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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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 ルーンの作った巨大な土人形は、両足を動かし、頭をほとんど動かさずに駆けだした。ルックとライトもそれに続いて走り出す。

 土の巨人は速く、ルックもライトも付いていくのが精一杯だった。

 右へ少し曲がる。シャルグたちが見えてきた。状況は先ほどと変わらない。しかし今度は、盗賊もルックたちの存在に気が付いた。


 ルックが剣を地に突いた。すると同時に、敵の一団の足下が陥没した。その機にドーモンが動いた。棍棒の一振りで、三人の盗賊が吹き飛ぶ。シャルグの投擲が、立て続けに三人の喉を貫いた。盗賊は散り散りになって逃げ出し始めた。シャルグもドーモンも深追いはせず、それでも逃げなかった盗賊に警戒を強めた。アレーの四人だ。そのアレーの内一人が、ルーンの巨土像に向かって駆けだした。持っていた剣をルーンに向かって投げつける。ルックはその剣に向かって石投の魔法を放った。小石が飛来し、剣の軌道を反らす。だがそれはどうやら無用だったようだ。ルーンの巨土像は機敏な速さで右へ跳び、敵が逃げる間もなく、強力な蹴りを浴びせた。

 巨土像がただの虚仮威しでないのは明らかだった。残った敵も身を翻して逃げ出した。

 一人残らず敵が逃げ、当面の危険は去った。


「ルーン、けが人いる。治水だ」


 ドーモンは血の付いた棍棒を置くと、行商の主人に水を頼んだ。大きな桶に汲まれた水が用意され、ルーンがその中の水にマナを籠め始めた。

 行商の下働きの老人が、ナイフで倒れた盗賊一人一人にとどめを刺していた。護衛のアレーの一人はまだ息があり、だが助かりようのない傷だった。老人は彼も楽にしてやろうと、ナイフを突き立てようとする。その老人の手を、シャルグが掴んで止めた。

 シャルグはアレーの体をルーンの元まで運んでいった。男は腹を裂かれていて、息も絶え絶えだった。


「まさか、助かるんで?」


 行商の主人がシャルグに問う。それにシャルグは頷いた。

 ルーンは水を手ですくい、アレーの患部に何度も何度も掛け続けた。


「他の怪我した人も、怪我した部分に水をかけて」


 ライトに促され、行商の人たちが半信半疑で自身の怪我に水をかけ始めた。効果はすぐに現れて、怪我人たちの傷がみるみる塞がっていった。致命傷を受けていたアレーも、どんどん顔色が良くなっていく。ルーンが一年前に開発した治水の魔法だ。本来は風呂などに水を張り怪我人を浸けるのだが、そこまでの水はないため、みな傷口を洗うようにしていた。桶の水がなくなる頃、行商に怪我人はいなくなっていた。

 そんな様子を見ながら、ルックはシャルグに問いかけた。


「手強い相手がいたの?」


 敵が三十人いたとしても、シャルグとドーモンの二人なら勝てない数ではないのだ。つまり、敵の中に二人の大立ち回りを許さない人間がいたということだ。


「ああ、アレーの内二人が強敵だった」


 シャルグにしてそう言わせるということは、ルーンの討ち取ったアレーではないだろう。

 ルックはそれを思って、治水に命を救われたアレーを見やった。怪我は癒えたようだが、まだ意識は戻っていない。

 ルックはルーンの治水に目を見張っていた行商の主人に声をかけにいった。


「災難だったね」

「ああ、くそ、護衛の二人と、連れが一人殺された」

「そっか。あのとき僕らも同行していれば良かったのに、ごめん。殺された人もいたんだ」

「いや、僕が君らを疑ったせいだ。自分の保身のために、君らに頼ることができなかった。殺されたのは、あの無表情で盗賊にとどめを刺しているじいさんの孫だ。彼は娘夫婦も数年前に殺されたんだ。彼を思うと、……、ああ、悔やまれないな」


 盗賊もまた、生きるために人を襲うのだろうが、やはり何ともいたたまれない。主人は自分を責めていたが、ルックも自分に責任がないとは思えなかった。


「おじさん取りあえずはハシラクに行くんだよね?」

「ああ、そのつもりだよ」


 にこにこ顔をどこかに隠してしまった主人から離れ、ルックはシャルグの元に戻った。


「彼らもハシラクまで行くんだって」


 同行していいか言外に込めたルックの言葉に、黙ってシャルグは頷いた。

 それから先の道中は、特に問題は起こらなかった。馬を二頭逃がしてしまった行商がペースを落としてしまっていたので、時間は少し余計に食ったが、それだけだ。ハシラクで行商と別れたルックたちは、取りあえず宿を取った。シュールがいるのはこの先の鉱山だ。もう陽はすっかり暗に移ってしまったので、明日の朝になってから向かうことにした。


