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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 ロロが少年だという話はナリナラにも伝わった。どうしてか、ナリナラはそれをとても喜んでくれた。

 ある日、またナリナラと二人で遠乗りに出ていたときだ。ナリナラはロロに歳が近くて良かったと言った。


「だってさ、うちで一番歳が近いのお父さんだよ? あ、弟は別ね。弟はお話を楽しむなんて無理だし。やっぱり退屈なんだよね。それじゃ」


 ロロにはナリナラの気持ちは分からなかった。ロロにとっては、誰かがいてくれるというだけで充分幸せなことだったのだ。歳がいくら離れていても、一人よりはいい。しかしナリナラが喜んでくれるなら、それはとてもいいことだった。


 その日二人は領内で一番大きな木を見に行く予定だった。少し遠いところにあるので、ロロは昼に間に合うように駆け足で人力車を引いていた。

 走りながら会話をするのはロロにも難しかった。そのためナリナラの言葉にロロは答えられない。ナリナラもそれを分かっているので、大きな声で一方的にロロに語りかけてくる。


「私は最初から、あんたがそんな年上じゃないって思ってたよ。十代後半でもないんじゃない? 私より三つぐらい年上って感じするな」


 ナリナラは勘がいいのか、ただ歳が近いから分かるのか、そんなことを言った。

 大きな木の下に着いたら、本当のことを伝えてみようか。

 ロロはナリナラの喜ぶ顔を想像しながら、そんなことを考えた。

 しかし、ロロにはそのことを伝えることはできなかった。

 大きな木は、ロロの想像以上に大きかった。幹の太さはナリナラの家ほどもあり、背の高さは塔のようだった。ロロの頭上、遙か高い位置に、青々と葉が茂っている。


「大きいな」


 ロロがそう言うと、ナリナラは胸を張って答えた。


「すごいでしょ。ジジドの木っていうだけど、うちの領内の名所なんだよ」


 ジジドの木は遺跡の中に立っていた。何か古い宗教上の意味があるのか、ジジドの木の周りには、楕円形のロロより背の高い石のリングが、十から十五個、無造作に立てられている。

 ジジドの木が遺跡の中にあるというよりは、ジジドの木を中心に、古代の人間がその遺跡を造り上げたのだろう。この場所がまだ遺跡と呼ばれない遠い昔から、この木は異様な巨体を誇っていたのだ。

 石には絵が彫り込まれていた。象徴化されたたくさんの牛と馬が、石のリングに環状に描かれている。


「この石、なんだ?」


 ロロはジジドの木よりもその遺跡に興味があった。ロロが石のリングに手を置くと、石はひんやりと冷たく、重い手応えだった。


「あんた遺跡に興味あるんだ。はは、ビルと気が合うわけだね」

「遺跡?」

「そう。昔の人が遺した施設とか、石像とか。私にはさっぱり分かんないけどさ、ビルに言わせると浪漫のかたまりなんだって」

「うん。俺、ビルの気持ち、分かる」

「へぇ。この地方は遺跡がたくさんあんの。だからビルに聞くといろいろ教えてくれるよ」


 ナリナラはいたずらな笑みを浮かべて言った。ロロはいつだかニンダが、「ビルは語り始めると長い」と言っていたのを思い出した。


「これ、なんの意味、あるんだ?」


 ロロは石のリングを叩きながら、ナリナラを見下ろした。石の並びは無作為で、わざわざこの場所に並べた意味は想像もつかない。非力な人間がロロの身長よりも高い石をここに運ぶのも、決して簡単なことではないだろう。なにかしらの理由がなければ、わざわざこんなところに石を並べるわけはない。しかしその理由は、ロロには到底計り知れなかった。


「さあ。ビルは石に描かれてるのは神への供物を意味してるんじゃな……」


 ロロは首をかしげる。ナリナラの言葉がよく分からなかったのではない。そう言ったナリナラが、突然背が伸びたように見えたのだ。


「あれ? なにこれ?」


 ナリナラが不思議そうに自分の手を眺めた。ナリナラの手は軟体動物のようにぐにゃぐにゃと曲がって、揺れていた。


「ロロ? どこ?」


 目の前にいるのに、見えていないのか。


 ロロはとっさにナリナラの手をつかんだ。すると突然、ロロの視界から石のリングも、巨大なジジドの木も消えてしまった。

 豊かな緑あふれる世界が消え、見慣れた、しかし久しく見ていなかった、寂寞とした大地が広がった。後ろを振り返ると、ドアの向こうの景色のように、元いた遺跡の風景が見える。


 何が起こったのかは明白だった。世界に歪みが生まれ、それに巻き込まれたのだ。瞬時にロロは、ナリナラがこの世界で到底生きていけないことを悟った。

 ロロは力一杯ナリナラの手を引き、元の世界に連れ戻そうとした。

 戻らなければ、全てを失う。飽きることのない満ち溢れた世界が、ロロの言葉に笑顔をくれる人々が、この寂れた世界にはほんのわずかにも存在しない。

 しかしどのような作用が働くのか、水中で扇をあおぐかのような、その何十倍もの抵抗がロロの邪魔をした。

 歪みが次第に小さくなっていく。ロロは元の世界にある石のリングに必死で手をかけ、ナリナラの体を強く引いた。


「ああっ!」


 ナリナラが呻いたが、聞いていられない。半ば投げ飛ばすかのように、ナリナラの体を元の世界へ押し込んだ。

 その反動で、ロロはつかんだ石のリングを離してしまった。急いで自分も元の世界に戻ろうとしたが、間に合わなかった。


 ロロの世界とナリナラの世界は、すでに繋がってはいなかったのだ。


 どこを見ても、あの緑豊かな世界はなかった。空は晴れることも雨を降らすこともない、重たい雲に覆われている。苔の他には、緑はない。

 ロロの長衣を乾いた風がはためかせる。ロロは自分の両手を見た。手には何も持っていない。ロロが向こうの世界にいた証は、何一つとして手元になかった。

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