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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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「よ、な、だって」


 ルックは眠る巨大な生き物を振り仰ぎ、そして再び翼竜と言った彼を見た。


「正確に申すならば、魔法で形作られた人形である。其処に儂の意思を乗せ、動いておるのだ」


 彼の話は、とても信じきれるものではなかった。しかしそれなら、喉に剣が立たなかったのには説明が付くかもしれない。


「その翼竜がどうして、僕たちを襲ってきたのさ。しかもルーメスの振りして」

「悪いことを致した。ここの所、世界の境界に大きな歪みができておるのだ。その境界に巻き込まれ、多くのルーメスがこの世界に迷い込んでおる。そのため儂はこの人形でルーメスを従え、人間を守ってやろうと考えた。つまり、儂はお主等がルーメスだと思ったのである。儂の知る人間は魔法も使えぬし、もっとお主たちよりも非力であった。よもやお主たちのようなものが人間だとは思えなんだ」


 ルックは真剣に翼竜の話を聞き、それに矛盾がないか考えた。しかし一応つじつまは合う。彼は最初から、ルックたちにルーメスの言葉で何か語りかけようとしていた。ルックたちにもし彼が今の内容を伝えていたのなら、それに答えなかった自分たちを殺そうとしたのも頷ける。


「まさか、麓にいたあの奇形も、あなたの人形だったの?」

「クダンか? あやつは儂にはあらず。だが奴もまた蛇であるが故、儂と同じ眷属である。お主たちのことを儂に伝えたのはあやつだ」


 ルックはその翼竜の答えで、彼の話を信じることにした。自分が翼竜と会話をしているとは余りに信じがたかったが、色々なことに合点が行くのだ。彼は子爵クラスほどの速さはないが、男爵クラスよりも明らかに強い。それにこれだけ分かれ道の多い洞窟内で二度も出くわすのは、彼が最初から自分たちを探していたということだろう。先ほど彼がルーメスの魔法を使わなかったのも頷ける。


「お主、時に名は何と申す?」

「僕はルック。良かったらあなたの名前も聞かせてよ」


 ルックは地面に手を突き、掘穴の魔法で彼を自由にしてやった。自由になっても、彼はもう襲いかかってこようという気配はない。

 ルックの言葉に、翼竜はまた大きな声で吠え、答えた。


「儂の名は……」


 翼竜の名は長い上に、とても人間の発音では表せないものだった。ルックは少し聞いたことを後悔した。


「ルックと申すか。以前会うた人間と似た名だ」


 ルックは翼竜には、人間の名はどれも同じに聞こえるのではないかと思った。実際自分が他の翼竜の名前を知ったとしても、この黒の翼竜の名と区別はできないだろう。


「そう言えば、僕と一緒にいた二人がどうなったかは知ってる? 返り血を浴びてる様子はないから、大丈夫だと思うけど」

「左様だ。思いの外速かった上、この山で一人が水を操りおった。その水に滑り、儂は転んでしもうた。まんまとその隙に逃げられたわ」


 翼竜はまたあの吠え声を上げる。話の流れから察するに、これは翼竜の笑い声なのだろう。耳を裂くほどの笑い声だ。ルックはあまり彼と談笑したいとは思えなかった。


「ここから出してくれて忍びないが、そろそろ儂は戻るとしよう」

「戻るって、あっちに?」


 ルックは目線で眠る黒の翼竜を指す。しかし翼竜は答えず、その場でバラバラと崩れていってしまった。

 すると、今まで眠っていて、起きそうな気配が微塵もなかった黒の翼竜が、目を開け後ろ足で立ち上がった。翼を広げ立ち上がった彼は、ルックが今まで見たどんなものよりも大きいのではないかと思えた。よくよく考えれば、山や二股の木など、翼竜より大きいものは他にいくらでもあったが、この威圧感は間違いなく今まで見たものの中で一番だった。


