③
「リージアは何か、ルーンの命を救う方法は知らないかな? 僕の知ってる限り、リージアほどの呪詛の魔法師はいないんだ」
「そう。それは深刻ね。その子は私とはまるで正反対ということね。魂の方が体から離れようとしているのよ。確かに私は強い力を持っているわ。世界のことも大抵の人よりは知っているつもりよ。でも、そうなった魔法師を救う方法は知らないわ。お役に立てなくて悪いわね」
リージアに少なくない期待を持っていたルックは、目に見えて肩を落とした。
「けど、これからあなたはいろんな呪詛の魔法師に会うんでしょう?」
「それはそうだけど、リージアほどの人はほとんどいないよ」
「そうじゃないわ。ちゃんと話を最後まで聞いてちょうだい。私の感じる限り、世界の歪みを正そうとしている中で、私より強い力を四箇所で感じるわ。世界の歪みを感じられるのは間違いなく呪詛の魔法師に決まっているわ。そこに望みをかけなさいと言いたかったのよ」
リージアの言葉にルックは再び希望を持った。確かに自分はこれからそれらの人を訪ね歩くのだ。
「リージアよりすごい魔法師がいるんだ。ちょっと想像が付かないな。でも大分希望が持てるよ。ありがとう。
それと、リージアはクリーム色の髪の、小柄な女の人を知らない? リリアンっていうんだけど、最近森人の森に何度か来てると思うんだ」
「何ですってっ?」
ルックの問いに、リージアは意外なほど驚きを示した。ルックもそのことに驚いて、二人で驚き合った。
「まさかそう。あなたがそれを知っていたなんて」
軽くため息を吐き出しながらリージアが言った。ルックは嫌な予感を覚えながら、控え目に問う。
「どういうこと?」
「どういうこともこういうこともないわ。何でそれを早く言わなかったのよ。おかげで私は二度もあんな何もないところまで行かされたのよ」
「ますます意味が分からないよ」
ルックはルーザーがまた会いたいとは思っていないと、リージアのことを語っていたのを思い出した。リージアはヒステリックで、もしこれが対等の相手であれば、ルックも怒り返していたところだ。
「あなたがあのジジドの木のある広場にいた前の日ね。そのリリアンという女はそこにいたのよ。余所者が通りすぎるでもなく、森人の森に止まっているのは異常事態よ。あの広場を見張っていた森人がすぐに私の元に報せに来たわ」
「あ、そのときは僕と待ち合わせをしていたときだ」
ルックはリージアが、ルーメスの出現を恐れ、直接あの場所を見張っていたのだと思っていたが、そうではなかった。リリアンがいたためリージアはあの場にわざわざ赴いたのだ。
そしてルックを探しに二度目に来たリリアンは、森人に強い警戒心を与えただろう。何か害をなすのではないか。そう勘ぐられていたのだ。
「そっか、ごめん。そんなことになってるなんて知らなかった」
「知らなかったじゃないわ。そのくらい気を回してくれても良さそうなものよ。何を考えてこの森人の森で待ち合わせなんかしたのかしら。でもそうね、確かにあの夢渡りをただの夢だと思っていたあなたが、この森にいたのはおかしな話だったわね。失念していたわ」
ルックはすまないという思いもあったが、そんな気をつかうことは、あのときの自分には無理だったと思った。森人の森の事情など露ほども知らなかったのだ。だがそうリージアに言い訳をすると、余計に気を逆なですると思い口をつぐんだ。
「まあいいわ。それでそのリリアンという女がどうかしたの?」
「うん。なんかいろいろすれ違っちゃってて、会えてないんだ。本当は旅の仲間に誘いたいんだけど。何か情報を知らないかと思って」
「そう、それは悪いことをしたわね。私は彼女を追い返したわ。土傀儡で襲ったのよ。確かにかなり強い子だったようね。本当は取り押さえて事情を聞くつもりだったのよ。けど結局は逃げられたわ」
リージアの話に、ルックはもう二度と森人の森で待ち合わせはしないと、心で誓った。
「それはいつの話? そんなに前じゃないよね?」
「ええ。つい今朝方の話よ。まだ遠くへは行っていないでしょうね」
今は昼を回った時間だ。今朝方ということは、ほんの数時間前だろう。
「そっか。それじゃあこうしてはいられないや。僕はもう行くね。リリアンのことは本当にごめん」
ルックが丁寧にそう断りを入れると、リージアは呆れたように肩をすくめた。
「まったく。今日は忙しい日ね」
ルックはそれからティスクルスの宿に向かった。もう覚えていないかもしれないが、アーティーズトンネルのロープウェイ職人がリリアンのことを見たかもしれない。
暗く足場の悪い森を抜け公道に出ると、ルックはマナを使った走法で駆けだした。通りは人が多すぎて危ないので、正確には公道の脇をだ。ティスクルスの宿にはすぐに着いた。ルックは宿を通り過ぎ、木造の小屋へ駆け込んだ。小屋にはここまで輸送した荷物を下ろす荷車や、また荷物を積む荷車、それに小屋の中に荷を運び、動くロープウェイに吊された皮の袋に器用に荷物を乗せる下働きなどで、賑わっていた。
