考えているのよ。
あなた一人で行動するよりも、いろいろな情報を仕入れることができると思うわ。だから、私たちと一緒に来ない?」
リリアンはロロを、貴重な戦力だと考えたのだ。この発言を後にリリアンは、人の弱みにつけ込むような、打算的なものだったと語った。しかしそれが互いにとって利になることは間違いがなかった。
非業の死を遂げたとされる異端者ロロは、こうしてルックたちの同行者になった。




