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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 ルーンは朝から晩まで街中を歩き回り、いろいろな人に声を掛けて回った。ルーンは街の人の半数は知り合いなのではないかと思うほど、数多くの名前を知っていた。そしてその誰も、快活なルーンが旅に出るのだと聞くと寂しげに肩を落とした。


「なんだ、結局フォルの資格も得られないまま行くのか」


 ルーンの前では、いつも仕事一筋なヘイベイも、鎚を持つ手を止め饒舌になった。


「フォルなんてあんなのきっとインチキだよ。私が十回も落ちるなんて信じられない。もうフォルキスギルドも昨日で除名しちゃったから、ついに夢が叶わなかったよ」

「はは、夢だったのか。お前がフォルになれなかったのは、俺の鍛えた剣を持って行かなかったからだろう」

「あはは、私に剣は似合わないよ。あんなかさばる物持ってたらとても試験場まで行けないもん」


 ルーンはヘイベイとそんな軽口を交わし合った後、北の墓地へと向かっていった。ヘイベイの鍛冶屋からは割と近い位置にあったが、アーティス人は墓地を嫌うため、そこに人気はなかった。墓地はさすがに綺麗に清められていて、そこかしこに死体が放置されているようなことはない。一年前の戦争の面影は、すでにここには残っていなかった。


 ルーンは敷地の中央にある、フォルキスギルドの作った洞へ向かった。

 洞の入り口も修繕されていた。ドーモンの流した血の跡も、草に覆われ隠されている。

 ルーンは昨日の内にギルドから借りていた鍵を取り出し、洞の木でできた入り口を開けた。


 洞の中はただ広く、高い位置にあるわずかな明かり取りから、微かな光が漏れているだけで薄暗かった。

 ルーンは慣れた足取りで暗い洞の中を進んでいく。暗いのでよくは分からないが、洞は三階まで吹き抜けになっていて、奥に粗末な螺旋階段が取り付けてある。

 石でできた螺旋階段は、三段目が緩くなってぐらぐら揺れる。

 一、二、とルーンは階段を上がり、三段目をとばして四段目へと足を乗せた。

 三階にまで登り、ルーンは左回りに洞を歩いた。奥へと入る廊下を四つ過ぎ、五つ目でルーンは曲がっていった。


「ドーモン」


 静かな洞に、ルーンの声が低く響いた。廊下の奥には巨漢の亡骸が安置されているのだ。それから一クランほど静寂が続き、再びルーンの声が聞こえた。


「私行くね。しばらく来なくなると思うけど、寂しがらないでね」


 シビリア教徒に死者を見舞う習慣はない。しかしルーンは、何度もここを訪れていた。

 やがてルーンが廊下の中から姿を現す。

 ルーンはそれから階段に戻り、下階に降りた。しかし一階にはまだ行かず、二階の階段の脇にある通路の中に入っていった。




 ルックとリリアンはアーティーズに入った。ルックだけなら五の郭から一の郭を抜けて真っ直ぐ四の郭に行けたが、リリアンがいたので大回りをして四の郭に入った。四の郭と五の郭の境目は曖昧で、一の郭を覆う防壁と街を包む防壁とに挟まれた、薄暗い場所だった。二人は一から三の郭までの脇を通り抜け、四の郭の大通りに出た。大通りは常に移動式の店が立ち並んでいる。荷車に屋根を張った簡易な造りだが、大陸を渡ってきた品物も多く、多くの人で賑わっていた。ビーアはルックの肩にはいなくて、本物の鳥のようにルックの上空を旋回しながら付いてきていた。


「私人ごみは苦手なのよね」


 リリアンがぼやいた。ルックは慣れたものだったが、リリアンは街で暮らしたことはほとんどないそうだ。長期で滞在したのは、この一年のティナでの暮らしが初めてだったという。


「もうすぐ家に着くから、はぐれないでよ」


 ルックは揶揄するようにリリアンを見たが、気付くと人二人分ほどすでにリリアンは遠ざかっていた。

 ルックは少し立ち止まってリリアンを待った。リリアンはすぐに追いついてきたが、人と肩が当たらないように神経質になっているようだ。


「早く行きましょう。ここは私の肌には合わないようよ」


 アーティス人は肩が触れ合おうと気にせず歩く。リリアンは腰に差した剣を人の邪魔にならないように身に寄せていた。


「僕もこれから肌に合わない場所に行ったりするのかな」

「ふふ、どうでしょうね。こんな場所で生きていけるなら、どんな場所でも平気じゃないかしら」

「でもフィーンの街はここよりずっと賑やかなんでしょう? それにコールも」

「まあ、似たようなものね」


 四の郭も住宅地に入ると人出は激減する。リリアンはやっと一心地ついたというように、軽く伸びをした。

 リリアンのように人ごみが苦手だったのか、ビーアも空から舞い戻り、ルックの肩にとまって大人しくなった。

 大通りを出て住宅地に入り、三クランほど歩くとシュールの家がある。ルックはその前に立つと、ためらうように軽くノックをした。自分の家だった場所だが、以前のように何も言わずにいきなり入ることはできないと思ったのだ。