 彼らが泊まったのは、見張り付きの高めの宿だ。シャルグとドーモンは睡眠時間が少なかったため、充分な休息が必要だった。ルーンも立て続けに魔法を使ったためか、いつもより元気がなかった。


 朝は静かにやってきた。高級なだけあって、部屋に運ばれてきた朝食もうまかった。ルーンは元気を取り戻していて、にぎやかな食事になった。


 宿を出たときには、ハシラクの街には結構な数の人が出歩いていた。ハシラクは林業や鉱業で成り立つ街で、働き手は主に男だ。この時間は働きに出る男の姿も多いが、昼頃から街には女性や老人、子供ばかりとなる。

 活気のある街ではなく、暮らす人々の生活も決して楽ではないらしい。近くにはスイ湖という湖があり、その対岸にある街メラクと同じ、スイラク子爵領だ。特に税が高いというわけではないが、首都アーティーズでも木は豊富にあり、鉱山はそこまで出のいい訳ではない。それに盗賊の被害があるため、そんな鉱山に大がかりな護衛が必要なのだ。そして貧しさ故に盗賊に身を落とす者が多い。

 そのようなわけで、常にこの街では護衛の仕事があり、長中期的に人を雇っている。ルックもここで何度か警備の仕事をしたことがある。


 いつもながら思うことだが、ルックはこの街の慢性化する陰気に、どうにも馴染めなかった。


 鉱山は街を出て東に進み、一時間ほど歩いた先にあった。そこでは鉱夫たちがただ黙々と働いていた。

 実をいうとこの鉱山が盗賊に襲われたことは、二百五十年ほどのアーティスの歴史上、数えるほどしかない。よっぽどのことがなければ、三十人前後のアレーが護るこの鉱山を襲おうとは盗賊も思わないのだ。楽で安定した収入のある仕事として、ここの護衛は人気が高い。

 ただそうしたアレーたちばかりを集めていると、虎視眈々と機を狙う盗賊に足元をすくわれてしまう。そのためシュールのように名の売れたアレーが、なるべくここに常に詰めている。

 ルックたちは護衛たちの詰め所に向かった。詰め所の中では、長い任務に飽き飽きしているのだろう。札遊びなどで今度の収入を賭けているアレーがとても多かった。


「ずいぶん不真面目なんだね」


 真面目なライトはそんな様子をひと目見て、ルックにそう漏らした。


「まあ、こんなものだよ」


 かく言うルックも、この地で任務に就いたときには賭け事に興じていた。アレーたちは大抵酒が入っていて、ルックを子供だとなめているのだ。なかなかいい稼ぎになった。

 ルックたちが詰め所に入ると、広間中の視線がいっせいに集まった。シャルグは長身で、ドーモンはそのシャルグが見上げて話すほどの巨体の持ち主だ。目立たないわけはない。だが新入りでアレーが来ることも多く、すぐにみなの視線はそれぞれの賭け事へと戻っていった。

 賭場と化した広間の先に、シュールや、この現場の監督ともいえる重役のアレーたちの部屋があった。ルックたちは一直線にその部屋へと向かう。


「ドーモンがあの腕相撲の賭け事に参加したら、大金を稼げるね」


 けらけらと笑いながらルーンが言って、ドーモンがそれににやりと笑った。


「駄目だよ。誰もドーモンとはやりたがらないから」


 ルックがそれに答えたのと、シャルグが部屋をノックする音が重なった。


「なんだ。なんか用か?」


 中から男の声がする。陽気そうな若い声だ。


「シュールに会いに来た。いるか?」


 シャルグが短く要件を言う。


「どっちのシュールだ? 旦那か、臆病もんか?」

「おそらく旦那だ」

「ああシャラ。その呼び方はやめてくれ。俺はまだ二十三だぞ」


 シャラと呼ばれた若い声は、ルックの聞き慣れた声に咎められた。


「シャルグか? 何かあったか? ああ、入ってきていいぞ」


 アーティスでは、客人に対しては中からドアを開けるのが当然の習わしだ。それをしないところを見ると、シュールは何か手が離せないのだろう。ルックはそれだけで、シュールも何かの賭け事の真っ最中なのだと悟った。ライトに失望されないように、ルックはシュールを気づかって言った。


