表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
211/354




 宿を出たルックとリリアンは、市にではなく、街外れの商家を訪ねてきていた。店などは近くにない閑静な場所に、赤い石で組まれた二階建ての建物がある。宿の人の話によると、ここに住む商人は物を捨てない人間らしく、ほとんどどんな物でもこの大きくはない家にため込んでいるのだという。物を大事にするからではなく、何がいつ金になるか分からないといった信念のためらしい。

 大きな街とはいえ、出来上がった荷車を売る店などはなく、注文をしてから数日は待つものだ。急ぐ旅ではないが時間を無駄にする必要はない。まさに彼らにはその商人は打ってつけだった。


「リリアンはどのくらい予算があるの?」

「トップのところから出て行く前にまとまったお金をもらったの。しばらく困ることはないと思うわ。でも、安いに越したことはないわね。旅っていうのは思いがけないところで散財があるものなの」


 ルックは四人でいるときに比べて、リリアンが少し余裕を持っていることに気付いた。四人でいるときのリリアンは、ルーンに対しては壊れ物を扱うように慎重で、クロックに対してはまだかなり警戒心を持っているようだった。


 早く全員が馴染めばいいな。


 しかし、ルックにとってそれは時間の問題な気がしていた。これから長く一緒にいれば、自然と打ち解けていくのだろう。そう思っていた。


「ルックももちろんそれなりに持ってるんでしょ?」

「うん、一応一年貯めておいたからね」


 二人は商家の門をくぐり、家のドアの前に立った。訪問者のために付けられている鈴を鳴らすと、中から返事をする声が聞こえた。活気のある街とはいえ、下働きを雇うほどの余裕が一般の商人にあるわけはない。迎えてくれたのはこの家の商人の母親だという、ふくよかな女性だった。


「まあそう。ダルダンダに向かうんだったら荷車はいるでしょうね。水も食糧も大量に必要だろうし。古いのでよければ、うちの子が使っていたのが三つほど余っていたと思うわ」


 ルックたちを家に上げ、事情を聞いた女性はすぐさまルックたちに荷車の必要性を語った。彼女自身もやはり商売人なのだろう。


「良かったらその荷車を見せてくれないかしら。気を悪くしないで聞いてもらえるとありがたいわ。その荷車が三日で壊れるようじゃ私たちも困るのよ」

「まあ、それは当然でしょうね。すぐに案内するわ」


 ふくよかな女性はにこにこと愛想のいい笑みを浮かべて、すぐに立ち上がって二人を物置部屋へ案内してくれた。物置部屋は薄暗い半地下の部屋で、壁中に棚が取り付けられている。棚にはいつ使うかも分からないような物が所狭しと並べられている。筆立てや茶碗。くたびれた人形や、用途の分からない平たいざるのような物。雑多とした物が、少し見ただけでも百は並べられているようだ。床にも荷車などの幅を取る物が積まれている。黒い塗装を塗られた荷車には、やはり雑多な小物が入れられていた。

 ルックたちは他にも似たような部屋を一つと、同じ有様の庭の倉庫に案内され、合計三つの荷車を見せられた。


「この荷車なんかは造りも丈夫だし、結構いいんじゃないかしらね。うちの子は高級感がある方がいいって言って、すぐに使うのをやめてしまったけど、実用的よ」


 リリアンが真剣に荷車を調べていると、女性は荷車の良いところを教えてくれた。確かに女性の言うとおり、塗装もない木がむき出しで見栄えはあまり良くないが、大きくて丈夫そうな荷車だ。あまり熱心に勧めているようには見えなかったが、女性が一番売りたいのはこの荷車なのだろう。ルックはそれをわずかな女性の語調から見抜いていた。裏を返せば、この荷車が一番買い手が付きにくい荷車なのだろう。


「二番目に見せてもらった荷車を買うわ」


 しかしリリアンは女性の思惑とは関係なしに、自分の目だけを信じていたようだ。三つ目の荷車の見聞を終えると、すぐにそう申し出た。


「あれかい? あれも確かに悪くないけど、車輪が少しがたつくのよ。本当にあれでいいのかい?」

「ええ、あれでいいわ。アーティス銀貨でよければ、五十枚出すわ」

「え、五十枚って言ったのかい? 分かったわ。すぐに用意するからちょっと待っててちょうだい」


 リリアンの提示した額に、女性は目の色を変え、すぐに二番目の荷車の元へ駆けていった。


「銀五十枚って、下手したら新品の荷車が買えるんじゃない? 本当にいいの?」


 ルックはリリアンの判断に疑問を持った。銀五十枚なら結構な大金だ。平野の多いアーティスでは銀貨の純度はあまり高くないが、それでも商家の一日分くらいの稼ぎにはなるだろう。


「ええ。二つ目の荷車は新品で頼んだら金貨十枚くらいの品物よ。それに余り安い値段で買ったら、きっと彼女が息子に責められちゃうでしょうからね。ルックはまた値引きをしたかったんでしょ? あまりあれにははまらない方がいいわよ。ふふ、見栄えが悪いわ」


