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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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「それにしてもずいぶん探したんだよ。面白いくらい行き違いになってたみたいだね」


 ルックはティスクルスの宿の二人部屋にいた。クロックが用を済ませるまで、それとリージアの剣が完成するまでにはまだ時間があったのだ。部屋にはリリアンがいた。地味な青染めの短衣の上に、長袖の、袖口が広い外套を羽織っている。白に少し緑を混ぜた色合いのズボンは七分丈の飾り気のないものだ。クリーム色の髪を短く切りそろえ、隣にいるのに、どこか遠くを見るような目をしている。達観した眼差しだ。


「そうね。ふふ。そんな必死で探してくれたのね」


 揶揄するように言う声は、ルックの耳には心地よかった。低くよく通る声は、透き通っている。


「一度は諦めかけたけどね。あの手紙はやっぱり読めなかったの?」

「キルクに聞いたのね。そうよ。私は読み書きはできないわ。結局あの手紙にはなんて書いてあったの?」

「一日遅れるって書いたんだ。誰かに読んでもらえば良かったのに」

「人の手紙を誰かに見せるべきじゃないわ。そう思ったのよ」


 ルックはベッドに腰をかけ、リリアンは鏡台で短い剣を研いでいた。一年前ライトに切られた剣だが、さすがにもう修繕しているらしい。


「しばらくトップのところにいたんでしょ? 少し鈍ったんじゃない?」

「どうかしらね。実戦はしばらくしていなかったけれど、修練は続けていたわ」


 再会の後、二人は軽く食事をすませこの部屋に来た。ルックはまだ自分の旅の目的をリリアンに話していなかった。だがリリアンの実力が一年前と変わらないなら、リリアンにもぜひ手を貸してほしかった。

 懸念はあった。リリアンは危険な旅に出ることを、快く思わないのではないかと。

 キルクの話を聞いたルックは、平然として見えるリリアンの心に、浅くはない傷があるだろうと思っていた。


「そっか。ねえリリアン。リリアンはこれからどうするつもりでいるの? まだ僕と旅をしてくれるつもりでいる?」


 リリアンは剣を研ぐ手を止めて、驚いたようにルックを見る。


「何言ってるの? そのつもりじゃなきゃわざわざあなたを探さないわ。それとも何か気が変わったの?」

「まさか。僕が一年、どんなに楽しみにしてたか」


 ルックが言うと、二人は互いの言葉に照れたのだろう。笑みを見せ合った。リリアンは再び剣に目を落とし、丁寧に砥石を当て始める。


「ただね、旅の途中で、ちょっとやりたいことができたんだ」

「なに? 私も特に行く宛があるわけじゃないわ。付き合うわよ」


 リリアンの剣を研ぐ指を見ながら、ルックは少し逡巡した。それに気付いたリリアンが、再び横目でルックを見やる。


「うん、ありがとう。リリアンは片腕の話は聞いてる?」

「片腕って、今騒がれてるルーメスのことね。知っているわ」

「アラレルや、森人の光の少女や、僕の仲間のドゥールって言う人が、片腕の討伐に向かったんだ。けど数日前に、それが失敗に終わったって報せが来たんだ」


 ルックはなかなか本題を切り出せず、その周りからなでるように説明を始めた。


「そう。確かシュールのところを訪ねたときに、ドゥールがどうとか聞いたわね」

「アラレルたちは片腕に負けて、アラレルとドゥールは行方不明で、光の少女は亡くなったらしいんだ。

 僕はアラレルやドゥールがどうなったのか知りたいと思ってるんだ。それで、最終的には片腕を討ちたいと思ってる」


 話の流れを読んでいたのだろう。リリアンは驚きもせず頷いた。


「危険な旅になるのは分かってるんだ。他のルーメスも見逃せはしないし」

「世界を守る旅に出ようと言うのね」


 ルックが真剣に話したにも関わらず、リリアンはおどけて言った。


「悪くないわね。伝説でも作る?」


 軽々と言われてしまうと、なぜかルックはおかしく思えてきた。確かにルックがやろうとしていることは、大した武勇伝になり得るかもしれない。


「ちょっとリリアン、茶化さないで聞いてよ」

「茶化してないわよ。ただのルーメスならそれほど怖くないわ。私も十月くらい前に戦ったけど、私の水魔で一撃だったわ。片腕がどの程度強いかは知らないけれど、別に構わないわよ」


