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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 にわかに緊張が走った。ビーアがそれに呼応するように羽を広げて飛び上がる。ルーンはマナを集め始め、荷車を引いていたリリアンは、荷車から離れて剣を抜く。クロックも背中の爪に左手を伸ばした。

 ルックはその場で身を低くして、耳を澄ました。暗い上に死角の多い場所なので、音を頼りにしたのだ。しかし近くにルーメスが現れた気配はない。まだ街道の音が届かないここは、とても静かだった。

 しばらく彼らはそこでそのまま待機した。


「まだ気配はするの?」


 リリアンが小声でクロックに問う。クロックは深くうなずいた。

 暗くなってきたので視界が悪い。ルーメスと対峙するなら、これ以上暗くならないでほしかった。

 ルックにはクロックの言う気配は感じられない。そのため時間が経つにつれ、クロックの言葉を疑い始めた。


「クロック。今度は間違いなくルーメスの気配なの?」

「ああ。これはたぶん子爵クラスだ。片腕のときと感覚が似ている」

「そっか」


 それからさらに数クラン経ったが、やはりルーメスが現れそうな気配はない。


「ねえ、もしかしてルーメス寝てるんじゃない?」


 ルーンが言った。ルックはその可能性もなくはないと思った。短い時間とはいえ、ルーメスも寝るのだと聞いたことがある。


「そうかもしれないわね。こっちから探してみる?」

「君がリーダーだろ? 君が決めろよ」


 クロックが返した言葉にリリアンが眉をひそめる。思うところがあったのだろうが、特にそれには何も言わず、決断を下した。


「ええ。分かったわ。それならこれ以上暗くなる前に探しましょう。いる方角はどっち? 分かる?」


 クロックが前方を指さす。


「距離までは分からないけど、あっちだ」


 リリアンはうなずいてから歩を進め始めた。ルーンとクロックはそのまま待機したが、ルックが後に続く。上空からビーアもついてくる。

 この場所は前述通り起伏が多い。人の身長ほどもある窪みや盛り上がりが、多く死角を作っている。


 リリアンは慎重に歩を進めていた。ルックも足音を立てないようにそんなリリアンを追って、辺りに気を配った。


 しばらく行くと、前方に背の高い人影が見えてきた。薄暗い上に遠目で分かりづらいが、肩まで伸びる長髪が赤い色に見える。ルーメスの髪と同じ色だ。リリアンが後ろを振り返り、ルックと目線をかわした。


 ルックは鞘から大剣を外す。鞘はその場に置いて、柄の宝石にマナを溜め始めた。


 背の高い人影は寝ているようではなかった。街道の方に向かって立ち、辺りを見回している。

 辺りを確認しているということは、こちらに気付くのも時間の問題だろう。ルックは火と鉄のマナが籠もるアニーに、優先的にマナを集める。二つにマナが溜まり終わるとほぼ同時に、人影がこちらに気付いた。


 ルックとリリアンは身構える。人影がこちらに歩み寄ってきたのだ。

 人影の姿がはっきり見えるまで近付いてくると、ルックとリリアンは少し警戒をゆるめた。


「あなた、旅の人?」


 男はルーメスと変わらないほど長身だったが、肌の色はルーメスに見られる灰色ではなかった。


「いや、違う」


 男は短く答えた。しかしリリアンは完全に警戒を解いたわけではなかった。男は赤髪でアレーだ。もしかしたら盗賊かもしれない。

 しかしルックはもうほとんど警戒を解いていた。もし男が盗賊だとしても、リリアンとルックにかなうとは思えなかったのだ。


「剣を、抜いている、のか?」


 男は舌っ足らずな野太い声で問いかけてきた。ルックはそのしゃべり方に、少しドーモンを思い出した。身長もドーモンと変わらないほどあるが、彼の場合は贅肉はほとんどないようで、ひょろひょろとした細長い体型だった。


「ええ。この辺りにルーメスが出たそうなの。あなたも気をつけた方がいいわ」

「ルーメス、とは?」


 男はなんとルーメスを知らないらしい。しかしその不思議そうな問いかけから、リリアンは男に害意はないと判断したようだ。口調を和らげて説明してやる。


「危険な妖魔よ。私の仲間にその存在を感じ取れる人がいるの。多少腕に自信があっても、ここを離れた方がいいわ」

「お前、戦おう、と、している。大丈夫なのか?」


 野太い声はくぐもっていて聞き取りづらかった。


「俺は、ロロ。お前よりは、強い。良ければ手を貸す」


 男は多少ではなく腕に自信があるらしい。そう申し出てきた。二人にはそれを断る理由はない。静かにうなずいて見せる。

 ロロと名乗った男はさらに歩み寄ってきて、リリアンを背に守るよう振り返った。


 ロロの服はとても古めかしいものだった。麻布の長衣を腰紐で止めただけの格好だ。袖がなく、長衣の中でも取り分け裾は長い。彼の足首までを一枚の布が覆っている。足は裸足だ。まるでそれはフィーン時代の壁画に描かれていそうな格好だった。カンはアーティスほど寒くはないが、今は寒季だ。その姿では少し薄着すぎるように見える。

 赤髪なので例外者でない限り魔法は使えない。しかし武器のたぐいは持っていない。格闘が得意なのだろうか。リリアンは旅人かと尋ね、彼はそれを否定したが、確かに袋を持っているようでもない。しかしそんな人間がなぜこの場所にいるのか。

 不審な点の多い人のようだが、リリアンを守ろうとしている態度から、悪い人ではなさそうだ。


 ロロの先導で彼らは進んだが、不味いことに、彼はあまり警戒心を持っているようではなかった。足音が大きい。


「もう少し静かに歩けるかしら。ルーメスに感づかれたら事よ」


 リリアンが注意をしても、ロロは余裕の笑みを返すだけで、それを改めようとはしない。そのためルックはマナの浪費を覚悟で、先ほど溜めた剣のマナを維持し続けた。


 しばらく歩き続けたが、一向にルーメスの気配はない。そのためリリアンが一度クロックの元に戻ることを決めた。

 三人とビーアは元来た方へ引き返し始めた。ロロはやはりリリアンを守るように先導している。先ほどロロがいた場所を過ぎ、ルックの鞘が投げ置かれたところまで歩いたとき、ロロが足を止めた。


「どうかしたの?」


 ルックが尋ねる。ロロは真剣な顔でうなずいた。


「前から、戦う音、聞こえる」


 ルックとリリアンに戦慄が走った。

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