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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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「ルック! 離れろ、恐らくそいつは伯爵クラスだ」


 ルックは迷わずクロックの指示に従った。伯爵クラスということは、片腕の子爵クラスよりも一つ上の位ということだ。どれほど危険なのかは想像も付かないほどだ。

 今や完全に姿を現したルーメスは、雄叫びも上げず、ゆっくりと辺りを見回した。ルックたちのことも目に入っただろうが、すぐに襲いかかってこようという雰囲気はない。他の個体よりも、大分落ち着いた性格なのだろうか。ルックたち四人に強い緊張が走った。

 伯爵クラスは首をかしげ、独特な節のある声で、ルックたちに何か話しかけてきた。もちろんルックたちにはルーメスの言葉は分からない。しかしまるで世間話でもするように、静かな口調だった。

 そしてふと、ルーメスが右足を前に出した。ルックたちは警戒を強め、身構える。だがルックには、ルーメスの動きを目で追うことはほとんどできなかった。分かったことは、ルーンの土像の方にルーメスが移動したということだけだ。


 突然ルーンの乗った土像が、激しい音を立ててバラバラに吹き飛んだ。ルーンは咄嗟に跳んで、クロックの隣に着地した。あまりのルーメスの速度に、皆が立ちすくむ中、ルーメスは土像の足に踏みつけられていた、男爵クラスの死体の前でしゃがみ込んだ。死体の喉にある傷口に手を触れ、伯爵クラスは低いうなり声を上げて目を閉じた。


 そこでリリアンがその二体を覆い尽くす、壮麗なほど大型の水魔を放った。普通に考えたらその規模の水魔に、形あるものが耐えられるはずはない。しかしあれほど異常な速度を持つルーメスだ。誰もそれでルーメスが死んだとは期待しなかった。

 水魔が消えると、そこには男爵クラスのルーメスの死体はなかった。原形をとどめず、バラバラになったのだろうか。しかし、伯爵クラスのルーメスは何事もなかったかのように佇んでいた。

 ルックは背筋が凍る気がした。それはルーメスに対する恐怖のためか、それともルーメスが発する気のようなものによるためか。


 ルーンがルーメスに向け、爆石のアニーを投げつけた。ルックは焦った。この中で一番弱いルーンが、ルーメスの気を引いてしまったらなす術もない。ルックは内心ルーンに怒りを覚えた。

 ルーメスは鬱陶しそうに、アニーを払いのけようとして、その衝撃でアニーが砕けた。爆発が起こり、ルーメスが反射的に手を引っ込める。しかしルーメスの灰黒の手には傷一つない。痛みはあったのだろうか、ルーメスは怒ったように大きめの低いうなり声を上げた。ルックはありったけのマナをかき集めて石投を放った。ルーメスの気を引こうと考えたのだ。石投は放射状に広がり飛んでいき、ルーメスの体にばらばらと当たった。ルーメスがルックの方を振り向く。ルックは最大限目にマナを集めた。試したことはなかったが、こうすればより視力が強化されるのではと思ったのだ。


 ものすごい速さでルーメスが突進してきた。ルックには辛うじて見ることができたが、かわす動作が間に合いそうにない。ヒュゥゥゥと鳴き声を上げながらビーアがルーメスに向かっていった。ルーメスは警戒したのか、少し身をひねってビーアをかわした。その動作がルーメスにわずかに遅れを与えた。おかげでルックはなんとかルーメスの一撃をかわすことができた。しかしルーメスは流れるように、横へ飛んだルックに拳を繰り出してくる。そこにクロックの影法師が現れ、ルーメスの気を逸らしてくれた。影法師はルーメスの拳に散り散りに砕かれる。再びルーメスはルックに向かって攻撃を加えようとしてくる。


 どうしようもないかと思った。すでに打つ手はなかった。考えてみれば自分の死はそのままルーンの死につながる。これでは意味がないと思った。

 ルックはほとんど諦めかけていた。死を覚悟する。しかしそこで突然、空中に張り付けられたようにルーメスの動きが止まった。

 何が起きたのか、ルックにはまるで分からなかった。戸惑うルックの後ろから、場違いなゆっくりと話す声が聞こえた。


「ほっほっほ。待たせたの。運悪くとんでもないものが現れたようじゃ」


 ルックが後ろを振り向くと、そこには杖を突いて立つテツの姿があった。テツは悠然と佇んでいるようだったが、ルーメスの動きを止めているのはテツの力だろう。テツはゆっくりとルーメスの方を向き、しわくちゃでどこが目かも分からない目で、ルーメスを眺めた。テツは杖をまたゆっくりと持ち上げて、先をルーメスへと向ける。ルーメスは動きを封じられたが、その紅い瞳でテツを睨み返した。


