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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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「やっぱりルックね。それでそっちがリリアンね」


 今日はリージアの機嫌も悪そうではなかった。ぞんざいな問い方だったが、怒気は感じられない。


「うん、この人はリリアン。一緒にルーメス討伐の旅に出てくれることになった。知っての通り、相当の腕利きだよ」

「知っての通りって?」


 ルックは言ってから、自分の失言にひやりとした。間髪入れずリリアンが問いかけてくる。ルックは努めて平静を保って、リリアンの質問に曖昧な返事をした。


「初めまして。私はリージア。森人の森の長老よ。ま、見ての通り見た目はまだまだ若々しいですけどね」


 リージアの本当の姿を知っているルックは、彼女のその冗談にどう受け答えていいか分からなかった。しかしリリアンはそれに笑いはせず、そうすることが当然だと言うようにリージアに同調した。リージアがそれをどう思ったのかは分からないが、少なくとも気分を害しはしなかったようだ。

 剣は仕上げの段階に入っているようで、明日には渡せそうだということだった。ルックとリリアンはリージアの家に通された。その日はシーシャが食事を作ってくれて、四人で食卓に着いた。ルックは食事の席では明るい話題をするものだと教えられてきたが、三人にはその習慣はないらしい。リリアンは二人にルーメスや片腕についての話を聞いた。


「片腕をただのルーメスと同じとは思わない方がいいわ。ただのルーメスなら、私一人でも勝てる相手だけど、片腕は私が何人いてもかないはしない」


 ルーメスの話になると普段は大人しいシーシャが、言葉に熱を込め語り出した。


「速さも硬さも、あと魔法を使う速さも普通のルーメスよりも一回りは上よ。頭もいい。右腕がないことを意識しながら、相手との間合いを正確に見切ってくる。それと群れをなしているのが一番厄介なところよ。私たちが戦ったときはうまく他のルーメスをおびき出したけど、たぶん二度目はないと思う」


 リリアンは得たい情報を的確に聞き出した。情報を得ても、それを信じ切ることはせず、しかししっかりと胸に刻みつけていた。


「本当は私も付いて行きたいの。けど、妹がいないと私はいつ狂ってしまってもおかしくないから」


 シーシャはそう言って黙りこくった。その憂いの帯び方に、他の三人は何も言えなくなって暗い沈黙が続いた。


「私の代わりに、ヒリビリアの仇を討ってきてね」


 シーシャはルックを見つめて言う。どういうわけか、シーシャはルックには信頼を寄せてくれているらしい。

 次の日、リージアの手からルックは生まれ変わった剣を受け取った。なんの魔法によるためか、刀身はわずかに青みを帯びている。柄に縦一列で並ぶ透明の宝石、アニーの一番下の一つが、淡く紫がかっている。見た目の変化はごくわずかで、長年剣を扱ってきたルックでなければ、見落としかねないものだった。

 重さにも変化はない。持っただけでは、どんな魔法がかけられたのか想像もできない。


「森人の古代語で、翻訳は難しいわね。ビドーゴという魔法をかけたわ」


 リージアのビドーゴという発音は柔らかく、ルックにとっては初めて聞く森人の言葉だったが、その言語の格調高さが伺い知れた。


「その剣は常に周りにあるマナを集めるわ。今は大地のマナの強いこのラフカにいるから、少し青みがかかっているでしょう? まあそんなことはどうでもいいわね。宝石に込めたマナから魔法を使うときに、その効力を今までよりも数段高めるわ」

「そっか。ありがとう。

 僕はてっきりもっと奇抜な魔法が籠められるのかと思ったよ。借りてた剣も結構変わってたから」

「ふん、それは私の若い頃の作品よ。あのころはいろいろな魔法を試していたのよ。その剣は完全な失敗作ですけどね。あなたの体格に合うのがその剣しかなかったの。森人は見ての通りみんな小柄なのよ」


