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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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『白い老人』①

   第三章 ~陸の旅人~


『白い老人』





「つまりそっちのお嬢さんは仲間で、その不思議な爺さんは仲間じゃないのか」


 ルックがクロックに二人のことを紹介すると、クロックはそんな感想を漏らした。


「キーネで魔法が使えるってことは、なんかの神に仕える神官かな?」


 クロックの問いには、テツはゆっくりと首を振った。


「テツは誰も知らないマナを宿してるんだって」


 ルックはテツの姿が見えるクロックに、少し驚きを持っていた。やはり彼は視力強化そのものか、それに準ずる何かを知っているようだ。


「そうじゃの。確かに今は、ほとんどこの魔法を知っておる者はおらんようじゃの」


 クロックは少し考えるように黙りこくっていた。


「テツはもう待っている人には会えたの?」

「まだじゃが、その日もそう遠くはないじゃろうて」

「あはは、一年前もそんなこと言ってなかった?」


 テツはしわくちゃの顔に笑みを浮かべて、ルーンの言葉に頷いていた。彼が本当に何百年も生きているなら、彼の「そう遠くない」ほど当てにならないものはないと、ルックは思った。

 クロックは先ほどから何かを考えていたようだが、自己紹介もおざなりにして、真剣な口調でテツに話しかけた。


「なあ、もしかしてテツは、ここで世界の歪みに手を加えてないかい?」


 ルックはクロックの言葉に目を丸くした。リージアは世界の歪みを感じられるのは、呪詛の魔法師だろうと言っていたのだ。それがテツだとは考えてもみなかった。


「世界の歪みにって、今回の旅の目的の?」

「ああ、俺はティナに行く前、実はここに一度立ち寄ってたんだよ。ここにも相当な術者がいるって聞いていたんだが、そのときは誰もそれらしき人はいなかったんだ。でも姿を消したり、未知の魔法が使えるんだろう? もしかしてテツ、君が俺の探していた術者なんじゃないのか?」


 クロックの再びの問いに、上機嫌な老人は頷いた。


「ああ、いかにもそうじゃ。わしはここで世界の歪むのを抑えておる」

「そうか。良かった。見つけられないんじゃないかと思ってたんだ」


 クロックはテツの肯定の言葉に、手放しで喜んだ。


「それじゃあクロックがこの何もない場所を待ち合わせ場所にしたのは意味があったんだ」

「当然だろ? 俺は意味のないことなんて一つもしないさ」


 誇らしげに言うクロックの発言は、ルックにはまるで意味のない物に思えた。しかしそれは言わないでおいて、もう一つクロックに質問をした。


「じゃあテツが三人目ってことだよね?」

「うん、そうなるね。俺の、えーと、俺を遣わした人たちを入れたら四つ目だ。はは、もう半分だからかなり順調だね。そう、それでテツ、実は君に頼みがあるんだ」


 クロックはどこか話を急いだように見えた。言い回しも何か違和感を感じる。ルックはそれに疑問を持ったが、テツの意外な答えに気を取られ、そのことについて深く考えることはしなかった。


「ほっほっほ。分かっておる。来年のテスのメスじゃな。心配せずとも協力をしよう」


 誰もまだクロックの依頼内容を口にしていなかったのに、老人はテスのメスの話を知っていた。

 テツの全てを見透かしている発言に、クロックも目をむいている。

 一体どこでテツはそれを知り得たのだろう。それともこれも、テツの魔法によるためなのだろうか。


「ところで闇の。わしもそなたに聞きたいことがあるのじゃが、そなたはわしの知り合いに良く似ておるようじゃ。お前さんの両親の話を聞かせてはもらえぬかの?」


 テツはクロックを闇のと呼んだ。ルックはそれを影の魔法師という意味だと思い聞き流した。しかしルックのことを夢と呼んだように、テツはクロックの宗教のことも見抜いていたのだ。ルックはそれに後日気付いた。

 ルックたちに自分の素性を告げるつもりのなかったクロックは、曖昧な笑みで答えた。


「俺は確かにロータスって人に良く似てるって言われるが、たぶん全くの人違いだ。その人が死んだのはもう何十年も前なんだ。子供もいなかったらしいしね」

「そうか。それはいらぬことを聞いたの」


 テツはクロックがはぐらかそうとしたのを悟ったようで、深くは尋ねてこなかった。

 彼らの話はそこで終わったが、ルックはまだテツに聞いておきたいことがあった。ルーンのことだ。ルックはルーンに、リリアンの元までクロックを案内するように頼むと、一人でその場所に残った。


「どうかしたかの?」

「テツはすごいね。僕もついこの前まで知らなかったのに、僕を夢って見抜いたよね?」

「ほっほ。そんなことかの? わしは人より長く生きておる。いろんなことが見えるのじゃよ」


 ルックはテツのその言葉に少し期待を持った。本当はテツが呪詛の魔法師ではないので、ルーンのことを聞いても無駄じゃないかと思っていたが、可能性はありそうだ。


「テツは、さっきの女の子のこと、どう見えた?」

「そうじゃの。彼女がおったのでわしもお主が夢だと気付いたのじゃ。だが残念じゃが、わしはお前さんの問いには答えられないじゃろう」


 ルックは先読みをするテツの言葉に、一気に落胆し、肩を落とした。


「悪いの。そのことに関しては役に立てんが、お主等の旅の目的のためには、何か力になりたいとは思っておる。他に何かできることはないかの?」


 ルックは親切なテツの言葉に、少し考えた。


「テツはいつだか、アラレルの行く道に敗北はないって言ってたよね? あれはやっぱり、ただの励ましだったの?」

「いや、あれにはわしは確信がある。間違いではないじゃろう。この前また彼には会うたが、そのときにもそう確信したの」


 ルックはテツの言葉に食いつくように質問をした。


「会ったっていつ? 実はアラレルは今、行方が分からなくなってるんだ。何かテツは知ってない?」


 だがテツは、また静かに首を振った。


「わしには未来のことはよく分かるがの、今のことはほとんど分からん。彼と会うたのはもうしばらく前じゃ。本人たちはあのときまだ知らなんだが、彼の子が宿り初めてすぐのことじゃった。もうそろそろその子も生を受けている頃じゃろう」


