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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第一章 ~伝説の始まり~
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 アーティーズで生まれ育ち暮らす人々は、ほとんどの場合街の北側には出ない。

 四の郭の城壁の向こうには危険な盗賊がたくさんいる。

 よくハシラクと貿易をしている商人が、物々しい護衛を付けて出入りするため、そう思っているのだ。

 しかし実際は、四の郭の外はディーキス領の広大な畑が広がっていて、危険なことなどほぼ皆無だ。


 西へ進むとほとんど人の住んでいない平野が続き、ぽつんとディーキス公爵の館がある。城の周りは、駐在している兵士や、使用人たちが自給自足をする畑があり、それなりに人の姿も見える。そこから先は海に至るまでほとんど未開の地だ。逆に危険とは程遠い。


 北にはヒルティスの小山までぽつぽつと農家があり、やはり平凡で、平和だった。


 問題なのは東側で、街道が整備されてはいるが、その街道を覆うように林が広がっていて、よく盗賊が出没する。今回の盗賊は違うが、大抵の盗賊はこの林の中に根城を作っている。

 迂回する道もなくはないが、かなり遠回りになるため、ルックたちはその街道をまっすぐ行くことにした。武装したアレーを襲いたがる盗賊などはほとんどいない。行商ならば実入りもいいが、軽装のアレーを襲ったところで、盗賊たちも見合った稼ぎは得られない。ルックたちにとってはハシラクへの林道も、平和か、少なくとも危険を伴わない道程だった。


 今度もやはり例外ではなく、道中は何事もなかった。そしてドーモンと遠出をするといつもなのだが、簡単な干物や腐りにくい根菜が、不思議と美味しい料理に変わる。

 この人数で遠出をすることは久しぶりなので、ライトとルーンは美味しい料理にはしゃぎ気味だった。仲のいい二人が楽しげなのは見ているだけでも心地よかった。

 食事のあとはすぐ野宿の支度をした。焚き火の見張り番を三人でしているときは話が弾んだ。


「ほんとかどうか分からないけどね、フィーンの山には全てを知る者って呼ばれてるおじいさんがいるんだって」


 街で友人の多いルーンは、ルックとライトにそんな噂話を提供していた。


「それなら聞いたことあるよ。長い白髪のおじいさんで、木から大根を作る方法を知ってるんだって」

「ははは、何それ? ありがたみも何もないね」

「私大根好きじゃないな」


 誰から聞いた情報なのか、ライトの冗談めいた噂話に、ルックはルーンと一緒に笑った。


「私もいつか会ったら、どうやったら楽してお金持ちになれるか聞いてみよ。あと、簡単にフォルの試験に受かる方法も知りたい。あ、それと算術が上手になるやり方!」

「くだらないことばかりだね」

「くだらない人間だもんねー」


 ルーンは焚き火の明かりしかない夜の野営地でも、とても明るい。ルーンがいると自然と話は弾み、退屈しない。


「でも、全てを知る者が質問に答えてくれるのは、難しい試練を乗り越えた人だけなんだって」


 ライトはまじめな少年で、そんな話をルックが茶化した。


「はは、それじゃあ難しい試練を乗り越えて、木から大根を作る方法を聞いた人がいるんだ」

「あはは。大根の試練だね」


 ライトは小首をかしげ、不思議そうに言う。


「どうしてそんなに大根が必要だったんだろ?」


 ルックとルーンは声を立てて笑った。

 三人がそんな感じで夜番をしていると、シャルグが起き出してきた。


「あれ? もう交代の時間?」


 ルックの問いに、シャルグは呆れたような表情をした。ルックたちがうるさくしたので眠れなかったのだろう。


「もう寝ろ」


 シャルグは優しい声音でそう言うと、あぐらを掻いてその場に座った。火の番だけではなく、夜盗や獣にも警戒しているのだろう。そのまま微動だにせず、辺りに気を配っているようだった。