 ルックはリージアの籠めた魔法の威力をまだ知らなかった。もし知っていたなら、もっと大きな驚きを示していただろう。

 リージアはそんなルックを見て、いたずらな笑みを浮かべた。後になってルックが驚くことを思ったのだ。

 ルックはリージアにもう一度礼を言い、代剣を返した。


「それと、これは私の自信作よ。役に立つはずだから持って行きなさい」


 ルックから代剣を受け取ると、リージアは一羽の鉄でできた鳥を渡した。しだり尾の、手のひらに乗るほどの大きさの鳥だった。鳥の彫刻はとても精細で、羽の一枚一枚にいたるまで、きれいに彫り込まれている。目には黒く染まったアニーの宝石が填められている。いや、よくよく見るとその目は深い緑色だ。顔立ちは凛々しく、いかにも作り物といった調和の取れた造形だった。だが今にも鳴き出すのではないかと思えるほどに、活き活きとしている。


「すごいわね。これを買おうと思えばアルテス金貨が数枚飛ぶわよ」


 後ろで様子を見ていたリリアンが声を掛けてきた。


「金貨数枚ですって? それっぽっちじゃこの子の羽根一枚も買えないわ。まあ、素人の目には分からないのでしょうね。ルック、この子に名前を付けなさい」


 ルックはリリアンが気を害するのではないかと思ったが、リリアンはその物言いにも憮然とはせず、澄ましていた。


「名前って? この彫刻に付けるの?」

「私の贈り物よ。ただの彫刻な訳がないじゃない。さあ、早くしてちょうだい」


 そう言われても、と、ルックは頬を掻いて思った。生まれてこの方何かに名前を付けたことなどはない。急に言われても、いい名は少しも浮かばなかった。ルックは助けを求めるようにリリアンを見る。


「私を見たってだめよ。あなたが言われたのよ。あなたが答えなきゃ」


 リリアンはルックがどんな名を付けるのか、面白がっているようだ。ルックは本当に困り果て、真剣に鳥の名前を考え始めた。


「難しく考える必要はないわ。この鳥を見て、最初に浮かんだ名を付ければいいの。さあ、早くしなさい」


 ルックの思考を遮るようにリージアが急かす。目の隅でリリアンが吹き出しそうになっているのが見えて、ルックは恨めしく思った。

 鳥の名前と言えば、真っ先に思い付くのは魔法の創始者、大賢者ルーカファスの愛鳥、ロシアだ。だがそもそも鳥というのは自由な生き物で、飼われ、名を付けられるものではない。参考になりそうなものはそれくらいしか浮かばない。しかもルーカファスが何を思ってそう名付けたかなど、どんな文献にも残されていない。だからもちろんルックが知るはずはない。

 結局のところリージアの言うとおり、何となく思い浮かんだ名前を言うしかなさそうだ。しかしそれを口に出すことは、リリアンが面白がっているせいもあり、恥ずかしかった。

 いっそ恥ずかしさを紛らわすため、ロシアの名前をそのまま拝借しようかとも思ったが、その彫刻を見るとどうもぴんと来なかった。

 しかしこのまま何も言わないわけにもいかず、ついにルックは口を開いた。ロシアと言おうとしたのだ。しかしルックの耳には聞き慣れない名前が聞こえてきた。ルックは言い終わってから、それが自分の口から発せられたということに気が付いた。


「アラクナクト・ビーア」


 どこからその名が飛び出してきたのか、ルック自身訳が分からなかった。しかも二つの名を持つなど、まるで先日聞いた光の神の名のようだ。ルックは少し自分自身に寒気を覚えた。それはまるで、自分が自分でない者に支配されてしまったかのように、無意識の内にこぼれ落ちたのだ。


 ルックの付けた名は、何か特別な意味が込められていそうな名前だった。そのためかリリアンからは揶揄されることはなかった。

 リージアはルックが言った名に、満足そうに頷いた。

 するとルックとリリアンの二人は、思わず自分の目を疑うことになった。

 アラクナクト・ビーアと名付けられた鉄の鳥が、突然羽を広げ、ルックの方に飛んできたのだ。鳥はルックの耳元で細かく羽を震わせて、ゆっくりと向きを変え、ルックの肩に止まって、そして一声「ヒュー」と高く鳴いた。


「うそでしょ?」

「な、すごい! ちょっと考えられないよ。リージアはキーン時代の魔法師も超えてるんじゃない?」


 ルックの言葉に、老婆は胸を張った。


「当然じゃない。まあ、それに関しては必ずしも私一人の力ではないですけどね」


 リージアは意味深げにそう言うと、そこでシーシャが扉をノックして、朝食の用意ができたと三人に告げた。

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