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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 振り返ったルックは、自分の運の悪さに絶望を通り越し、怒りを覚えた。思わず頭の中に呪いの言葉が浮かんだが、それどころではない。

 ルックがこの場所に来た唯一の出入り口から、ゆっくりとルーメスが歩いてきたのだ。ルーメスは人間に近い造形なので、個体差もよく分かる。それはまず間違いなく、先ほど出くわした喉に刃が立たないルーメスだ。


 ルックは手にした剣にマナを集め始める。ルーメスは最後の警告というように、節のある言葉で何かルックに語りかけている。

 勝機はまずない。ルーメスの言葉さえ分かれば戦闘を回避することもできたかもしれないが、このままでは間違いなく絶望的な戦いを強いられるだろう。取りあえずはこの場所を動かず、もう少しルーメスを唯一の逃げ場からおびき出さなければならない。ルーメスはルックの返事を待つように、足を止め、言葉を切って待っていた。


 ルーメスが動いた。ルックからの返答はないと見切ったのだろう。ルーメスの第一撃は、ルックに向かってではなかった。

 ルーメスは出入り口の天井に向け、思い切り跳び蹴りを食らわせた。入り口が、唯一の逃げ道が、音を立てて崩れていった。


 ルックはそこで腹を据えた。逃げ場がないのなら勝つしかない。しかしそう考えながら、最期の言葉には何を言おうなどということが、ルックの頭によぎった。

 シュールは悲しむだろう。止めなかったことを後悔させるかもしれない。ルーンはルックの死と同時に死んでしまうのだろう。ライトとの約束は果たせなくなる。

 みんなの顔が次々と浮かび、ルックは自分がまだ死にたくないと思った。

 リリアンはきっと自分を守れなかったと嘆くだろう。クロックとももう少し一緒に旅をしたかった。

 死にたくない。そんな気持ちが頂点に達したルックは、ろくに信仰心もなかった神に祈った。


 そんなルックにルーメスが突撃してくる。スピードはルックよりも上だが、大きくかわせば避けられないほどではない。

 ルックは飛び離れながら、手を地面に突き降地を放った。足下が崩れ、ルーメスはバランスを崩して膝を突く。続いてルックは自分の足下に広範囲の隆地を放った。ルックの体が大地に押し上げられる。ルックの隆地は家三階分ほどの高さがある。しかしルーメスはルックを追って飛び上がる。跳躍力は現実離れしていた。軽々とルックのいる高さまで体を運ぶ。そこでルックは、隆地からさらに、空中にいるルーメスに向けて隆地を放った。

 新たにできた隆地は長く伸び、ルーメスの巨体にぶつかる。ルーメスはそのまま落下していき、ルックはそれに向かって二本の石斧を投げつけた。さらにルーメスが着地する瞬間、落下地点に大きな穴を掘り、ルーメスがかわせないよう工作する。石斧はルーメスに直撃したが、硬い皮膚に傷一つつけない。


 ルックは溜めていた剣のマナから火蛇の魔法を放った。しかしルーメスはすでに体勢を整えており、火蛇はルックの掘った穴へと虚しく吸い込まれていった。

 ルーメスの紅い目がルックを見た。ルックは咄嗟にその場を飛び離れ隆地から降りたが、爆発は起こらなかった。

 ルックは隆地の影になるよう飛び降りていた。ルックがまだ空中にいる内に、ルーメスがルックに肉薄してくるだろう。爆発が起こらなかったことから、ルックはそうルーメスの行動を予測していた。ルーメスが左右どちら周りで隆地を避けて来るかは分からなかったが、どちらから来ても取りあえずするべき事は決まっていた。


