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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 三人はそれからさらに山の深くに入っていった。標高の高い山なのでまだ頂上には程遠いが、滅多に人が登ってくる高さではないだろう。そろそろせめて手がかりくらいはほしいものだが、何も見つけられない。日は暗くなり始め、何も起きないまま、歩くのが困難になってきた。ルックは先頭に立ち、剣に溜めたマナから火の魔法を放ち、辺りを照らす役目になった。マナを使い切っては立ち止まり、またマナを溜め直す。歩く速さはどうしても遅くなった。


「失敗したな。暗くなると登山はかなり危険なんじゃないか?」

「だからと言ってここで野宿はいやよ」


 しんがりを歩くのは、一番夜目が効くクロックだった。しかしその彼でも、崖の合間の道でのこの暗さは辛いらしい。リリアンの言うことももっともだが、このまま歩くのはあまりに危険だ。


「先に横穴があるよ。あそこまで行けば休めるんじゃないかな」


 前を行くルックは、後ろの二人にそう声をかけた。体力で劣る上にずっと魔法を使い続けていたのだ。ルックはもう限界だった。

 助かったわ、とリリアンは言ったが、その安堵は早計だった。横穴に至る直前で、道がなくなっていたのだ。横穴は道のなくなる少し向こうで、崖に直接空いた穴だった。


「どうしよう。飛び込めないよね」


 横穴は角度的に空中で向きを変えでもしなければ、飛び込めはしないだろう。


「隆地で足場を作ればいいんじゃないか? 確かルックは、横向きに隆地を打てただろ?」

「そっか、それは上手く行きそうだね」


 クロックの提案は早速試されてみたが、思うようには行かなかった。崖が崩れやすすぎたのだ。隆地を立ち上げると、その重みに耐えきれず、すぐに表面が剥がれてしまい、崖下へと落ちていった。

 三人は落胆した。その後も三人で様々な案を出し合ったが、どれも名案ではなかった。

 一つルックは空中で向きを変える術を知っていた。鉄空の魔法だ。しかし、慣れない魔法でもし失敗したら取り返しが付かない。


「さっきの所に戻るわけにも行かないわね。だとすると、ここで眠らずに朝を待つしかないかしら」


 リリアンの案が一番まともだったが、ルックはそれに耐えきれる自信がなかった。

 ちなみにクロックも闇の神の力を使えば、クォートの家に入り込んだときのように、この距離なら横穴までたどり着ける。しかしそれをすれば闇の信者だと隠し通すことが難しい。

 三人とも体術が優れたアレーなのでなんとかなりそうなものだったが、ここで命を賭けることはできなかった。


「君のビーアがいればな。ロープはあるからそれを咥えていってもらえたんだけどね」

「いいえ。ロープだけ行ったところで、なんともしようがないわ。それにいないものは仕方ないわね」

「そうだね。ロープを入れるだけなら、重石を付けて投げればいいわけだしね。あれ、でも待って。ロープがあるなら、そのロープを鉄の魔法で固めればいいんじゃない? 細いけど、一瞬足場になればいいんだ。最悪失敗してもそのロープをつかめれば引き上げられるし」

「お、そうだな。それはいいかもしれないぞ。君が魔法でロープを固めるだろ。それで俺かリリアンがそれをしっかり支えて一人が飛び移れば、ロープを使ってみんな渡れるぞ」

「確かにそれなら上手く行きそうね。問題は、ロープを支える力が相当いるってことね。クロックは自信ある?」

「ない。俺が飛び移る方が良さそうだ。最悪俺は落ちても助かる方法があるしな。よし、試してみよう」


 クロックは短衣の腰に大きな皮の袋を提げていた。その中から、短いロープを取り出した。それを足下に置き、真っ直ぐに延ばす。


「効力は半クランくらいかな。ルック、頼む」


 ルックはシーシャにマナを込めてもらった、一番下のアニーにマナを注いだ。剣をロープに当て鋼化の魔法を放つ。鋼の固さになったロープは棒となり、リリアンがすぐさまそれを持って、横穴の方に向ける。クロックが前に出て、合図もなしに空中に飛び出した。


「んっ」


 ロープの支点となったリリアンは、クロックが足を乗せた衝撃に少し呻いた。しかし、微塵もロープを動かさなかった。

 成功だ。クロックは横穴に飛び込むと。穴の中から手を振ってきた。リリアンがその手に硬いロープを掴ませる。しばらく待つと、ロープはまた柔らかくなり、リリアンがそれを伝って横穴へ入っていった。続いてルックも投げてよこされたロープを掴むと、それに身を預け崖にぶら下がる。横穴まで体を持ち上げるとクロックが手を差し出してくる。ルックはその手を掴み、横穴に入った。


「着いて早々悪いが、火の魔法で照らしてくれないか。こう暗いと何も見えない」

「そうね。でもなるべく入り口の方でお願い。灯した途端に何かに燃え移ったら、洒落にならないわ」


 ルックは疲れていたが、気力を振り絞ってマナを集めた。剣先を外に突きだし灯火を焚く。

 横穴の中はそれで照らし切れないほどには広いようだった。入り口付近はそうでもないが、奥の方は天井も高い。


「うん、丁度良さそうだ。いや、今日は疲れたぞ。横になってしまいたいけど、さすがにそれは明日の朝大変なことになるかな」


 クロックは疲れたと言いながら割と元気だった。気持ちが高揚するようなことでも何かあったかと、ルックとリリアンは不思議そうに目線を合わせる。


「何はともあれ、今日はもう休みましょう」


 火が消える前に、クロックとリリアンがどこで眠るべきか相談し始めた。ルックは火の近くにいて、しかも体力を使う道で息が上がっていたため体が火照っていたが、ダルダンダの寒季の夜は非常に冷える。三人はルックを中心に壁に寄りかかって、寄り添って眠ることになった。体力に一番不安のあるルックが、一番体を暖められるようにという配慮だった。ルックは何となく、ライトたちと一緒に寝ていたときも自分が真ん中だったな、と思いだした。もっとも今回のこの並びは、リリアンとクロックの微妙な不仲を考えた上で、当然の並びと言えた。

 三人は実際に疲れていたので、ろくに話もしないですぐに眠りに落ちた。


 次の朝は割と早く目覚めた。空腹のためだ。

 ルックが起きると、リリアンはもう起きていたようで、すぐに彼女と目があった。入り口から日の光が射し込んでいて、リリアンの大きな緑色の目が綺麗だった。寝ぼけていたルックは、目を合わせているのだということも忘れそれに見とれていた。

 リリアンはルックの体が冷えないよう、起きてもそのままでいてくれたようだ。ルックが寝ぼけ眼で見つめていると、柔らかい笑みを返した。


「そろそろ起きましょう。朝食を作るわ」


 リリアンはルックの額に額を付けると、そう言って立ち上がった。ルックは一年前にもリリアンが同じ行動をしたことを、ぼんやりと思い返した。

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