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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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『異端者との出会い』①

   第三章 ~陸の旅人~


『異端者との出会い』




 翼竜にまつわる伝説には、色々と不可解な点が多い。翼竜はこの地上を支配していた生物で、個々の力が神にも匹敵するものだったとは言われている。それはおそらく間違いがないのだろう。

 大陸で最も有名な説では、翼竜はその余りに強大な力のために世界に強い歪みを与えていたという。そのため神々が力を合わせ、翼竜たちをただ一匹を残し狩り取ったというのだ。


 しかしその伝説には一つ矛盾がある。


 神という者は、ただ一時期の例外を除いて、一時代に二人までしか活動していないものなのだ。

 もちろん翼竜がいた時代だ。それほど昔のことは私でも良くは知らない。神々ですら世代交代をし、その当時から生きているものはいない。当時のことを知るものは、もうこの大陸にはいないだろう。

 時の中にいる私はその事実を知ることができるかもしれないが、そこまで過去にさかのぼって、この時という世界が安定している保証はない。そんな危険をおかしてまで翼竜たちの伝説を確認する必要もなかった。


 ルックを乗せた翼竜が語るには、その当時のことは彼すらも良くは知らないのだという。彼は当時、産まれたばかりの子竜だったのだ。


「漠然と覚えていることでは、儂の体をここと妖魔界に分けたのは、儂ではなく、他の生命体だったということだ」


 ルックは自分が歴史というものにも多少の興味があることに、少なからず驚いていた。様々な本を読み、魔法や物理学については興味を持っていたが、歴史書を手に取ろうと思ったことは一度もなかった。それなのに、この生きた歴史書を目の前にしたら、とどまることなく好奇心が湧き出てきた。


「人間って言うのは、いつ頃から存在したものなのかな? 本当に神様が創ったものなの?」

「さあ。儂が物心つく頃には、人は存在していたように思う。もっともあの頃は猿とほとんど区別は付かなかったがな」


  翼竜の話は、私にとっても興味深いものだった。ルーカファスの時代は人が鉄の存在を知った時代だ。翼竜が話すのはそれよりもさらに昔の話だ。ルーカファスよりも一つ前の時代は、文明と言えるものがようやく形作られ、人に身分というものが根付いた時代だ。今でこそマナの異変と分かっているようなことを、全て神の仕業、悪魔の仕業と騒いでいたような昔だ。

 もちろん文献の様なものはない。歴史学の研究者らが数少ない遺跡から、その時代に推測を立てている。

 そして翼竜が語るのはそれよりもさらに古い時代だろう。後の世の人には推測すら立てられない未知の領域だったのだ。


「人間と猿が? それはひどいな。ルーメスと人間以上に差があるよ」

「ああ。当時の大陸はもっと気温が低かったのだ。だから人間は、もっと毛深く、猿めいていた」


 ルックはとても信じられないというような顔だったが、否定するだけの材料もない。

 ルックが翼竜と飛翔し、言葉を交わしたのは、ほんの数クランのことでしかなかったが、ルックにはこの事が生涯忘れられないものになった。




 リリアンとルーンは荷車の前に戻り、クロックと合流していた。麓にいた三人は当然、羽ばたき陽を遮る翼竜の巨体に気付いた。


「お、おっ」


 クロックは空を見上げ、飛び離れていく翼竜を見送ると、言葉にならない声を上げた。リリアンもルーンも、あまりのことに言葉がない。

 しかも翼竜は何を思ったか、しばらく平野を旋回すると、自分たちのいる方へと向かって飛んでくる。

 その巨体は城よりも大きく、全身を黒い鱗で覆われた体は躍動的で、力強さに満ちあふれていた。翼竜は三人の手前で減速し地に降り立った。手前と言っても、翼竜の巨体から見てということで、歩けば数クランを費やしそうな距離だ。それなのに、翼竜が降り立つときに羽ばたいて、その風圧で三人は立っているのもやっとの状態になった。

