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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 リリアンはその日ライトのベッドで眠ることになった。

 リリアンはルーンのようにこの旅を楽観してはいなかった。危険の多そうな旅だということもある。クロックという男がどこまで信用できるかも現時点では分からない。それに自分も含め、旅をする仲間の年齢層が若すぎるように思えた。


 キルクとウィンと旅をしていたときも若いメンバーだったが、元々は仲間の一人が四十前の男で、全てにおいて彼がまとめ役をやっていた。実を言うとウィンとキルクには以前一悶着があり、その年上の仲間がいなければとても旅は続けられなかっただろう。随所での判断能力でも、仲間をまとめることでも、やはり年齢を重ねた者の力は大きい。

 クロックがルックの言うとおりの人物なら、自分がその役をやる羽目になるだろう。正直リリアンはそこにはあまり自信がなかった。


 隣ではルックとルーンはもう寝入っているようだ。リリアンは二人を起こさないようにベッドを抜け出し、居間に向かった。

 居間では暖炉の火が燃えていて、その前でシュールが静かに本を読んでいた。


「まだ起きていたのね」

「ん? ああ。そろそろ寝ようかとは思うが、色々とな」

「考え事かしら? さっきのリージアの話が気になっているんじゃない?」

「ああ。よく分かったな。彼女は何かルーメスが大量発生している理由を知っているのかな?」


 シュールは本から目を離し、リリアンを見やる。その目はとても真剣だった。もしもルーメスが現れなくなるのならば、ルックもルーンも危険な旅をすることはないのだ。そう言ったことで、彼は気を揉んでいるのだろう。


「どうかしらね。そういう風には思えなかったわ。彼女もルックのことは気に入っているようよ。知っているなら、ルックをわざわざ危険な旅には出さないでしょうね」

「まあ、そうだろうな。仮に理由を知っていたとしても、解決できるとは限らないだろうしな」


 シュールはすでに出ている結論を確認するように、返答を期待していない声で言った。


「クロックは聞く限りでは少し頼りなさそうだな。良ければリリアン。ルックとルーンをよろしく頼む。俺にはお前は信頼の置ける人に見える」

「そう? けど私には、誰かを守れるほどの強さはないわ。期待に添えるかは自信がないわね」

「はは、そういう訳じゃない。ルックは自分の身は自分で守るさ。そんなに甘やかして育てた訳じゃないしな。ルーンはルックが守るだろう。ただほら、チームを組むということは、他にも色々問題があるだろう。俺もチームのリーダーだからな。簡単じゃないのは分かるのさ」


 シュールは飾り気のない笑みを見せる。リリアンはシュールには好印象を抱いた。


「それについては、やっぱりあまり自信はないわ。私も同じことを考えていたけれど、私には難しい気もするわ。あなたは十五のときからリーダーだったのよね。何かこつみたいなものはないのかしら」

「そうだな。俺がチームリーダーと言ってもドゥールとドーモンがいたからな。支えられてたこともあったと思うが」


 こつと言われ、シュールは少し真剣に腕組みをし考え始めた。

 二人はその日遅くまで話を続けた。リリアンは最後に、キルクの話を持ち出して、キルクをよろしく頼むわと告げた。リリアンはシュールとなら、あの不真面目なキルクも上手くやれるのではないかと思った。キルクがそうだったように、リリアンもキルクの幸せを心から願っていた。




 ルックとリリアンとルーン。三人になった旅の先行きはあまり良くはなかった。アーティーズの外壁を抜けた頃から、空から雪が落ちてきたのだ。

 季節は寒季だったが、ルックの生まれた十三の月はそこまで冷える寒季ではない。雪が降るのは非常に珍しかった。

 北へまっすぐ進む予定だったが、彼らはヒルティス山に登ることを諦めた。小山とはいえ、雪の降る山道は危険だと判断したのだ。しかしヒルティス山は標高は低いが、それなりに幅のある山だった。迂回するとなかなかに時間がかかる。


 一日目はヒルティス山の西の草原で野宿をすることになった。雪はそこまで強くなかったが、乾いた薪を見つけるのはひと苦労だった。本来ならば火を起こすのにもまたひと苦労あったはずだが、そこはほとんど苦労がなかった。ルックがシュールと別れる前に、剣にシュールのマナを覚えさせてもらったためだ。ついでにルックは、シュールから魔法の使い方の本を譲り受けていた。小さい頃に読んだことのある本だったが、大地の魔法以外の部分は目を通したことがなかった。そこには基本的な魔法が全て詳しく書かれている。どこかの大学でそれぞれのマナの魔法師が、知識を持ち寄り書いたものだった。

 ルックはその本を見て、簡単な火の魔法で薪に火をともした。


「べんりー」


 ルーンは嬉しそうにはしゃいでいる。ルックは得意げに鼻を高くしていた。


 三人は焚き火で体を暖めた。濡れた体はかなり体力を奪っていたようだ。ルックはたったのそれだけで急激に眠気を感じた。ビーアだけは寒さを全く感じてはなく、元気に雪の中を飛び回っている。

 リリアンは道中で狩った小動物の皮を剥ぎ、それを火にくべていた。ルックには思い付かなかったことだが、リリアンは旅の必需品として岩塩を持っていた。ただ塩を振るだけで、パサパサとした小動物の肉は明らかに美味くなった。


 次の日は雪もやんでいて、三人は再び歩き始めた。雪は薄く積もっていたが、歩くのに困難ということはなかった。昼を過ぎる頃には雪も溶けきり、陽を反射する草が綺麗だった。