 ルックとルーンは目が合い、ルーンは舌を出して笑った。ルックもふざけた笑みを返す。自分たちの番が短くなったことを喜んだのだ。ライトだけはシャルグのそばに寄って、何か詫びの言葉を囁いたようだ。シャルグが優しく、そして短く「いいや」と言うのが聞こえた。


 次の日の朝は早かった。ルックたちの野営は路の端だったので、後から追いついてきた行商の邪魔になってしまったのだ。


「おはよう」


 野営を片づけ、行商が通れるように道を開けると、ルックは細身な中年の男に声をかけた。一人馬上にいたので、この行商の主人だろうと判断したのだ。


「ああ、おはよう。すまないね、お休みの所を」

「いや、こっちこそごめんなさい。こんな時間に通りを行くってことは、急いでたんだよね」


 ルックが話しかけたのは、行商を少し怪しく思ったからだ。アレーの護衛が三人ほど見えるが、ルックたちが道を開けなければいけないほどの大所帯だ。護衛の数は心許なく見える。それもこんな時間に移動しているとすると、かなり急いでいるのだろう。ルックたちには関係のないことかもしれないが、何か被害を被るかもしれない。そのため、こんなときには情報を仕入れておいたほうがいい。それはルックがシュールに教わったことだ。

 このようなことは、普段はシュールの担当だ。他の大人たちはくせが強く、人と話して情報を集めるのには向かない。ライトとルーンではそこまで気が至らない。


「いやぁ、ちょっと積み荷と僕の私物が混ざってしまっていてね。ちょっとした誤解ではあるんだけど、それで気を悪くした人がいるんだ」


 商人の話し方は年下に向けての砕けたものだったが、少し丁寧すぎるようでもあった。人好きのするようなにこにこ顔に、探りを入れながらも取り入ろうとするような、打算的な雰囲気がある。しかしルックは、その雰囲気の意味よりも先に男の発言の意味に気が付いた。


「ああ、そっか。……つまりおじさんはここら辺の人じゃないんだね」


 男は商人らしく、にこにこ顔でルックと話していた。しかしルックのその返答の意味するものが、子供の発言とは思えないほど鋭いのに気づき、にこにこ顔のままで目だけが真面目な光を帯びた。そして早々に話を切り上げると、多くは語らず彼らの脇を通り過ぎ、先へと進んでいった。


「どういうことだったの?」


 行商が通り過ぎると、代表してライトが尋ねてきた。ルーンは何かとルックと張り合おうとするので、ルックに分からないことを聞くのがしゃくらしい。シャルグはわざわざ聞くほどのものでもないと考えているようだ。ドーモンは理解しているかもしれないが、それを皆に説明する会話能力がない。臆病者で、常に周りを気にかけているライトは、そんな状況に良く気が回る。


「つまりあの人は、脱税をしようとしていたんだよ。商品と私物では関税の額が全然違うからね。あの人が言ったのは間違いなくそう言う意味だと思うよ。僕はそれにわざと違う見当をつけて、気付かないふりをしてあげたんだ。見逃してあげるって」

「ふーん? 脱税って悪いことなの?」

「それなりにね。けどああもそそくさと態度を変えたのは何でなんだろ」


 ルックは深く考えるのが得意で、歳のわりには物事を良く理解していた。しかしそれでも十三歳なので、まだ人生経験が足りていない。だから男が何を思っていたかまでは分からなかった。

 シュールがいれば、あの男の心持ちを説明していたかもしれないが、ここではそれを説明できる人はいなかった。


「特に危険はないのか?」


 シャルグが重視している部分はそこだけで、それにルックが頷くと話はそれで終わってしまった。

 けれど危険がないというルックの判断は、最も簡単な部分を見落としていた。ルックたちが再び街道を進み始めると、前方から明らかな戦闘音が聞こえてきた。剣と剣のぶつかり合う音、荷物を引く馬のいななき。そして悲鳴。