 遠目でよく分からなかったが、翼竜の背から何かが降りると、再びそれは上空に舞い上がり、リリアンたちの頭上を通り過ぎ、山の中へと姿を隠した。


 翼竜の背から降りた影が、駆け足で三人の元まで近付いてくる。


「ルック!」


 ルーンが驚いて声を上げた。それでリリアンとクロックも我に返って、その人影に注視した。

 それは確かにルックの姿だった。驚くべきことに、翼竜の背からルックが降りてきたのだ。

 ルックは三人のすぐそばまで近付いてきた。駆け足をやめ、少しふらついた足取りで歩いてくる。


「ルック、どういうことなの?」


 声が届く距離まで近付くと、リリアンがルックにそう問いかけた。その顔には、まさに驚愕の表情が張り付いている。


「ただいま。二人とも無事で良かった」


 ルックはいつもどこか余裕のあるリリアンが、心の底から驚いているので、少しいたずらな気持ちになった。あえて事情を語らず、まずそんなことを言う。


「ルックこそ、心配したんだ。特にリリアンなんかは、」

「クロック、あまり大げさに言うつもりなら怒るわよ」


 ルックは二人のやりとりに少し疑問を抱きつつ、ことの成り行きを皆に語った。どうやら二人の間にあった角のある空気は、知らない間に和らいでいたようだ。

 ルックの話には三人ともただただ驚くばかりだった。普通ならほら話だと思ったところだが、実際にルックが翼竜から降りてくるところを見たのだ。信じないわけにはいかない。特にルーンは、翼竜と話をしたルックがうらやましかったようだ。


「ルックって、普段は人見知りなくせに、変なところで友達を作るよね。翼竜ってどんなしゃべり方だったの?」

「変なって、それってもしかしてカイルやキルクのことも言ってるの? それに人見知りって言っても、相手は翼竜だよ」


 ルックは久しぶりにルーンの口から嫌みのようなものを聞いた気がした。ルックの力でルーンが生きていると知ってから、ルーンの憎まれ口が少なくなっていたのだ。ルーンとはこの一年は特に、知恵を振り絞ってお互いを詰り合っていた。お互いそれを楽しんでいたのだ。久々にルーンから言ってきた嫌みに、とっさにルックはつまらない返しをしてしまったと後悔した。


「へぇー、ルックは人じゃないなら仲良くできるんだね」


 それに比べて、ルーンの口はいつも以上に冴えているようだった。ここはひとまず分が悪いと見て、ルックはお手上げのポーズを取った。


「ふふ。けどあのルーメスが実は翼竜の魔法だったってことには安心したわ」

「ああ、だな。あれが子爵クラスの強さなら、こっちが何人集めようととても勝ち目はなかったね」


 ルックはクロックの口振りから、クロックが片腕のことを聞いているのだと気が付いた。


「片腕のこと、協力してくれるんだ」


 ルックはクロックにはまだ片腕のことを話すべきか迷っていた。止められるかもしれないと思っていたのだ。しかし、クロックはルックの言葉にさも当然そうに、逆にそう聞いたことに不思議そうにしていた。


「あと、すごい大事なことを言い忘れてたよ。あの翼竜、僕たちが探してた魔法師だったみたいだよ。テスのメスの件は伝えておいた」

「何っ? まさか翼竜が世界の歪みに手を加えていたのか?」


 クロックが大げさに驚いて見せた。ルックとリリアンはクロックが最初からそう目星をつけていたことに、その大げさな仕草で確信を持った。


「それならここに長居は無用ね。食糧が乏しくなる前に、さっさとここを離れましょう。次はどこに向かえばいいのかしら」

「美味しい物があるところがいいな」


 キラに飽き飽きしていたルーンはほとんど間を置かずに言って、クロックに懇願の眼差しを向ける。


「はは、次は取りあえずカンのフエタラに行こうと思う」

「ここから一番近い港町ね。海に用でもあるの?」

「ああ、次の目的地は遠いんだ。カンから船でアルテスに向かう。アルテスの最北端に集落があってね。たぶん次の術者はそこにいるんだ」

「船か。僕船には乗ったことないな。どんな感じなの?」


 ルックはダルダンダでの大冒険から醒めやらぬ内に、もう次の旅に心を馳せていた。ルックは世界の広さに、期待以上の物を感じていたのだ。


「人によるな。駄目な人はひどい目に遭う。俺は平気だったが、始終嘔吐している人もいたね」

「嘔吐? どういうこと?」


 海とは縁のないアーティーズに住んでいたルックには、クロックの言う意味が分からなかった。船の揺れは慣れる慣れないに関わらず、苦手な者には耐え難いのだ。


「まあ、行ってみれば分かるだろう」


 少し意地悪い笑みを浮かべてクロックが言った。

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