 隆地の右からルーメスが躍り出てくる。ルックは隆地を蹴ってルーメスを引き離す。空中では体勢が変えられないが、ルーメスも隆地を蹴ってルックを追ってくる。

 先に隆地を蹴って跳んだルックに、確実に追い付く速度でルーメスが跳んでくる。ルックはそこで、剣から鉄空の魔法を放った。ルックは見えない鉄空に上手く足を乗せて跳ぶ。

 ルックが跳んだのは上にではなく下にだった。空中ではルーメスも身動きが取れない。ルックはルーメスよりも早く着地すると、そのまま地面に手を突き、目一杯にマナを溜め、剣のマナとあわせてルーメスの落下地点に地割を放つ。

 ルーメスは地面にできた特大の裂け目に落ちていく。そしてその裂け目は、ルーメスを飲み込むように閉じていく。

 裂け目の底についたルーメスは、すぐに飛び上がって脱出をはかろうとしてきた。しかしルックの地割が閉じる方が早く、ルーメスは肩から上だけを残して地面に挟まれる。


 思ったよりも芳しくない。右腕が地面に飲まれず自由だったのだ。手が自由なら接近するのは危険と判断したルックは、またマナを集め始めた。

 ルーメスは自由な右手で、岩の地面を叩き付け掘り始めた。けれどルックは決して慌てず、自分が集められる限りのマナを集めて石投を放った。上空に向け、家ほどの大きさがある大岩が飛んでいく。そしてそれは放物線を描いて、ルーメスの頭上に落下した。

 ルックはこれが今自分が考え得る、一番破壊力のある攻撃だと思った。もしこれでだめなら、自分にルーメスを打ち破る術はないだろう。その場合はルーメスが体を掘り起こさない内に、何とか逃げ場を塞いでいる崩れた天井をどかさなければならないだろう。


 マナによって生み出された大岩は消えた。ルーメスは頭が多少へこんでいたが、意に介した様子はなかった。

 大岩が消えると、ルーメスは再び自分を飲み込む地面に拳を打ち付け始めた。ルーメスが拳を打つ度、地面は粉々に砕け、ルーメスの体がどんどん地上に現れ始める。逃げ道を確保することも、次の攻撃を考えることも間に合いそうにない。


「だめか。くそ」


 ルックは普段ほとんど吐かない悪態を吐いた。本当はもっといろいろと悪態を吐いていたかったが、普段あまり使わないため、こんなときにどう悪態を吐くべきか分からなかった。

 いよいよルックは死を覚悟し始めたが、ルックの悪態に反応したように、ルーメスの動きがぴたりと止まった。

 ルックは何事かと身構えたが、ルーメスは何かを考えているように見えた。そしてにわかには信じられない事が起こった。


「よもやお主、人間か?」


 地面に埋まったルーメスが、首だけでルックの方を向きそう言ったのだ。独特な節のあるルーメスの言葉ではなく、人間の言葉でだ。

 ルックは一瞬自分の耳を疑った。ルーメスが人間の言葉をしゃべれるとは考えてもいなかったのだ。


「そうであるならそうと言え。儂は気の長い方ではござらん」


 妙に古い言葉使いではあったが、間違いなく人間の言葉だ。ルックは混乱する思考を脇に追いやり、取りあえずはその言葉に答えた。


「人間以外の何に見えるの?」

「なんと。儂はお主がルーメスなりと思っておった。人間が魔法を使うとは盲点であった。それにその身のこなし、ルーメスとも遜色ないではござらんか」


 言葉が通じ、しかもなにやら誤解があったようだ。これならばもしかしたら、平和的にこの状況を脱せられるかもしれない。


「人間の中でも魔法が使えるのは一部の人だけだよ。僕もルーメスが人間の言葉を知ってるとは盲点だったよ」


 ルーメスはルックの言葉に馬鹿でかいほえ声で答えた。


「なんとそうであったか。それは悪いことをしたようだ。だがな人間、儂はルーメスではないぞ。それでお互い様ということである」

「ルーメスじゃない? 嘘、まさかあなたも人間だっていうの?」


 ルックの言葉に、また大きなほえ声が答えた。続けてまた古めかしい言葉で答えが返ってくる。


「人間でもない。儂はお主たちの言うところの翼竜であるぞ」

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