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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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「この人は私とお父さんの護衛で、ニンダ。

 この人はお父さんの小間使いで、ビル。

 それとこっちのお姉さんが、お手伝いさんのメシャール。別邸の管理をしてくれてる人」


 小間使いになるという誘いを、ロロは受けることにした。特にやることはなかったし、ナリナラのそばにいられるというのは魅力的だった。ロロはナリナラに連れられてナリナラの別邸に入った。そこには三人の人がいて、ナリナラは早速その三人を紹介してくれた。

 後この別邸にいるのはナリナラの父親だけだという。

 道中はビルが馬車を引いて、ナリナラとその父とニンダが馬車に乗って行動していたらしい。


 ニンダは背の高い大きな体をした人だった。緑の髪で、腰に長剣を差している。肩から胸にかけては革の鎧を着ていて、肌着や、細身の長ズボンは金色の布でできている。靴は革製の茶色い靴だったが、それも金色の装飾がふんだんに縫い取られている。派手な格好の男だった。


 ビルは気の強そうな小柄な男だ。茶色い髪で、短衣に革の半ズボン姿だ。半ズボンから覗く足はやはり細く、靴は履いていなかった。


 メシャールは簡素なドレス姿で、汚れた前掛けを首からかけている。ナリナラはお姉さんと言ったが、ナリナラと比べるとだいぶ歳が上に見える。もっとも人間の歳はロロにはまだ分からなかったので、特には何も言わなかった。


「おえ、ロロ。おはよう」


 ロロは三人にそう挨拶をした。

 ニンダとビルは愛想良く挨拶を返してくれた。大体の事情をナリナラが話してくれているのだろう。

 メシャールはロロの汚れた長衣姿を見て、少し顔をしかめていた。


 ロロの格好は、自分の肌の色を隠したかったので、ルーメスにしては珍しい格好だった。それはロロにとっては幸運だっただろう。ほとんどのルーメスは腰に皮革を巻いただけか、簡素な袖のない貫頭衣を一枚羽織っただけの格好なので、もしそうだったらメシャールたちの対応はだいぶ違っていたはずだ。


「ひどい格好ねぇ。それにひどい臭いよ。今湯を沸かしてきてあげますから、ゆっくり浸かってらっしゃい」


 メシャールはそう言って、落ち着いた足取りで湯あみ場に向かっていった。


「そうだ。ね、ニンダ。ニンダの服ロロに上げてよ。お父さんのもビルのもサイズが合わないだろうし、今の服は洗わないといけないじゃん」


 ナリナラの言葉にニンダは快くうなずいた。


「しかしロロは本当に背が高いな。俺より高いやつなんて久しぶりに見た。鍛えれば結構な戦士になれるんじゃないか?」


 ニンダは気持ちのいい声を出す男だった。後に知った歳は三十五。自分の強さにかなりの自信を持っているらしい。顔にもその自信があふれ出ているようだ。


「戦士になれば小間使いじゃなくて俺のような護衛になれるぞ。まあそうしたらこの家にはいられなくなるけどな」

「そおなおか?」

「ああ。キラベアは古い領主なんだけどな。そう大きい土地があるわけでもないし、資金繰りが良くないせいで爵位も返上してしまったくらいだ。護衛は二人も雇えないのさ」


 ロロにはそれが何を意味しているのかは分からなかった。ただそういうものなのだろうとうなずいた。


「ちょっとニンダ、ぶん殴るよ。お父さんは不作が続く中で、領民に食糧を分けるために爵位を返したの。それに今は贅沢をしないでお金を貯めてるんだ。もうすぐまた爵位を与えてもらえるようになるの」


 ナリナラは後半はロロに説明するように言った。ロロはやはり意味が分からなかったので、ただうなずくだけだった。


「ロロは言葉もうまくしゃべれないんだろ? そんな難しい話をしなさんな」


 ロロの印象では、小間使いというものは雑用係で、立場が低いものだと思ったが、小柄なビルは場を仕切るようにそう言った。

 実際どこの国や地方でも、小間使いが主人に使う口調はへりくだったものだ。ナリナラの家はだいぶ特殊なようだった。


 やがてメシャールが湯を沸かし終えたことを知らせに来て、ビルがロロに風呂の入り方を教えることとなった。これもビルが提案して自分で決めたことだ。ビルは脱衣所でロロに服を脱ぐように指示をすると、脱がせた長衣を持って出て行った。しばらくすると彼は手ぶらで戻ってきて、自身も服を脱いだ。