 またルックはテツの言葉に落胆してしまった。それならばアラレルはアーティーズを出て割とすぐにテツと会ったのだろう。当然だった。


「一つ分かるのは、お前さんがまたきっとアラレルとは会うじゃろうということじゃ」


 落胆するルックを慰めるように、テツは優しくそう言った。ルックはその言葉が気休めなのか、予言なのかは分からなかったが、不思議とまた勇気づけられた。


「テツの使う魔法のことなんだけど、姿を消したりするのって、かなりのマナが必要なの?」


 そこでふとルックは、素朴な疑問を投げかけてみた。ルックは彼の魔法のことも知っておきたいと思ったのだ。


「姿を消すこと自体はほとんどマナは使わんの。ただ、この場所でなければできぬ魔法じゃ。この二股の木はの、世界を不自然なほどに歪めておるのじゃよ。そんな場所じゃからこそ、わしも姿を消すことができるんじゃ」

「そっか。二股の木もジジドの木だもんね。そう言えばそんな話はこの前聞いたよ。じゃあさ、テツは二股の木の力を借りないで、どんな魔法が使えるの?」


 ルックはテツの力を自分の剣に覚えさせられないかと考えていた。未知の魔法が使いこなせれば、かなり役に立つと思ったのだ。実際その考えは実に名案に思えた。

 テツはゆっくりといびつな杖を支えに立ち上がると、マナを集めるために集中しだした。語るよりも見せてくれようと言うのだろう。

 マナを溜め終えたテツはゆっくりとした動作で足下の草をひと掴み抜いた。そしてそれを空に高く放り投げる。


「無常」


 テツの放り投げた草は、彼がそう一言発すると、突然空中で霧散した。

 次にテツはまたマナを集め始め、今度は空気中に水の玉を取り出して見せた。水は重力に逆らわず、地面にぶつかり弾けた。


「すごい、魔法で生み出したのに」


 ルックがそう言ったのは、テツが再びゆっくりと二股の木に寄りかかり、座り直したときだった。普通の魔法なら、とっくに消えてしまっていい頃だ。しかし地面に生える草は、まだテツの魔法で生み出した水に濡れていた。


「ほっほっほ。魔法で生み出したのではないのじゃよ。空気中にある水分を集めてみただけじゃ。わしの使う魔法は理と言っての。一概に何ができるとは言いづらいのじゃ」


 テツは詳しく理の魔法について語ってくれた。

 賢いルックにも、テツの言葉の意味はほとんど理解できなかった。要するに自然現象を操る魔法なのだろう。ルックは分からないながらも、そう推測をした。


「テツ、実はちょっとお願いがあるんだ。この剣のアニー一つに、理のマナを込めてみてくれないかな。この剣は変わった魔法剣で、あ、テツは光の織り手って知ってる?」

「光の織り手? さて、どこかで聞いたことがあるかの」

「そっか。僕の知り合いにね、そういうふうに呼ばれてる、リージアって人がいるんだ」

「おお、リージアなら知っておるぞ。そうか。あの子はそう呼ばれるようになったのか。ほっほ。何とも皮肉な呼び名じゃの」


 テツはそう呼ばれる前からリージアのことを知っていた。だがルックにはテツがなぜそのように言うのかは分からなかった。リージアは光の織り手と呼ばれるに相応しい人に思えたのだ。


「リージアのことは知ってるんだ。じゃあリージアがすごい呪詛の魔法師だっていうのも知ってる? リージアは僕の剣を作ってくれた人なんだ。この剣には、マナを覚える力があるんだって。それでもし良かったら、テツのマナをこれに覚えさせてもらえないかな?」

「ほうほう、それは面白そうじゃ。それくらいならば喜んで力になるが、どの様にすればよいのかの?」


 ルックは快く承諾してくれたテツに、マナの込め方を話した。テツはそれを聞くとゆっくりと頷く。


「そうか。それならばわしにもできそうじゃ。じゃが、お前さんの仲間たちを呼んだ方が良いじゃろう」


 テツの結論にルックは小首をかしげる。


「先ほども言ったとおり、わしはここで世界の境界が歪むのを抑えておる。こう話している間もそうじゃ。もしわしが二刻も力を緩めれば、まず間違いなく数体のルーメスが迷い込むじゃろうて」


 ルックはさっと緊張の色を顔に浮かべる。それが事実なら、この計画は実行しない方がいいだろう。そこまで無理をしてテツのマナを込めてもらう必要はない。元々これは思い付きで言ったことなのだ。


「なに、案ずることはない。試してみて、お前さん方が危なくなりそうなら、途中でやめれば良いだけのこと」


 テツは不安がるルックに軽い口調でそう諭す。テツの言葉は、不思議と説得力があり、結局ルックもその案に賛同した。

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