「ルックよ、非礼の詫びに、お前を儂の背に乗せてやろう。どの道ここの入り口は儂が崩壊させてしまった。上からここを出るとしようぞ」


 翼竜は一体どこから声を出しているのか、ルックの耳を直接振るわせているかのように話しかけてきた。

 この威圧感のある存在に乗るということに、ルックは恐れを感じた。しかし、その名誉に強く惹かれ、結局はそれに快諾した。


「ねえ、僕の声は聞こえてる?」


 ルックは言われたとおりに、前足を下ろした翼竜の背に飛び乗った。


「ああ、聞こえておる」

「ずいぶん古い話し方だけど、あなたが最後に人間にあったのはいつ頃なの?」

「儂にはお主たちの時間の感覚は分からん。だが、もうその人間は生きてはおらぬであろうな。お主と似た名ではあったとは思えるが、何と言う名であったか。そのくらいは昔の話である」

「ふーん」


 ルックは何でもいいから翼竜ともう少し話したいと思った。こんな経験は滅多にできるものではないはずだ。耳に直接語りかけるようになってから、翼竜の笑い声も大分小さくなったというせいもある。

 ルックはそこでふと、思いついた顔をした。そしてそれからもう一つ、とても大事なことに気が付いた。


「ねえ、その人間に会ったときは、本来の姿で会ったの? それともああいう人形で?」

「もちろんあの人形でである。もっとも、そのときは人の形の人形であったが」

「その人間の前では魔法を使った?」


 世界の壁の向こう側で、思わず私は微笑んだ。ルックは気付いたのだ。黒の翼竜も知らなかった人間の歴史について。


「ああ、光が欲しいと言われて、驚かせてやろうと火を喚び出した。あと喉が渇いたと言うので、水も喚び出したな。どうだ。今のしゃべり方というのはこんな感じではないか?」

「え、あ、すごいね。確かに古くささが抜けたよ。もう理解したんだ」


 ルックの耳に翼竜の吠え声が響く。適度な音量で聴けば、耳に心地いい笑い声だった。野太く、大きな太鼓のような響きが、ルックの心に直接鳴る。


「どうだ、驚いただろう。翼竜は叡智を持つのだ」

「あはは、まるで人間と話してるみたいだよ。そんな冗談も言えるんだ」

「儂はもう仲間がいないのでな。儂とて何かと話すのは心地がいいのだ。そのためには冗談の一つも必要だろう。クダンは儂の冗談をいつも真に受けてしまうのでな。下手なことは言えないのだ」


 翼竜はなかなかユーモアがあった。ルックにはそれがたまらなくおかしなことに思えた。


「じゃあ僕からも一つ、あなたを驚かせて上げるよ」

「ほう?」

「あなたが最後に会った人間の名前だけど、ルーカファスでしょ?」

「なんと。確かにそのような名前だった。驚いた。なぜ分かったのだ?」


 ルックは少し得意になって笑んだ。確かに名前が似ているということと、遙か昔の人間、それとせいぜい彼が、人間に魔法が使えることを知らなかった、とその程度の情報で気が付いたのだ。得意になっても不思議ではない。


「ルーカファスは魔法師の始祖なんだ。何となくそうなんじゃないかって。はは、ルーカファスとルックじゃとても似てるとは言えないけどね」

「そうか? 儂にはよく聴かなければ聞き間違える程だ」

「ほんとに? あとそれともう一つ、僕がここに来ていた目的なんだけど、もしかしたらあなたに会うためだったのかもしれない」


 ルックはかいつまんでここに来た経緯を翼竜に話した。話を聞きながら翼竜は、翼を広げて空へと舞い上がる。ルックの左右で翼竜の翼の付け根の筋肉が、目に見えるほど大きく波打った。そしてほんの一飛びで、翼竜の巨体はダルダンダの空洞を抜け、力強くもう一度羽ばたくと、ダルダンダの山頂よりも遙か高く身を踊らせた。


 遙か遠くにいた旅人が、空を飛ぶ翼竜を見たと大騒ぎをするという事件が、カンのある街で後日起きたという。

 翼竜の本体が最近ダルダンダを離れたのは、ルーカファスの生きた時代よりも遠い昔のことだった。ほとんど伝説に近くなっていた翼竜が姿を現すなど、何かの前触れではないか。この後数月、この大陸ではそんな噂が囁かれることになる。


 ルックの要望で、翼竜はアーティスの大平原を大きく旋回し、ダルダンダの麓まで戻っていった。

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