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「ビーア!」
ルックがそう怒鳴ると、ビーアはすぐに加速して飛んでいった。
後を追うようにルックとリリアンも地を蹴った。すぐに二人の耳にも戦闘音が聞こえてきた。もし前の戦闘がクロック、ルーンと子爵クラスのルーメスのものなら、相当に危ない。そのためルックは最大の速さで駆けていた。リリアンも同じ考えなのだろう。ルックを引き離しそうなほどの速さで駆けている。
驚いたことに、ルックとリリアンの全速力にロロはしっかりついてきていた。彼の自信はあながち間違いでもなかったらしい。
窪地を駆け上がると、クロックたちの姿が見えてきた。予想通りルーメスと対峙している。クロックは左腕を怪我したようで、右手だけで防戦を繰り広げていた。ルーンを背にかばい、かなり苦しそうな様子だ。ルーメスにまとわりつくように、ビーアと二体の土像がクロックを援護している。この態勢でクロックに怪我まで負わせたとなれば、やはり普通のルーメスではないのだろう。
そこで驚くべきことが起こった。なんと全速力で駆けるリリアンとルックを、ロロがさらに加速しあっという間に引き離したのだ。
「えっ!」
リリアンが驚愕し声を上げた。アラレルもかくやと言うほどのスピードだ。
ロロはまだかなりあった距離を一瞬で駆け抜け、そのままルーメスに体当たりをし、吹き飛ばしたルーメスを追いさらに駆ける。
そして信じられないことに、追いついたルーメスの喉を押さえつけ、片腕でルーメスの喉を握りつぶした。
断末魔をあげる間もなく喉を壊されたルーメスは、死に体で恨めしげにロロを睨んだ。
「ロロ、離れて!」
それを見たルックが叫んだ。ロロはその声に応えてその場を飛び退き、ロロの立っていた場所を大爆発が包んだ。
喉をつぶされたルーメスはその爆発に自身を巻き込み、爆風に乗って十歩分ほど飛んでいった。そしてそこで完全に動きを止めた。
爆発にはロロも驚いたようで、何もない地面をいぶかしげに眺めていた。
リリアン、ルックの順でクロックとルーンの元に駆け寄り、ロロも彼らの元に歩み寄ってきた。
「クロック、腕は平気?」
ルックがクロックに問う。しかしクロックはまだ爪を構え、辺りを警戒していた。
「まだ終わってない。今のは男爵クラスのルーメスだ。子爵クラスの気配に紛れて気付かなかった。群れでいるのかもしれない」
クロックの言葉に、ルックもリリアンも再び警戒を強めた。ルーンもそれを聞いて土像の魔法を継続する。
「今のがルーメス、か?」
しかし緊張感のない声で、ロロが水を差した。
「ええ。そうよ」
リリアンが短く答える。
「なら、安心。もう大丈夫だ」
「いいえ。今のよりも一つ格上のやつがいるのよ。あなたが信じられない戦士だとは分かったけれど、警戒は緩めないで」
リリアンは辺りを警戒しながら、ロロを見もせずに言う。ロロの実力は分かったが、警戒心がないのには困っているようだ。口調が厳しい。
「いや、違う」
しかしリリアンの心うちに気付いていないのか、さらにロロは言う。リリアンは呆れたようにロロに目を向けたが、ロロはやはり余裕の顔で笑っていた。
「俺、そのルーメス」
ルックたちは、ロロの発言がそこで終わりで、そうだとしたらそれが何を意味するのか、理解するのにかなりの時間をかけた。
「な、」
クロックが声を上げるが、先が続かない。
「俺、さっきのやつより、一つ位、高い。あれ、俺と同族。お前らが言う、子爵クラスのルーメス、たぶん俺だ」
「まさか。冗談でしょう?」
そう言いつつ、リリアンはそれを否定しきってはいないようだ。ロロに剣先を向ける。
「俺、お前らの言葉、分かる。戦う意志ない」
クロックもルーンも、もちろんルックにも、あまりのことに何も言えない。リリアンだけが冷静で、剣先を向けたままロロに問う。
「そのようね。だけどルーメスは私たちの知る限り意味もなく人を襲うのよ。あなたはそうじゃないの?」
「違う。意味はある。俺たち、お前ら食べるため、襲う」
「あなたは私たちを食べようと思わないの?」
「思わない」
ロロは真摯な表情でうなずいた。それを見たリリアンは剣を下ろした。
「リリアン?」
リリアンの行動に、ルックが驚いて声をかける。ロロが本当にルーメスだというなら、今の会話だけで信じていいとは思えなかったのだ。
「言葉がしゃべれても相手はルーメスだよ?」
「それならここで彼を殺すの? 彼はクロックの恩人よ?」
「もしお前らその気なら、話、変わる」
ルックが当惑して口ごもると、ルーンが声を立てて笑った。
「ルックって、人間じゃなければ仲良しになれるんじゃないの?」
ルックはそんな冗談を言ってくるルーンを睨みつけた。しかしリリアンがそれに笑ったのを見て、ついに緊張が保てなくなった。
「分かったよ」
ルックも下段に構えた剣を下ろした。
考えてみればルーメスとは言え、戦意がない相手と戦う意味はないのだ。
「クロック。あなたも武器を下ろして」
「待ってくれよ。ルーメスをそんなに信用する気か?」
「あなたの傷の手当ても必要だし、逆に私には信用しない理由が分からないわ」
「君たちにはこの禍々しい気配が感じられないからそんなことが言えるんだ」
クロックのその意見にはリリアンは反論できなかった。確かにリリアンにはクロックの感じているものは分からない。しかしリリアンはそれでも折れようとはしなかった。
「あなたさっき私のことをリーダーと言ったわよね? それならこれはリーダーが決めたことよ。従いなさい」
クロックはそう言われて歯噛みしていた。しかし彼も感じている気配以外では、リリアンの言い分が正論だと分かっていたのだろう。横暴だとぶつぶつ言いながら爪を下ろした。
「すまない。仲違い、させたか?」
ロロは申し訳なさそうにそう言った。
「ううん。いつもよりはマシだよ」
ルーンがけらけらと笑いながらそう言った。
ロロは釣られたように、ルーメス独特の節のある声で、ろろろろろろと笑った。
彼こそは真実の青に登場する仲間の一人、異端者ロロだ。
例えばサラが書いた小説「アーティスの勇者たち」では、ロロはアラレルと同一人物だとされていた。
例えばガンダダジの小説「青伝説」では、ロロはアルテス山脈の巨人と紹介されていた。
私自身、真実の青ルックにして最速と言わしめたという異端者ロロは、アラレルか、名前を伏せたライトではないかと思っていた。
しかし事実は違った。彼はルーメスだったのだ。ロロがなぜ異端者として名を残すことになったのか、その理由もそこにあったのだった。