「おお、お前はあんときの。さっきお前を探してあのお嬢さんが来たぜ」
ルックを見た優しい黄緑色の髪の職人が、ロープウェイを引く手を止めず、そう教えてくれた。ルックは邪魔をするのも悪いと思い、簡潔に聞いた。
「それでその人はどっちに行った?」
職人は首だけで北の方を指し、ルックはお礼を言って小屋を出た。
リリアンもルックと同じ事を考え、ロープウェイ職人を訪ねたのだろう。北へ行ったということは、アーティーズに戻ったのだろうか。
仕事をする人たちの邪魔をしないようにしながら、ルックはその場を離れた。そしてティスクルスの宿に入り、受付の男性にリリアンの特徴を告げた。
「他のお客様のことについてはあまりお教えできません」
一年前の受付の女性と違い、その男性は頑なにルックの頼みを断った。ルックは無理に聞き出そうとはせず、すんなりそれを諦めた。
「そっか、それなら支配人はいる? 少し縁があるんだ」
まじめな男は、支配人を呼びに行ってくれた。支配人はすぐに顔を出す。一年前同様、慇懃な態度の、上品な紳士に見えた。ルックは一年前彼に見事に値切られたことを思い出しつつ、彼にリリアンのことを聞いてみた。
半ばルックの予想通り、支配人は目を輝かせ交渉を始めた。あの後アラレルに聞いた話、これはいわば彼の趣味なのだという。
「知らないことはないですが、情報という物は得てして安いものではございません。聞くところによると、世界には情報を売り生計を立てている方もいらっしゃるとか」
ルックは楽しそうな支配人に、今度は簡単には行かせないと気構えた。急いではいたが、ルックは支配人が有力な情報を持っているとにらんだのだ。だがルックは少し考え、自分が強く情報をほしがっていると悟られるのはうまくないと考えた。
「一年前、破格の値段でルーメスを討伐したでしょう? 確かに情報は価値のある物だと思うけど、きっと快く教えてくれるよね」
支配人はルックが交渉の席に着いたのが、よほど嬉しかったのだろう。楽しいゲームを始めようとするように、鼻をこすり、舌なめずりをした。
「おや。あのときはてっきり報酬をお渡ししたと思っていましたが、まさか渡し忘れてしまいましたかね」
「確かにもらったけど、実際僕は急いでいるし、知らなければ知らないで大したことはないんだ。まあ、あのとき売った恩を計算に入れると、銅貨一枚以上は払えないね」
「銅貨一枚! それは確かにあなたにとって大した情報ではないのでしょうね。私は彼女が向かった正確な場所を知っているのですが、お急ぎとあれば仕方ないですね」
「分かったよ。銅貨二枚で手を打とう」
支配人はルックよりも明らかに数枚上手だった。ルックが情報を欲していることはすでに見破られているようだ。
「賢い者は情報は金に値すると言います。確かにあなたには恩がありますね。銀貨六枚が妥当でしょう」
「銀六枚だって? とんでもないよ。それならアラレルが二度もルーメスを倒せるじゃないか。ルーメス一体を倒す以上の価値のある情報なんてそうそうはないよ」
「あのときアラレルは私が銀六枚と提示したのを、遠慮なさって半値で受けてくれたのですよ。確かにルーメス一体分の報酬は高すぎましたね。では、銀五枚で手を打ちましょう」
完敗だった。ルックは内心、一年前の報酬を引き合いに出した自分の失言を呪った。たかが情報に、銀一枚でも高すぎる。普通はただで教えてくれて良さそうなものだ。ルックは渋々その話を飲もうと思った。
だがそこで、ルックの後ろから待ったがかかった。それと同時に支配人が額に手を突き天井を仰いだ。
ルックは急いで後ろを振り向いた。間違いない。この一年想い続けた。なめらかに響くアルトの声。落ち着いた、透明感のある声音だ。
「リリアン!」
振り向いたルックは、ついにここ数日探し歩いたリリアンの姿を見た。生成りな袖と裾が広がる外套と、薄緑色の七分丈のズボン。中に着ている短衣は前には見なかった青いものを着ていた。靴は足のくるぶしくらいまでを覆う黒いものだ。左手首には金色の籠手を付けている。
「久しぶりね。ところでルック、今興味深いことを言っていたわね。私の情報に銅貨一枚が妥当なの?」
ルックは感動の再会に喜ぶ間もなく、ぎくりとした。いつから聞かれていたのだろう。
「いや、それにはちゃんとした事情があるんだ」
「あとこうも言ってたわね。知らなくっても大したことないとか」
それはほとんど最初から聞かれていたということだ。ルックは焦り、縋るように支配人を見た。彼はきっとリリアンがいるのに最初から気付いていたはずだ。支配人は面白がるように目を光らせる。
「そうですね。あなたを弁護するのに銀五枚でどうでしょう?」