「シュール。ドゥール以外みんな来てるんだ。その部屋じゃちょっと狭いから、外で待ってるよ」


 ルックの言葉に、ドーモンはまたにやりと笑った。ルックがそう言った理由に気付いたのだろう。

 ルックたちは外に出て、シュールを待った。ルックの読みでは、シュールはそうすぐには出てこない。詰め所の壁により掛かって、そのまま座った。


「シュールって名前はいっぱいあるんだね」


 ライトが素朴な疑問を口にする。シュールというのは、人を助けるというような意味だ。アーティスの神、シビリア教の有名な教えに、人を助く(シュール・)(ミラ)己を助く(・リュール)というものがあり、アーティスでは比較的ありふれた名だ。


「私の友達にも五人はシュールがいるよ。一人なんかはお婆ちゃんだし」


 アーティス中と友達なのではないかというルーンはそうライトに言った。

 ルーンはじっとはしていられないようで、きょろきょろと辺りを見渡した後、詰め所の中に戻っていった。札遊びのルールでも習いに行ったのだろう。


 十クラン(一時間の半分)が過ぎた頃、シュールがルーンを連れて詰め所から出てきた。シュールは灰色の髪の、いたって普通という表現がぴったりな、平凡な青年に見えた。灰色の短衣の上に、首の前にボタンの付いた、柔らかな素材の長衣を羽織っている。それはありふれた格好で、剣を腰に下げてなければただの町人に見える。しかしシュールは着やせをするので見えないが、体躯は決して細くない。


「シュール、遅かったな」


 からかうような口調で巨漢が言った。実際彼はからかっているのだろう。シュールも賭け事のことをドーモンが悟っていると見越していたようで、余裕の笑みで応じる。ルックは少しいたずら心が疼き、にこにこ顔でシュールに言った。


「現場の監督者としてどう思ってるかなんだけど、ライトがここでの賭け事を不真面目だって言うんだ。シュールはどう思う?」


 突然話題に出され、ライトはきょとんとしていたが、シュールは恨めしげにルックをにらんだ。そしてやれやれというように笑みを見せる。


「それで、みんなして何の用なんだ? まさか遊びに来たわけでもないよな?」


 ことのあらましはシャルグが語った。口数の少ない彼だが、言うことは的確で分かりやすい。シュールは短い会話の中ですっかり理解した色を顔に浮かべた。


「そうか。じゃあまずはスイラク子爵にお目通しをしろという指示なのか。はは、確かにシャルグとドーモンだとな」


 スイラクはこの地を治める貴族だ。ルックたちのチームでまともに教養があるのはシュールだけだ。この依頼にはシュールの存在が不可欠だったのだ。

 今初めてスイラクの話を聞かされたルックは、貴族に会うと知って好奇心がくすぐられた。遠目で見ることはあっても、ルックの立場では貴族と顔を合わせることなどほとんどない。実際に今回で初めてだ。


「貴族ってどんな人なのかな? やっぱり立派な人なんだよね」

「ん? ああ、スイラク子爵にはあまり期待しない方がいいぞ。臆病者で、卑屈な男らしい。まあ、結局貴族と言っても人それぞれだ。ディーキス公爵なんかは、本当に正義感が強くて立派だぞ」

「ふーん。やっぱりそんなもんなんだ。シュールが貴族になれば良かったのにね」


 半ば本気で言ったルックに、シュールは苦めの笑みを見せた。ルックはそれで、ビースがシュールを貴族にしたがっているという噂を思い出した。確かいつだかに鍛冶屋の弟子が言っていたのだ。それは案外本当なのかもしれない。

 ビースはこのチームに貴族と会うよう言えば、必ずシュールを連れて行くと分かっていたはずだ。

 もしかしたらビースは、シュールに貴族と会わせて、シュールの顔と名を売りたいのではないだろうか。

 ルックはそんな想像をしながら、もし本当にシュールが貴族になれば、どれだけ誇りに思うだろうと考えた。


「さて、それじゃあ俺は休暇をもらいに行ってくる」


 そう言って去ろうとしたシュールの後を、シャルグが自然と付いていった。そして次に顔を現したのは、シュール一人だけだった。

 みなの問いかけの視線を受け、シュールはちょっとな、と軽く流した。


「ルーン、ライト。お前たち二人はここでシャルグと留守番だそうだ。ちょっとシャルグに気になることがあるらしい」


 シュールの言い回しはとても巧妙だった。それにルックは後々気付いた。ルーンとライトは少し不思議そうにしながらも、シュールの言葉に従った。

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