 ヒルティス山を迂回すると、すぐに北へ向かう。二股の木はすでに見えてはいたが、そこに行き着くにはまだ時間がかかるだろう。


「ね、そろそろ休憩にしよう?」


 一番体力のないルーンは、真っ先に音を上げた。彼女は雪の中野宿をしたことがなく、旅の過酷さを垣間見て、少し元気をなくしていた。


「そうね。あなたたちは食べられる植物とそうじゃない物は見分けられる?」

「僕は少しだけ。当然ルーンは無理だよね?」


 リリアンは手近にあった固い葉の植物を地面から抜く。植物の根は桃色の球根だった。


「アーティスはとても旅のしやすい所よ。至る所にこのキラっていう植物が生えているわ。この根は食いでがあって、それなりに美味しいの。何より栄養が豊富よ。この国を旅していて飢える旅人は、余程の世間知らずよ」

「はーい。私それだったみたい」


 くだらない冗談を言うルーンに、リリアンは優しく笑んだ。


「ルック、この前渡した鍋を出して」


 ルックとルーンは明らかに旅という物を甘く考えていた。リリアンが思う旅に必要な物は、三人ではとても持ちきれない量だった。リリアンはキルクたちと旅をしていたときは、荷車を一つ引いていたという。クロックと会って、彼も荷車を持っていなければ、次の町で購入する予定だった。


「旅人って荷車を引いて歩くのね。ザラックの旅にはそんなこと書いてなかったよ」

「ザラックたちがどうしていたかは知らないわ。大量の荷物を背負っていく旅人も確かに多いのよ。でも何かあったときに荷車はすごく便利なのよ。人を乗せることもできるから」

「馬を買って引かせたりはしないの? 僕も少し考えていたのと違うな」

「その手もあるけど、私たちはいざというとき馬よりも速く走れるわ。いたら邪魔になるだけよ。まあ、そんな事態になったらまた荷車を買い直しにはなるけど」


 三人はそんな話をしつつ、キラを集めた。リリアンが流水の魔法でその根を洗い、火を起こし、皮袋から水を鍋に移し、キラを煮て食べた。


「ずっとこんな食事じゃ飽きるでしょ。荷車があると選択肢が広がるわ」


 その日の夜に、三人は二股の木の麓に着いた。クロックの姿は見あたらず、三人は取りあえず近くのフォルキスギルドの支部に寄った。


 リリアンはトップから一年分の護衛の報酬だと言われ、かなり多くの金を渡されていた。ルックとルーンも一流のアレーチームの出なので、路銀は多く持っていた。ギルドの支部は多少の報酬で快く三人に宿を貸してくれた。支部にはあまり多くのアレーはいない。一年前の戦争で数をだいぶ減らしていたのだ。

 ギルドの支部には住み込みで働いているアレーが多い。そのためここには生活をするための施設があった。村も何もないこんな場所に支部が建っているのは、ここが東西の村の丁度真ん中ら辺にあるかららしい。


 三人はそこで三日の時を過ごした。日中は交代で二股の木の麓に行き、クロックの姿が現れないか待った。

 ルックはここに来たとき視力強化を行い、あの白い髪の老人がいないか確かめてみたが、そこに彼の姿はなかった。

 いくら常識を越えた人でも、人間は人間だ。食べる物を探しに町へ行ったのかもしれない。それとも、ついに彼の話していた待ち人と会えたのだろうか。


 ルックはクロックが早く来てくれるように、祈りながら二股の木の下で待った。それは彼に早く会いたかったからではなく、日取りを正確に決めていなかったのを、ルーンにさんざん揶揄されたためだ。

 ルックはクロックが来ると思われる南を凝視していた。季節外れの雪はもう完全に溶け、乾いた空気に遠くの方まで見渡せた。しかしクロックが現れる気配はない。

 そうして待っている内、ルーンが交代のためやってきた。


「まだ来ないの?」


 面白がるように言うルーンは、またルックのことをからかおうとしているようだった。ルックは彼女を調子に乗せまいと、少し不機嫌そうにそれに答えた。


「あ、」


 しかしルーンは、それでも何かからかおうと口を開いたが、その口を開いたまま南の方を指さした。


「あの人じゃない? 黒髪だし」


 ルックはルーンに言われ、遠くの方を歩いてくる人影に目をやった。遠目でまだはっきりとしないが、確かにそれらしい人影に見える。

 ルックたちが見ていることに気付いたのか、人影は手を振り、速度を速めて駆け寄ってくる。マナを使った走法で、あっという間に彼は二人のそばまでやってきた。


「待たせたか?」


 少し釣り気味の目に、高くない背。はつらつとした表情。服は会ったときとは違う実用的な短衣とチョッキになっていた。しかし間違いなく、彼はクロックだった。


「待ったよ。大分早く着いちゃったみたいだ。そっちの用事は終わったの?」


 ルックはルーンにからかわれていたため、少し怒ったようにそう言う。


「悪かったね。ちょっと思ったよりも用事が長引いたのさ。本当は君より早く着くつもりだったんだけどね。それよりルック、まさかその二人が仲間になるって言うのかい? どう見たって強そうじゃないが」


 ルックはクロックに言われ、はっとして後ろを振り返った。視力強化をしてみると、そこには白い髪の老人が、二股の木の下で座していた。


「テツ! いたんだ」


 クロックの失礼な発言に少し頬を膨らませていたルーンも、ルックの言葉に後ろを向いた。


「見えないおじいさんいたの?」


 二人の様子に、クロックは不思議そうな顔をする。二人に声を掛けられたテツは、ゆっくりと楽しそうに声を上げて笑い出した。


「なんじゃ、気付かれてしまったかの。しかし夢と呪詛と闇とは、いつかを思い出すような取り合わせじゃの」


 テツはルックたちの知らない過去を語って、また声を上げて笑い始めた。

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