 ルックはリリアンにティスクルスの支配人とのやりとりを見られたことを思い出し、赤面した。肩でビーアがヒューと鳴く。事情を知らないビーアにまで、からかわれているようだとルックは思った。


 二人は女性から荷車を受け取り、市場へ向かった。荷車は凝った造りで、白い塗装の剥げた年代物の荷車だった。荷を積む所は木の板で仕切りが作られていて、三つに分けられている。大きな物を積むのには向かないが、細々した物を運ぶ旅には打ってつけだった。外枠には鉄の留め具が打ち込まれていて、そこに専用の毛皮の布を取り付けられ、屋根を作ることもできた。

 まだ荷物がないため弛んだ屋根の上を、まるでビーアが気に入ったというように、広々と占拠しいている。


「ルックは本当にビーアにマナを与えてないの? 一体どんな魔法で動いているのかしら」


 リリアンがふとした感じでそんな疑問を口にした。ルックにしてみてもビーアは不思議な魔法具に思えた。いや、ともすればビーアが魔法具だということも忘れそうになってしまう。本当に彼女は生きているようだった。


「僕も考えたんだけど、リージアがこの剣に籠めてくれたみたいな、ビドーゴだっけ? そう言う魔法が掛けられてるんじゃないかな」

「ふふ、ルックが言うと少しも魔法の言葉に聞こえないわね。確かに、世界にあるマナを使っているんだったら、ビーアが動き続ける訳も分かるわね」

「それならリリアンが言ってみてよ。あんなきれいな発音できるわけないよ」

「あはは、ごめんごめん。そうね」


 市場はなかなかのにぎわいを見せていたが、さすがに首都のように、人と人の肩がぶつかり合うほどではなかった。二人が荷車を引いていても、少し道を開けてもらうだけでそれほど窮屈はしなかった。

 荷車はルックが引いていた。ルックは取っ手に四方を囲われながら、まだ軽い荷車を引いている。荷車の両端に取り付けられた車輪は大きく、かなり足場の悪い道でも苦労なく進めたが、女性の言うとおり右の車輪は少し立て付けが悪い。ルックは修理の必要を感じていた。

 市場では色々な物を買い込んだ。調理をするための鍋や、火種の長持ちするランプに、怪我をしたときのための包帯や、度数の高い蒸留酒。それに空の瓶なども荷車の中に積まれていった。ルックには思い付きもしない物が、旅では役に立つのだろう。


「他にはどんな物を買うの?」

「まあ、こんな所よ。あとルーンのアニーは買わなくっていいの?」

「あ、忘れるとこだった。あともし良かったら剣を見ていってもいいかな? もう一本剣を持ってもいいんじゃないかと思ってたんだ」


 ルックの言ったことにリリアンは強く賛同した。ルックの大剣は、ルックの最大の強みでもあり、弱点でもあるのだ。敵の虚を突くことはできるが、接近戦ではルックの体にはとても合わない。

 彼らはそれから二軒の武器屋と、三軒の刀鍛冶を回った。


「あまりしっくり来るのはないな」


 しかしルックは、そのどこでも結局剣は買わなかった。


「どれでも取りあえず買ってみればいいのに。もし本当に良くなさそうなら、どこかでまたお金に換えて、新しいのを持てばいいわ」


 リリアンにはそう言われたが、ルックは下手な剣を買うくらいなら、慣れた大剣の方がいざというときに役立つように思えた。

 宿に帰ると、まだクロックは戻ってきていなかった。リリアンとルーンは二人で風呂場に行き、ルックは大剣を取り出して砥石で手入れを始めた。刀身はまだ黄緑色に染まっている。この町も木のマナが強いのか、余程二股の木のマナが強く残っているのか。


 ルックは剣の手入れを終えると、市で買った、「知られざる魔法の書」という本を開いた。テツの魔法について何か記されていないか期待したのだが、そこにはそれほど珍しくもない魔法の説明が書かれているだけだった。

 ルックはその本の鉄と火の項を数回繰り返して読んだ。大地の魔法はパラパラとめくってみたが、どこにも真新しい発見はなかった。


 本に載っている火の魔法のほとんどは、シュールが使っているのを見たことがあった。唯一見たことがなかったのは加熱という魔法だ。

 加熱は物を熱する魔法らしい。火の魔法の中では攻撃性が乏しく、生活の中でも役に立ちそうではない。

 試しに剣を熱してみた。難しい魔法ではなさそうなのでシュールも知っていただろう。ただ使う機会がなかったのだ。


 さすがに他の火の魔法は室内では使えないので、ルックは今読んだ鉄の魔法を練習してみた。知られざるなどと書かれているが、シーシャの得意だった熱流銀などは書かれてなく、しかも内一つはどう考えてみてもその通りにはならない、眉唾物だった。


「鉄空」


 本に載っていた魔法の内、剣のマナで使えそうな魔法は少なかったが、空気を瞬間的に鉄の固さに固める鉄空という魔法は使えそうだった。ほんの一瞬しか持続しない魔法だったが、上手く使えば空中に足場を作ることが可能かもしれない。


 この加熱と鉄空の魔法は、ルックが今後愛用するようになる魔法なのだが、このときのルックはどちらも大した魔法だとは思っていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