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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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『結束』①

   第三章 ~陸の旅人~


『結束』





「申し訳ないけれど、私はナリナラって女の子は知らないわ」

「違う。ナリナラ、十一歳、二十年前くらい。今、三十過ぎだ」


 ルックたちの誰も、ナリナラやビル、ニンダ、さらに領主キラベアのことも知らなかった。ロロが言うように女の子でなかったとしてもだ。


「私も大陸中を旅したけど、全ての地方を知っているわけではないわ。生まれたヨーテスですらたぶん半分も知らない。ロロはそこの地名は知らないの? 国名でもいいわ」

「キラベア領だ」

「そう。それだとごめんなさい。やっぱりお役に立てないわ」


 残念そうに言うリリアンの回答に、ロロはあきらめたように笑った。彼も元々、すぐにナリナラの情報が得られるとは思っていなかったのだろう。


「ちょっと待てよ」


 しかしそこにクロックが口を挟んだ。


「キラベアって言うのは爵位を返上してからの名前なんだろ? 国にもよるけど、爵位を持っていれば名前は変わるんじゃないか? それと話の内容から、少しは地域が割り出せるだろう。たとえば豊かな農耕地があったってことは、カンやアルテスやティナではないだろ? あとビルっていうのがフィーンを他国扱いしていたんだ。他の四つの国のどこかだ」


 ルーンの説得がそこまで効いたのだろうか。クロックは今までと打って変わって、ロロに対して親身だった。


「確かにそうだね。もう少しロロの話を分析してみてもいいよね」


 ルックは少しクロックの態度の変化に驚きつつも、同意する。ロロからは貴重な情報を得たのだ。恩を返せればと考えた。誰もこの意見に反論はなかった。


「ああ、ああ。ありがとう」


 感慨深げに感嘆の声を上げ、ロロは礼を言ってくる。


「気になったんだけど、アーティスで人を乗せる人力車なんて見たことがないけど、それについては何か知らない?」


 ルックはリリアンとクロックに問いかけた。リリアンは考え込んで答えなかったが、クロックが応じた。


「確かに俺も見たことがないね。というより人力車なんて普通は街道が整備されたところのものだろ。もしかしたらキラベア家は実用のために持ってたんじゃないかもな」

「そっか」


 ルックはロロの今の話に、他に何かいいヒントがないか考えた。


「ジジドの木、有名で、ないか?」


 ロロが質問をしてくる。これにはルックが答える。


「うん。ジジドの木自体は珍しくないんだ。それなりに大きいジジドの木なんだろうけど、たぶん大陸中に何千本とあるよ」

「それよりジジドの木の周りの遺跡だな。思うにヒッリ教の遺跡だ」

「ヒッリ教?」


 ルーンが不思議そうに聞き返す。リリアンもそれは知らないようで、問いかけの目線をクロックに向けている。


「ああ。ロロは自分の存在が世界に歪みを生んだと言っていたけど、平民クラスのルーメスが生む歪みなんてたかがしれてるはずだ。ヒッリ教はルーメスを崇拝してる宗教なんだ。まあ、ルーメスと言うよりはルーメスの神、『揺らぎ』をというべきかな。彼らは世界に歪みを与えて、ルーメスの世界とこっちの世界を結びつけたいらしい。その遺跡だから、元々世界の歪みが生じやすかったんだと思う」

「なら、あれ、俺のせいでないのか?」

「ああ。君のせいだけではないと思うよ」

「そっか。ジジドの木も世界に歪みを与えやすいんだよね。リージアが言ってたよ」

「なるほどね。だからテツのところではあんなひどい思いをしたのか」


 この話を聞いたロロは、とても安心したような顔をしていた。ルックには、彼がこの世界に居続けたいのだと、だから自分が世界に悪影響を及ぼさないのだと知って、安心したのだろうと思えた。


「そのヒッリ教っていうのは、どこの国の宗教なの?」


 リリアンが問う。クロックはそれに自慢げに肩をすくめた。リリアンの知らないことを知っていたので、子供じみた優越感を感じたのだろう。


「ヒッリ教はキーン時代にはもうあった古い宗教だ。キーンは宗教には寛大だったからな。フィーン以外の国では信仰団体があるんじゃないか?」


 キーン大帝国時代、この大陸にはキーンとフィーンしか大きな国はなかった。だからその時代からある宗教は、ほとんど各国に広まっているのだ。


「それじゃあなんの参考にもならないね」


 呆れたようにルックが言う。クロックも自分の失態に気付いたようで、もごもごと口ごもる。


「ねーねー、緑のシチューは珍しいんじゃない? アーティスのシチューは赤いでしょ?」


 助け船を出すようにルーンが話題を変えた。リリアンがそれに答える。


「いえ。私はアーティスやティナでも緑色のシチューを食べたことがあるわ。それよりもパンを主食にしているっていうのが、ヨーテスではないと思うの。ヨーテスはパンではなくて、南部以外は芋が主食だから。南部でも主食はきびがほとんどよ」

「そっか。なら残すは三国だね」

「あとコールは違うはずね。あそこは土地柄も特殊だし、貧しくて爵位を返上するってことは、爵位を維持するのに費用がかかるってことよ。コールでは爵位はほとんど飾りのようなものなの。中央政府と王族以外は実権なんてないから、爵位でお金を取ったりはしていないはずよ」

「はは。さすがリリアン」


 ルックは少しクロックをからかうようにそう言った。クロックは何か起死回生の発言ができないかと、躍起になって考えているようだ。


「じゃあアーティスかオラークなんだね。オラークのことはほとんど知らないけど、どういうところなの?」

「地図に載らないような小国って可能性もあるけど、まあどっちかでしょうね。オラークはフィーンほどではないけれど、貴族が力を持つ国よ。公爵ともなると、王族ですらはばかるらしいわ」


 ロロの目的地は大きく絞られたかのように見えた。ロロの顔にも期待が浮かんでくる。しかし話はそこで暗礁に乗り上げた。アーティスかオラークかを絞り込む手がかりがなかったのだ。


「オラークは気候の暖かなところよ。暖季ならそれなりに暑かったと思うけど、気温はどうだったの?」


 リリアンの問いに、ロロは困った顔をした。


「こっちの世界、向こうより、とても涼しい。ナリナラも、暖季とか寒季とか、言っていた。けど、俺には、違い分からなかった」

「雪は降らなかったの? 一年いたなら、アーティスの寒季は雪が降ることも多いはずだよ」


 今度はルーンが問いかけたが、ロロは首をかしげる。


「雪?」

「知らないってことは降ってないのね。アーティスでも北部は雪が降らない年もあるわ。確証にはならないわね」


 そこまで話して、沈黙が訪れた。いよいよもうヒントになるものはないかに思えた。しかしそこでクロックが、ふと思いついたような顔をした。

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