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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 ロロは一晩中話をするための練習をした。かなり低い声を出そうとすると、何となく人間らしくなるようだ。だがそこから、どうすれば少女のような細かい音色を作れるのか、それが分からなかった。何度も何度ものどを震わせ、ロロの発声練習は続いた。

 その甲斐あって、次の日にはもう、ロロはある程度舌を使った発音をものにしていた。


「お、ちゃんといたね」


 朝早く、ナリナラが再びロロの前に現れた。


「こういうときは、おはよう、って言うんだよ」


 相変わらず何を言ったのかは分からなかったが、彼女が強調して言った部分をロロは真似しようとしてみた。


「おーおー」


 自分でもそれがあまりにかけ離れているとは分かった。

 しかしナリナラはロロの成長を喜んでくれた。彼女の顔がぱっと明るくなって、何度もおはよう、おはようと繰り返し言ってくる。

 ナリナラはまたあの茶色い物を持ってきてくれた。今日はそれだけではなく、ふちのある四角い板に、大きな容器が一つ、小さな容器が二つ、それに焼けた肉の塊と、大小の穴が開いた黄色い何か、銀色で鋭い牙のような道具を乗せて持ってきていた。


「これがパン。そんでこれはポットでしょ。こっちがコップ。で、今入れるのが薫茶。これはハム。これはチーズ。これはナイフ。それで下にあるのはお盆」


 ナリナラは一つ一つ指をさしながら名前を教えてくれた。その度にロロが「あーん」だの「お、お」だのと言うのが楽しいらしい。途中から笑い混じりの声になっていった。

 ロロも楽しくなって一緒に笑った。


 ナリナラの持ってきてくれたものはまたとても美味しかった。ハムをナイフで切り分け、半分にちぎったパンにチーズと一緒に乗せた。薫茶というものだけはひどい味だったが、ナリナラが身振り手振りで体にいいのだと教えてくれた。

 そういえばロロは昨日から、こんなに豊富な食糧に囲まれているのに、食事を取るのを忘れていた。程良い空腹感と、味わったことのない美味しい料理がロロを満たした。


 食事を終えると、ナリナラは自分に指を突き立てて、「ナリナラ」と言い、次にロロを指さしてきた。ロロは名前を聞かれているのだと理解し、のどを鳴らして、ルーメスの独特な節のある言葉で答えた。


「何それ? ろろろろろ?」


 ロロは自分の言葉が、そんな均一に聞こえるのかと驚いた。長さは確かにそのくらいだったが、「ろろろろろ」などという単純な単語ではなかったのだ。ロロは、名前はもちろん、年齢と出身地と神の位を説明したのだ。

 ロロは首を横に振る。そして名前の部分だけを改めて言った。


「分かった。ロロか。はは、ろろろろろなわけないじゃんね」


 ナリナラは一人で納得をした様子だった。ロロは諦めて笑顔を見せた。


 どうせ死を覚悟した命だ。それを救ってくれたナリナラがそう呼ぶのなら、俺の名前は今からロロだ。


 そう思った。


 その日ナリナラはもう二度、食事を用意してくれた。特にロロはシチューという薄緑色のスープには目を見張った。スープなのにミルク以上に重たい舌触りがあり、様々な食材がくたくたに煮込まれている。その食材たちは舌に触れると砕けるように溶けた。

 パンというのは不思議な食べ物で、ミルクやチーズやシチューなど、一緒に食べる物によって印象がまるで違った。

 ロロはそう思ったことをナリナラに伝えたかったが、まだそれはうまく言えず、ナリナラの首をひねらせるだけだった。

 夜になると、ナリナラはまたどこかへ行ってしまった。ロロは少し眠たくなってきたが、ルーメスに睡眠はあまり必要ではない。今日はなんとしてでも「ナリナラ」とだけは言えるようになりたかった。そのため眠らないで何度も声を出す練習をした。

 次の朝もまたナリナラはやってきてくれた。


「おはよう」

「お、は、おー」


 ロロはなんとか似た発音をしようと、一つ一つ区切って言う。だいぶうまくいったと思う。


「ナイナラ」


 その後に、昨日ひたすら練習をした、彼女の名前を呼んでみた。練習のときよりうまく言えなかったが、それを聞いたナリナラは飛び上がって喜んでくれた。


 そんな日が何日か続いた。ロロはナリナラのいない夜中に、ふと思いついて木の枝や葉を食べてみたが、あまりもう美味しいとは思えなかった。


「ロロ、お父さんの仕事が終わってさ、明日うちに帰るんだ。ロロの話をしたら、お父さん小間使いにしてやってもいいって。ロロどうする?」

「こまづかい?」


 ロロは大分うまく話ができるようになっていた。毎日わき目もふらず練習したのだ。話すのはまだ大変だったが、相手の言葉を理解するのはもうほとんど問題なかった。


「そう。私の身の回りの世話をする仕事。あんたどっかから逃げてきた農奴なんでしょ? 東のなんとかっていう子爵領は奴隷の扱いがひどいらしいし」

「ちがう。おえ、ずと、ひとい」

「あんたずっと一人だったの?」


 ナリナラの方も、完全ではないロロの言葉をだいたい理解してくれるようになった。ナリナラは確認をするように言って、目を丸くしている。ロロはコクリとうなずいた。


「それならなおさら、どこにも断りを入れなくていいじゃん。好都合」


 ナリナラはそう言って笑った。

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