 風呂というものにはもちろんロロは初めて入った。風呂どころか、こんなに豊富な水をロロはほとんど見た事がない。しかもそれを飲むのではなく、体の汚れを落とすのに使うというのには、罪悪感すら感じた。しかし実際、汚れを落として湯に浸かると、体の芯まで暖まるようで心地よかった。

 一緒に湯に浸かりながら、ロロはビルと話をした。ビルははきはきとしゃべり、ナリナラよりも聞き取りやすい声だった。彼はニンダよりも年上だと言った。それに驚かなかったロロに、ビルは笑いながら背を叩いてくる。


「ははは。俺はこの見た目のせいでいつも子供扱いされんのさ。もう結構な歳なのにさ。お前さんの反応は新鮮だよ。そんでお前さんの歳はいくつなんだい?」

「とし? なんあ?」

「生まれてからどのくらいたったかを数えるだろ? それのことだよ」

「おえ、かず、わない」

「おえじゃなくて俺だね。数は数えらんないのか?」

「俺、かず、なまえ、しあない」

「ああ、そうか。そりゃそうだわな。じゃあこれが一だ。二、三、四……」

「てぃす、みす、しす、じす……」


 ビルは指を一本ずつ立てながら数の名前を教えてくれた。指の数では十までしか教えられないが、彼はロロの手を借りて、二十まで説明し終えた。


「後は今の数字を組み合わせて、二十が一つと一、二十が一つと二、とか、二十が二つと一、二十が二つと二としていくんだ。言ってごらん」

「てぃすてす・てぃす、てぃすてす・みす、みすてす・てぃす、みすてす・みす」

「お、うまいじゃんか。んで、それで言うとお前さんの歳はいくつだ?」


 ビルに言われて、ロロは考え始めたが、どうも数が足りない。


「てすてす・てす、あと、なに?」

「あ、違うよ。二十が二十集まるとそれで一括りにして四百と言うんだ」

「ててぃす」

「そう。だから、二十が二十個と二十、は四百二十になるのさ。こっちの方が言いやすいだろ?」

「ててぃす・てす」

「うん。ちなみに四百が二つは八百。四百が四百は十六万だ」

「みすててぃす。てみす」


 ルーメスの世界でも数はもちろんあるが、二十で一括りではなく、十を基準に考えていた。これは自分たちの指の数を基準にした考え方だったのだが、こちらの世界では、長く栄華を極めたフィーン帝国時代に、「全ては二人の人間があって生まれる」という宗教上の理由から、二十で括る数え方が一般的になっていた。それが今でも続いているのだ。

 そうした理由はもちろんロロには分からなかったが、これには頭を悩ませた。一生懸命頭の中で計算したが、自分の年齢を正確に置き換えることはできなかった。


「たぶん、ててぃす・うぇすてす、くらい」

「あ? 六百四十って、そりゃないだろ。いや、ちょっと待てよ。もしかしてお前さんの地方じゃ歳の数え方自体違うのかな。だとすりゃちょっと難しいぞ」

「どいこと?」

「ああ。キーン大帝国はむかし大陸共通の暦を作ったんだけどな。一部の地方では未だに、独自の一年の数え方をしてるそうなんだよ。あ、ちなみにロロは一年に何回歳を取る?」

「ことし、は、びすだ」

「えーと一年で六回で、一年の長さも違うとして、あれ? しかも今年はってことは、毎年違うってことか。あ、こりゃ無理だわ」


 ビルはお手上げだというように目をくるりと天井に向けた。ロロも一年の長さが違うとなれば、もう何をどのように考えていいのか分からなかった。


「まあいいや。俺より年上ってこったないだろ。んでナリナラよかは上だな。はは。三十も間があらぁ」


 ロロはそこで、自分の年齢を表す、数以外の言葉を思いついた。しかしロロは、それを少年というとはまだ知らなかった。


 風呂から出ると、ニンダが服を用意してくれていたようで、綺麗な単衣とズボンに着替えた。


「おお、いっちょまえになったな」


 ズボンの丈は少し短かったが、だいぶ見られる格好になったらしい。ビルがそれをほめてくれた。

 風呂を出た後はニンダとビルの部屋に向かった。部屋ではニンダだけではなく、ナリナラも待っていた。ナリナラはロロの姿を見ると満足そうにうなずいた。


「いいじゃんか。これでお父さんにも見せられるね。ロロも気持ちよかったでしょ?」


 ロロはその言葉に笑ってうなずいた。

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