 ルックはリリアンの思いを計りかねた。けれどリリアンが仲間になってくれるというのは心強い。


「ただ条件があるわ。二つね。まず一つは、ルックがそれなりの戦士になったって証明して見せて」

「証明? 試合でもする?」

「そうね。それは後で考えるわ。後もう一つは、旅の途中で私が死んだら、そのときはルックも諦めてアーティーズに戻って」


 ルックは正直かなりショックを受けた。リリアンの言葉は、自分がルックを守ると聞こえたのだ。キルクはリリアンに「誰も守れるなんて思えない」と言われたという。そのリリアンがどんな想いでそう言うのだろう。


「僕は強くなったよ。リリアンにだってそう簡単には負けないよ」


 ルックは強がる。リリアンは何を思っているのか、優しい目をして微笑んだ。




 それから二日間、ルックはリリアンとティスクルスの宿で過ごした。ルックはこれまでの経緯と、クロックやルーンのことをリリアンに教えた。


「本気で片腕を討とうというなら、もう少し仲間が必要でしょうね」


 リリアンは冷静にそう分析した。ルックもそれには同感だった。アラレルとヒリビリアとシーシャの三人で勝てなかった相手だ。ルックはできればリージアに仲間になってもらいたいと思ったが、リージアは世界の歪みを抑えなければならない。他に腕の立つアレーがいないかと考えてみたが、浮かばない。


「リリアンはアラレルの他にも強い人がいるって、いつだか言っていたよね。その人は一緒に行ってくれないかな」

「どうでしょうね。無理だと思うわ。今生きているのか死んでいるのかも分からないのよ。でも別に、強いかどうかだけが問題じゃないわ。例えば木の魔法師で、毒霧の魔法が使えるだけでも間違いなく役に立つわ。どんなに強くても、魔法が使えないようなら意味はないと思うの。強いと言っても、アラレルがかなわなかったんでしょう? 片腕に体術はほとんど役立たないわ」

「そっか。対ルーメスに特化した人か」


 そう考えると、少しは可能性のある人がいるかもしれない。シャルグも一瞬とはいえ片腕の動きを封じた。影の魔法師でもっと魔法が巧みな者なら、何人いても助かるだろう。


「例えば呪詛の魔法師の使う土像なんかは役に立つはずよ。土像ならいくら壊されても痛くないわ」


 ルックはリリアンがそう提案した訳に心当たりがあったが、何も言わないでおいた。リリアンが土像の力を再認識するに至った理由は、半分は自分のためでもあるのだ。それを知られたら怒られるかもしれない。


 二人は今、ティスクルスの食堂で軽い食事をしていた。ティスクルスは山で採れた山菜に定評がある。アーティーズではあまり食べられない熊の肉や、珍しいきのこ類、それに豊富な山菜が茹でられ、山のように盛られている。

 食事が終わった後は、二人は森人の森へ行くつもりだった。リージアの家は広く、もし剣が完成していなくとも、寝泊まりはできる。リリアンは森人以上に狩りが得意だというので、最悪食べる物にも困らないだろう。わざわざお金を消費してティスクルスにいる意味がない。そうリリアンが提案したのだ。


 二人は宿を引き払うと、早速ラフカの集落に向かった。さすがにルックも三度目だったので、今度はあまり迷わずに着く。途中やはり、森人の誰かに見られていたようで、リージアが集落の入り口で二人を出迎えた。

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