「危ない!」


 ルックはルーメスがまたあの爆発を生もうとしているのだと確信した。しかしそこでテツが横に軽く杖を払い、結局は何も起こらなかった。再びルーメスに向かってテツの杖が向けられる。テツが両手で杖を持ち、衝撃に備えようとするように両足を開いた。


「かっ」


 テツが叫んだ。すると突然ルーメスの巨体があり得ない速さで吹き飛ばされた。

 ルーメスの体は、平野部を覆い尽くす二股の木の木陰を出、人かルーメスかも判別できないほど遠くへ飛んでいった。雄叫びを上げるルーメスの声が、どんどん遠くなって行く。遙か遠くで盛大に土埃が舞った。

 土埃は渦を巻き、中からルーメスが飛び出してくる。ルーメスは駆けた。一歩一歩が大きく、速い。ルーメスが蹴る地に、小さく土埃が舞う。気付くとルーメスの姿は二股の木の木陰中程にまで到達していた。だがそこで突然、ルーメスが雄叫びを上げて立ち止まる。そしてごとりと、ルーメスの右の肘から先が地面に落ちた。


「なんだ?」


 クロックが驚いた声を上げる。ルーメスはきびすを返す。逃げ出そうと考えたのだろう。だが、ルーメスの両足が、体の重みに耐えかねたかのようにぐにゃりと曲がった。どうとルーメスが地面に倒れた。なおもルーメスは逃げ出そうと、残った左手を地に突き、立ち上がろうと身を起こす。そして、ルーメスの首が体を離れ、地に転がった。

 しばらくの間は、誰も何も言えなかった。テツは肩で息をしている。一連の出来事を、テツが引き起こしたことは疑いようがない。大陸中を旅して回ったリリアンでさえ、このときはただ茫然自失と佇んでいた。


「さて、終わったようじゃの」


 しばらく息を整えていたテツは、二股の木の根元に歩み寄り、巨大な幹に背を預けて座った。


「ほっほっほ。わしも歳じゃの。少し疲れたようじゃ。ルック、先ほどの場所に預かった剣はある。マナは込め終えた。持って行くが良い」

「あ、うん。もう終わってたの? まだ十クランくらいしか経ってないよ? まあもしだめでも、またお願いしたいとは思えないけどね。この短時間で四体もルーメスが現れるなんて、テツがいなかったらもうアーティスは滅んでたかもね」

「アーティスどころか、世界だって滅びかねないぞ。あんなとんでもないのが大量に現れたら、打つ手はないだろ」


 クロックの言葉に、テツはまたゆっくりと笑い声を上げ、首を振った。


「あれはこの一年と少し、わしが抑えていた歪みを解いたせいじゃよ。わしはお主の従う者たちのように、歪みを修復していたのではないからの。今回はちょうど歪みを一度ほぐす良い機会じゃった」


 テツはまたクロックが話していないことを見抜いてそう解説した。

 ルックたちは二股の木をまわり、最初にいたところで根元に深々と突き刺さっている剣を見つけた。無意味なほど深く刺さっていて、鍔から下の刀身は、完全に埋まっていた。

 柄の中央のアニーには、しっかりとマナが込められているようだ。わずかに白みを帯びている。ルックは少し力を込めて剣を引き抜く。刀身は黄緑色に染まっていた。大陸最大の木の周辺ということだけあって、ここは木のマナが強いのだろうか。森人の森にいたときよりも、剣が染まる色は濃かった。


「まさかそれで、テツの魔法が使えるの?」


 ルーンが無邪気にそう聞いてくる。まだ先ほどの衝撃から抜け切れていなかった三人は、それでようやく我に返った。


「あれほど大きな魔法は使えないと思うけど、使い方さえ聞けば、色々な魔法が使えると思う。ちょっとテツに聞いてくるよ」


 ルックは剣を手に持ち、テツのいる方に右回りにまわっていった。歩いていくと一クランほどかかるが、それでも二股の木の外周の百分の一にも満たない。ルックは先ほどのルーメスの死体があるあたりまでたどり着く。しかしテツの姿はそこにはなかった。視力強化を高めてみたが、やはりテツの姿は見えない。リリアンたちの方に行ったのかと思い、きびすを返して元の位置に戻っていったが、結局ルックはテツの姿は見つけられなかった。

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