 シャルグとドーモンは目を合わせると、すぐに武器を取って駆けだした。


「どうしよう!」


 ライトが慌てた様子でルックに言った。先ほどの行商が襲われていると見て間違いがない。

 三人のアレーという護衛は心許ない。ルックはそう思っていたはずなのに、行商が襲われることを全く考えていなかった。最もトラブルを避ける方法は、彼らに同行することだったのだ。


「こうなったら、シャルグとドーモンを信じるしかないよ。僕たちが行ったら足手まといだ」


 ルックは必死に考えを巡らせた。背中から愛用の大剣を外し、念のため辺りに気を配りつつ構える。

 実際ルックとライトが二人で行けば、それなりの戦力にはなるだろう。しかしルーンは間違いなく戦力にならない。それどころか、ルーンを守ろうとドーモンかシャルグの足が止まってしまうだろう。だからと言ってここに一人置いていくわけにもいかない。左右の林に、賊が潜んでいないとも限らないのだ。

 アレーとはいえ、子供三人でいるにはここは危険な場所だった。


「僕だけでも見に行った方がいいかな?」


 ルックは自問するつもりでそうつぶやいた。ライトはルックに異存はないという顔だったが、ルック自身がその考えを改めた。ライトの剣も頼りにはなるが、数人がかりでこられてルーンを守れることはないだろう。


「ルーン、念のため魔法を用意しておいて」


 ルックがそう結論を出したときには、すでにルーンはマナを集め始めていた。

 ルーンの呪詛は、物にマナを籠める魔法だ。完成までにかなり時間がかかるが、引き起こす現象の規模は、他の魔法を大きく上回る。もし前方での戦闘が長引けば、役に立つかもしれない。

 後は周囲に気を配るばかりだ。

 明け方の街道は人気がない。シュールたちに戦闘訓練を積んでもらっていたルックは、危険察知も人並みにできる。今のところ、敵の気配は感じられない。


「ルック、溜まってきたよ」


 ルーンが言った。ルックは頷く。


「ルーン、ライトのことをお願いね」


 ルックはルーンのプライドを傷つけないようにそう言った。だが呪詛の魔法師がマナを溜めきっていたなら、あながち間違った発言でもない。二人だけでも、大概の危険には対処できるだろう。

 ルックは駆けだして、シャルグたちの元へ急いだ。街道は前方にある湖を迂回するため、緩やかに右に折れていた。後ろを振り返ってもライトとルーンが見えなくなった頃、先の行商が見えてきた。


 敵の数は多かった。ざっと見たところ、盗賊の数は三十はいただろう。その内半分以上はすでに地に伏しているが、残りの盗賊の内四人がアレーだった。

 行商は先ほどの主人の他、八人がひと固まりになっていた。そしてシャルグとドーモンがその一団を背に盗賊団を牽制している。護衛のアレーの姿が見えないのは、すでに討ち取られているからなのだろう。

 事態は膠着していた。敵はシャルグとドーモンの強さに、おいそれと行動に出られず、シャルグたちも、行商たちのそばから離れるわけには行かない。特にシャルグもドーモンも、盗賊のアレーを警戒しているようだ。かなりの手練れがいるのだろう。


 ルックは逡巡した後、今来た道を引き返した。幸いルックが近付いてきたことを、敵は気付いていないようだった。それならばルーンの魔法に頼るのが良いと考えたのだ。


「どうだった?」


 ルックが戻ると、ライトが緊張した面もちで聞いてきた。


「ルーン、巨土像を作れる?」

「うん、任せて」


 ルーンは地に手を突いて、溜めていたマナを大地に流した。しばらくすると、ルーンの足下の大地が盛り上がってきて、ルーンを乗せたまま、周囲の木と同じくらいの高さまで登っていった。

 盛り上がった大地は首のない人型の土像だった。肩から申し訳程度に盛り上がった頭の上に、ルーンが乗っている。


「行こう」

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