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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 ナリナラの父キラベアは、二十代の若い男だった。顔立ちはナリナラとよく似ていて、目が細く、美男子とは到底言えなかった。しかし性格は非常に良くできていると評判で、領民の誰からも尊敬されていた。


「君がロロか。これからよろしく頼むよ。もし良かったらニンダから剣を習うといいよ。彼が結構やる気みたいなんだ」


 キラベアはそんなことを言った。ロロはそれにこくりとうなずく。


 次の日は朝早く別邸を発った。

 ナリナラの家は馬車で半日の距離だった。ロロは馬という生き物を初めて見た。走った方が速いだろう速度だった。馬車の乗り心地も良くなく、がたがたがたがた揺れる。こんなに不安定な物に乗っていて、ナリナラたちは嫌ではないのかと思ったが、誰一人気にした風でないので黙っていた。

 道中一度休憩のため止まった。緑の豊富な山道で、少し分け入ったところに湖があるという。ロロとビルは大きな器を持ってそこに水を汲みに行った。


 まず驚いたのは湖の広さだ。向こう岸が霞むほど大きかった。山の奥とは言え、これだけの水場があればかなり大きな群れが縄張りにしていそうなのに、この世界ではこの程度は珍しくもないのだろう。近くには家のようなものは一つもなかった。


 次に驚いたのはビルの非力さにだ。器を水で満たした後だ。確かに両腕で抱えきれないほどの器で、それなりに深さもあるが、それを二人がかりで運ぼうというのだ。


「俺、ひとい、持つ」

「は? バカ言うなよ。持ってるわけないじゃんか」


 ロロは首をかしげて試しに器を持ってみた。やはり特に重たくはない。しかしビルは目を限界いっぱいまで広げて、大げさに驚いた。


「すげぇすげぇ、大がめだぞ? だてにでかいんじゃないんだな。その細い体のどこにそんな力があるんだよ?」


 ビルは仕事が楽になったと大喜びだった。喜ばれるということは悪くなかった。だいぶ悪くなかった。

 ロロは大がめを肩に担いでナリナラの元に戻っていった。しかし森を抜ける直前、前から甲高い笛の音と、馬の高いいななきが聞こえてきた。


「おい! まさか襲われてんのか」


 ビルが叫んだ。ロロは大がめを放り投げて走った。森を抜けると、ニンダが三人の男と対峙していた。剣を抜き放つニンダは、微動だにせず敵をにらみ据えている。敵の三人は全員ニンダよりも頭一つ背が低い。ニンダの静かな気迫に、攻めあぐねているようだ。

 その三対一なら、ニンダは負けないだろうと思った。しかし敵は後ろにも一人控えていて、ニンダの隙をうかがっているように見えた。手には見慣れない道具を持っている。緩やかにしなる弦を張った棒と、先のとがった棒だ。ロロはやはり先ほどの湖には占有者がいて、自分たちが縄張りを侵してしまったのだろうと思った。

 しかしこのまま見過ごすわけには行かない。ロロはとりあえずはニンダの隣に付き、ニンダとともに敵を牽制した。

 敵は新たに現れた背の高い男に、少し動揺したようだったが、線が細く、武器も持っていないロロを弱者と判断したようだ。


「俺たち、ここ、とおる。なにもしない」


 相手にきちんと意志が伝わるように、ロロは細心の注意を払ってそう言った。


「おいおい。ただ通るだけがまかり通らねぇんだ。無駄な抵抗はすんじゃねぇよ。さっきの笛は仲間への合図だ。続々と集まってきてるはずだぜ。さっさと金目の物を置いてきな」


 縄張りに踏み込んだからではない。略奪者なのだろうか。しかしこの豊潤な食物庫で、なぜ奪い合う必要があるのだろうか。


「はっ」


 ニンダが仕掛けた。時間があまりないことを悟ったのだろう。敵の一人が幅広の剣でニンダの一撃を受ける。しかし力の差は歴然で、圧倒的な腕力に押し込まれた敵は、ひざをついてかろうじてニンダの剣を避けた。他の二人がその機にニンダに向かって斬りかかる。


「なに、やってる?」


 ロロは本当に不思議で、こんな場面だというのに思わずそう聞いてしまった。しかしニンダを含めて、誰もそれには答えない。みんな必死なようだ。

 しかしロロにはニンダを含めた全員の動きが、とてもとても必死なものには思えなかった。あまりに緩慢で、遊んでいるように見える。

 ロロはこの世界の人間があまり強くないのだと悟った。魔法が使えないので、ロロはルーメスの中では最弱だった。争いごとは避けてきたので、戦うすべも知らないが、とにかくこの緩慢な動きが相手なら、訳はないのだと分かった。


「ニンア、さがる。俺、まかせる」


 ニンダは三人を相手に必死に戦っていた。ロロの言葉にかまっている暇はなかったのだろう。ロロを無視して戦い続ける。

 ロロはあきらめて、ニンダを巻き込まないように踏み込んだ。命までは取るまいと思い、敵を一人、腕を片手でつかんで投げた。もう一人も頭をつかんで持ち上げて、放り投げた。驚いた三人目はがむしゃらにロロに斬りつけてきたが、ロロはその剣を払いのけて、敵の顔面を鷲掴みにしてそのまま押し倒した。

 瞬く間に三人が地面に転がり、敵はしりもちを付いたまま後ずさった。

 人間には信じられないほどの力技だったのだろう。敵の表情は恐怖や怒りよりも、純粋に驚きが強いようだった。

 しかしそこでロロが思いっきり地面に足を打ち付けて威嚇すると、敵は我に返ったように顔に怯えを表し、一目散に逃げ出していった。





「驚いた。いや、驚いたなんてもんじゃない。まさかロロに武術の心得があるとは」


 戦闘が終わって再び馬車で進み始めると、ニンダがそう言ってきた。


「そんなにすごかったのかい?」


 ナリナラの父、キラベアが言った。彼とナリナラは馬車の中に隠れていたのだ。ロロの戦う姿は見ていない。


「ああ。すごかったですよ。まるでかかしを相手にしてるみたいだった」

「へえ、ニンダとどっちが強いんだい?」

「俺なんて目じゃないでしょうね」


 まじめな顔でニンダが言った。あまりにも当然の話だったが、それでもロロはほめられて嬉しかった。


「はは。それじゃあニンダは首じゃん」


 ナリナラがそんなことを言った。ニンダは困ったように首をかいて笑った。

 ナリナラはもちろん冗談で言ったのだが、ロロはニンダが首になると聞いて慌てた。


「ちがう。ニンア、いた。俺、まにあった」


 懸命なロロの説明は、馬車の中の人間たちの笑いを誘った。

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