 しかしあまり遠慮をするのもどうかと思い、中からの返事を待たずにルックは戸を開けた。


「ルックか」


 ルックが戸を開けると、来訪者を確認しようとしていたシュールがそう声をかけてきた。


「こんにちは。またお邪魔するわね」


 リリアンがルックの背からシュールに言う。

 ルーンはちょうどライトのところに行っているようで、家の中にはシュールとカイル、ルーザーの三人だけだった。

 キルクもまだ農園から戻っていないようだ。彼らはルーンが出て行き次第、仕事を始める予定だという。区切りがいいというのもあるが、今あまりいい仕事がなかったためでもあるそうだ。


「ルーンの準備さえ整ってれば、明日にでも連れて旅立つつもりだよ」


 部屋はシャルグとドーモンの部屋をカイルとルーザーが使っていて、キルクが戻ってきたらシュールと相部屋にするらしい。

 ルックとルーンとライトの部屋は、客間にするそうだ。


「食事は済んだか?」


 シュールの問いに、ルックは首を振った。


「晩まで時間があるから、何かつまめるものを用意しよう」


 ルーンはご飯の前にはしっかり戻ってきた。夕飯はカイルの作で、ルーンが味が薄いとカイルを責め立てた。


「驚いたわ。あなたはもっと暗い子だと思ってたわ」

「そっか。前にリリアンが来たときはルーンは何もしゃべれなかったんだっけ」

「ほんとに? 私ぜんぜん覚えてないよ。挨拶くらいはしたんじゃないの?」


 暖かい食事を終え、カイルとルーザーは自室に戻り、残った四人は静かに話をし始めた。ルックは少し満たされた気持ちになったせいか、いつもより無口になっていた。


「新しくなった剣はどういう効果があるんだ? それにその小鳥もリージアの贈り物だと言っていたな」

「あ、私もそれは気になるな。すっごい強くなったりしたの?」

「ええ。私は剣が変わってから一度手合わせをしたけど、純粋に一回り強化されたみたいね」


 話はそのあと剣からビーアのことに移った。ビーアは家に入ってからは大人しくしていたが、それでも生きているかのように動くところは変わらない。ルーンもシュールもそれにはとうに気付いていて、興味を持っていたようだった。


「アラクナクト・ビーア? 長い名前だね」

「うん。僕もそう思うよ」

「え、でもルックが付けたんでしょ?」


 アラクナクト・ビーアという名前にはルーンもシュールも首をかしげた。ルック自身もどうしてそう名付けたかは分からなかったが、ずっと一緒に暮らしてきた二人にもやはり分からなかったようだ。

 話はルーンのことになった。ルーンの命がルックによって保たれているということには、リリアンは非常に驚いたようだ。それに加え、ルーンの開発した魔法の凄さにもリリアンは半信半疑だった。


「そうね。もしそれが本当なら、ルーンが来てくれることの意味は大きそうね。利害も一致するようだし、それにかわいい妹みたいだしね」


 ルックはリリアンがルックと同じ歳のルーンに「妹」と言ったことが、少し気がかりだった。ルックは、リリアンとは対等の存在でいたかったのだ。

 ルーンは子供扱いをしたとふくれっ面になったが、それがまたリリアンにはおかしかったようで、声を上げて笑っていた。


「クロックというのはとりあえずの年長者なのだろう? 頼りになりそうなのか?」


 クロックの話になると、シュールがそう不安げに尋ねてきた。押し隠そうとはしているようだが、旅立つ二人に、シュールの心配は尽きないのだろう。


「どうだろ? ちょっと子供っぽい感じの人だな。正直あまり聡くはなさそうだね」


 ルックは変わった武器を持つ仲間を思い浮かべ、不敵に笑んだ。


「楽しみだね。ねえ、その人はかっこいい?」

「あはは、どうだろう? ちょっと目つきが怖かったかな」

「えー、それじゃあ私の好みじゃなさそう」


 ルックは悪いと思いながらも大声で笑った。


「ルーンにかかると危険な旅も軽い旅行のようだな」


 四人は意識して暗くなりそうな話題は避けた。そのためその団らんはとても和やかで、ルーンがうとうとし出すまで、三時間ほども続いた。

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