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そんな話をしながら、四人は一軒の宿を見つけ、そこに入った。部屋は広く、四人では持て余すほどだった。掃除が行き届いた、小ぎれいな宿だ。だが宿にも税が課せられるらしく、値段は一人金二枚とかなり高めだった。
「これで食事はまた別にかかるっていうんだ。馬鹿にしてるよな」
クロックの愚痴に、ルックは前向きな意見を返した。
「まあでもサービスは良さそうだよ。高い分気をつかってくれてるんだろうね。
今日はこれからどうするの? リリアンは荷車を見に行くんでしょ?」
「ええ。その後必要な荷物も買ってきたいわ。誰か手伝ってくれるとありがたいんだけど」
「じゃあ僕が行くよ。クロックとルーンはどうする?」
「俺はちょっとオゼッタの屋敷を訪ねてこようかな。もしかしたら掘り出し物が見つかるかもしれないだろ」
「私は疲れたから休んでる。爆石もまた作っておきたいし。あ、そうだルック。ついでにアニーを買ってきてもらってもいい? 形は丸いのね。爆石にするのに丸いのじゃないと危ないから」
一行の中ではルーンだけがまだ成人前で、特別鍛えてもいない。他の三人について歩くのは大変だった。ルックはルーンを気づかい、黙ってルーンの頼みを引き受けた。
ちなみにクロックの言う掘り出し物というのは仲間になってくれるアレーのことだろう。
「あ、そう言えばルーンさ、僕にアニーを一つ持たせてくれてたよね。あれってもしかして……」
「あはは。まさか爆石だと思ってる? 新術って言ったじゃん。そんな危ない物持たせないよー。あ、でもまだなんの魔法が入ってるかは秘密ね」
「ふーん? そっか。まあ爆石じゃないなら安心したよ」
話が終わると、ルックとリリアンは荷車を譲ってくれる商人がいないかと宿の人に尋ねに行った。
部屋にはルーンとクロックが残り、クロックもすぐに荷物の中から身なりのいい服を取り出し、着替え始めた。
クロックが着ていたのは、防寒性の高そうな厚手の短衣と革のチョッキだったが、それはあまりにも実用的で、貴族の館を訪れるには少しみすぼらしかったのだ。
クロックが服を脱ぐと、そこには意外にたくましい体つきがあった。ドゥールのように膨れ上がった筋肉ではないが、引き締まっている。服を着ていると細身に見えるが、それほど痩せた体つきというわけではないようだ。
突然服を脱いだクロックに、ルーンは目を丸くした。アーティス人との習慣の違いを感じたのだ。しかしそれについては何も言わず、普段とは違う思慮を感じさせる表情をした。
「ねえクロック」
話し方も普段の早口ではなく、トーンを落とした静かな口調だ。
「ん? なんだ?」
ルーンの声音が今までのような明るい雰囲気ではなかったので、クロックもまじめな声でそれに答える。
「クロックは闇の宗教って知ってる?」
クロックはその突然の問いに、明らかな驚きの色を顔に浮かべた。
「やっぱり知ってるんだ」
「やっぱりってどういうことだ?」
慎重にクロックは聞き返す。見破られるようなことをしただろうかと、クロックは今までの会話を思い返した。
「何となく分かるの。よく分かんないけど、私の中に私じゃない誰かがいるみたいで、その人はとても物知りみたいなの。だからクロックを見たときから私も何か感じてたの」
ルーンは闇というものを知らなかった。知っているのは、カンの大将軍が闇だったということと、ダルクという闇の大神官がかつて町だか村だかを滅ぼしたという、曖昧な知識だけだ。そのためルーンも、ルックの夢の宗教には触れないように、慎重に言葉を選んだ。
「つまり俺が闇の信者だって気付いていたのか。よく分からないけどすごいもんだな。クォートやテツは見破っていたみたいだから、まあなんか普通と違いがあるのかもしれないな。それで、俺が闇だと何か問題があるのかい?」
クロックの口調は挑むようで、どこか投げやりだった。闇が邪教と呼ばれ、誰からも疎まれるものだとは、誰よりもクロックが一番意識していた。見抜かれた以上はまた疎まれるのだろう。そう考えたのだ。
「闇は邪教だって聞いたけど、クロックは何か悪巧みをしてるの?」
ルーンは純真さを装って聞く。クロックにしてみれば、自分のことを見破った鋭さとこの無邪気さにギャップを感じただろう。
「いや、俺たち闇にとっても、ルーメスは忌まわしい存在だ。今回の俺の行動にはなんの邪心もない。本当だ」
クロックは闇だという理由で、いつも冷たい目線を浴びてきた。二十年生き、そんなことにはもう慣れたつもりでいたが、ザッツやクォートのせいだろうか、人に嫌われたくないという気持ちがまた最近は強くなっていた。ルーンは元来とても勘が良く、クロックのそんな機微にすぐに気付いた。
ルーンはクロックを安心させるように優しく笑んだ。ルーン自身は気付かなかったが、その笑みはクロックに不思議な感情を与えることになった。
この一つの感情がクロックの長い人生に、そしてこの大陸そのものに、どれほど大きな影響を与えることになったか、世界中の誰も、この時点では気付いていない。




