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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 三人が持ってきた食糧はそれほど多くなかった。今日の探索で何も見つからなければ、一度荷車まで引き返さなければならないだろう。

 朝食を終えた三人は、取りあえず横穴の奥へと進んでいった。リリアンがガンベの市で買ったランプを持って、穴の奥へと進んでいく。穴は少し下り勾配で、三人が横一列で並んでもまだ余裕がある。奥の方は先が見えず、どこまで続いているのかは分からなかった。


「そう言えば、黒の翼竜って、ダルダンダの洞窟の中にいるんじゃなかったかしら」

「そっか。こんな岩山だと、住めるところなんてそのくらいだもんね」


 リリアンは翼竜を恐れてそう言ったのだろうが、ルックはこんな冒険めいたことが楽しくて仕方なかった。普通にアーティーズで暮らしていたら、こんな体験はできなかっただろう。


「でも、この山のどこに、世界の歪みに手を加えている人がいるのかな。やっぱりこういう洞窟の中だよね?」


 ルックはクロックに問いかけるようにそう言った。クロックはあえて二人の翼竜の話を無視しているように見えたのだ。しかしクロックは肩をすくめるだけで、ルックの質問には答えなかった。


「ダルダンダって水場はないのかしらね。いくら大魔法師でも水は必要なはずよね」

「ここで見た生物もあの蛇くらいだし、植物もないから、食糧の問題もあるね」


 洞窟はさらに奥へと続いていく。もう少しで向こう側に抜けるのではないかと思えるほど歩いたが、先はまだ見えない。途中さらに横へ続く道もあったが、迷わないようにするため、それはいったん無視して、彼らは道なりに進んだ。

 小休止を一度だけ取った。昨日の上機嫌はどこへやら、クロックはその間中もほとんど口をきかなかった。

 小休止を終えて少し歩くと、そんなクロックが二人に声をかけてきた。厳しい口調だ。


「止まれ」


 ルックもリリアンも訳は問わず、すぐに剣を抜き戦闘態勢になった。

 クロックも爪を取り、身構えている。一クランほどそこでそのまま固まった。

 ランプの照らせる範囲に異常は見えない。音もない。クロックが一体何を察知したのか、しかしルックとリリアンには思い当たる節があった。

 クロックは力の強いルーメスの存在を感じられるのだ。それもルーメスが現れる前から。

 クロックが一心に前方を見つめていたので、ルックとリリアンもただ前の闇だけを見た。


 固い足音がしてきた。ルックは身に大きな緊張を感じた。剣を握る手に力が入る。そのとき、ルーメスの低く響く独特な節のある鳴き声が聞こえた。剣のマナは全て溜め終えた。緊張のため気付かなかったが、それほどの時間がたっていたのだ。

 問いかけているかのように、ルーメスは何度も呻き声を上げる。静かな鳴き声だけに、死者を弔うような素振りを見せた、伯爵クラスのルーメスが思い出された。もしここであれほどのルーメスが現れたら、逃げ切ることができるだろうか。子爵クラスでも今会いたい相手とは思えない。


 リリアンは壁のちょうど良く出っ張った所にランプを置いた。その明かりの中に、薄暗い肌をしたルーメスが、ゆっくりと浮かび上がってきた。

 洞窟の天井は高かったが、ルーメスの巨体には少し窮屈そうだった。

 ルーメスは自分たちの姿を見留めると、また低く独特な節の声を上げる。そしてルックたちの回答を待つように、立ち止まって黙った。

 ルーメスは彼らが人間だと気付いていないのだろうか。ここは暗い洞窟の中なので、このルーメスは違う世界に来たと気付いていないのかもしれない。

 ルックはそれを上手く利用できないか考えたが、ルーメスが何を言っているのかも分からないので、どうしようもないという結論に至った。

 ルーメスが今度は怒気を孕んだような声で、強く言葉を発した。


 それに応えたのはリリアンの水魔の魔法だった。水のマナが少ないというのに、溜めに溜めきった水魔は、絶望的な水柱となってルーメスを飲み込んだ。ルーメスの立っていた天井が深い縦穴を穿たれる。

 その水柱の中から、ルーメスの怒声が響き渡った。

 クロックが駆ける。水魔の消えた中から現れた巨体に、素速い突きを繰り出した。クロックの爪は見事にルーメスの喉に的中した。


「!」


 しかしクロックの爪を、ルーメスの喉は堅く受け止めた。

 ルーメスが腕を広げて、クロックの頭に重い張り手を繰り出す。クロックは冷静にしゃがんでそれを避け、わずかに後ずさりながらルーメスに陰目を放つ。

 魔法を知らないルーメスは何が起こったのか分からないようで、自らの目を必死でこすった。

 そこにリリアンが長剣を持って突進していく。それを見たルックが、すぐに剣の二番目の宝石から、炎上の魔法を放った。狙いはルーメスの後方。立ち上がった火に照らされて、ルーメスの影がクロックに伸びた。

 クロックがすぐにその意図を理解し、抑影の魔法で影を掴んだ。炎上は長くは続かないが、リリアンの剣がルーメスに到達する時間は容易にあった。


 長剣がルーメスの首を跳ねようと打ち出される。目一杯に力を込め、体重を乗せた攻撃だった。しかしルーメスの首は落ちない。わずかに剣を食い込ませただけだ。

 ルーメスの動きは速く正確だった。まだクロックに影を掴まれているのに、リリアンの手首を狙って手刀を繰り出す。リリアンはそれを避けつつ、今度はルーメスの喉を突きで狙った。ルーメスの右の手のひらがリリアンの剣を受ける。そのまま剣先を握り、ルーメスはそれを右に払った。リリアンは上手く体を動かし、そのルーメスの動きに逆らわず跳んだ。そしてその勢いのまま両足でルーメスの赤い目を狙った。

 リリアンの蹴りが決まり、ルーメスは剣から手を離し両目を覆った。クロックに影を掴まれているため、ぎこちない動きで目を押さえている。


 ルックは再び剣にマナを溜め炎上を追加する。

 リリアンはがら空きになったルーメスの喉に、再び突きを繰り出した。着地から流れるように、渾身の力を込めた突きだったが、またもルーメスの硬い皮膚に阻まれ、大きな傷は付けられない。


 ルックの炎上が、先ほどよりも早く消えかかった。何かルーメスの後ろに燃えるものがあったのだろう。最初の炎上でそれを燃やし尽くしてしまったようだ。ルーメスの影があっという間に薄れ、消えてしまう。


 自由になったルーメスに勝てる術はない。ルックは咄嗟にそう判断した。

 ルックはリリアンを巻き込む恐れがあると承知で、ルーメスの前に大地の壁を作った。リリアンは上手くそれを察知し、巻き込まれることなく身を引いた。

 大地の壁がけたたましい音を立てる。向こう側でルーメスが隆地を叩いているのだ。


「逃げるぞ」


 クロックがすぐに撤退の指示を出した。リリアンにも異論はなく、二人はすぐにルックのそばまで駆け戻った。リリアンはランプを持ってきている。


「ちょっと待って」


 ルックは言うと、地面に手を突き、掘穴の魔法を放った。穴を開けたのは、ルーメスがいると思われる天井だ。正確に言うと、その天井の内部に無理矢理穴を開けたのだ。

 ルックの狙い通り、ルーメスのいると思われる側でものすごい音がした。天井を崩したのだ。

 三人はその音を背に逃走を始めた。しばらく行くと、先ほど見送った横穴があり、クロックがそこに入っていった。ルックとリリアンもそれに続いた。曲がったところで道の先を照らすと、クロックの姿が見当たらない。

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