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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 ルックは次の日の朝早く、森人の森へ向かった。ルーンは置いてきたが、それはルーンが旅の仲間にならなかったからではない。最終的にルーンはルックの説得に応じたのだ。だがルーンは街に知り合いが多く、しっかりと挨拶をしたいという事だった。ルックは本当に近しい人にしか旅に出ることを告げなかったが、ルーンは少ししか縁がない人にも挨拶をするのだという。

 森人の森にはリージアに預けていた剣を取りに行くのだ。そしてもしかしたらリリアンの情報も得られるかもしれないと思っている。


 ルックはしばらく公道を南下し、森人の森に入った。まだ日は明るいので森の中にも光はあったが、鬱蒼とした葉が生い茂るため、やはり辺りは薄暗い。そしてどこも同じ様な景色が続いているため、ルックは迷い、ラフカへは大分大回りをしてたどり着いた。

 ルックが歩く途中、全く気配は感じなかったが、森人の誰かに見られていたらしい。すでにルックの到着はリージアに知られていた。


「まったく。今日は忙しい日ね。まだ仕上がってないわよ」


 集落の入口でルックを出迎えたリージアは少し不機嫌そうだった。


「どうかしたの? 早く来たらそんなにまずかった? 少し聞きたいことと、伝えておきたいことがあったんだ」

「まずいと言うことはないわ。ふん、ずいぶん回りくどく嫌味を言うのね」

「えぇ?」


 リージアはただ機嫌が悪かっただけなのだろう。彼女はすぐにルックについて来いと背を向けたが、小言が続いた。ルックも次第に機嫌の悪さに気付いて、リージアの気が済むまでなじらせた。


 リージアの機嫌が悪いのには訳があった。リージアの家に、一人の来訪者があったためだ。

 彼は光の神官長らしく、シーシャの件でリージアに異議を唱えに来たらしい。リージアからその話を聞いたルックは、理不尽な気がして怒りを抱いた。リージアの八つ当たりにではなく、なんの罪もないシーシャの命を奪おうということに対してだ。


「別にジャチャムの意見が完全な間違いというわけではないのよ。

 あなたは闇の少女の話を迷信だと思っているのでしょうけど、過去に何度も光の少女を失った闇の少女が、厄災をもたらしているのよ。例えば深淵の魔法師デラもそうよ。今でこそキーン帝国は滅んでしかるべきだったと思われてるけど、少なくともその当時は別に問題のある帝国じゃなかったのよ。デラはキーンの魔法師を殺して回ったわ。それはただ単に、混乱を招くだけのものだったはずよ」


 リージアの説明にも、ルックはまだ腑に落ちないものがあった。だが世界は広く、自分の常識がどれほど狭いものであるかは、リリアンや二股の木の下の老人、テツの話ですでに知っていた。


「まあ、あなたが怒ってくれているようで、少しは気が晴れるわね」


 二人は家の中に入った。ジャチャムというのは決して悪い印象を与える人ではなく、五十がらみの白髪が目立つ男で、むしろ落ち着いた雰囲気は理知的だった。小柄で細身の男だ。


「今シーシャとも話をしたが、シーシャは死をも覚悟しているということだった。ベティク・マティマの教えに従うならば、闇の少女に慈悲をかけるべきではない」


 ベティク・マティマは光の神の名前だ。ジャチャムは命令をするようではなく、リージアの考えが正しいものであるのか確認をしたいようだった。責め立てるような口振りではない。しかしリージアは傲慢で、自分に意見を言うこと自体腹立たしいのだろう。辛辣な口調で言い返す。


「ふん、ベティク・マティマの教えね。それは一体何千年前の教えかしら。神だって心変わりをするものよ。ベティク・マティマに会ったこともないあなたに、彼女の何が分かると言うのかしらね」


 精神的にはリージアよりもジャチャムの方が成熟しているのだろう。ジャチャムはリージアの嫌味には反論せず、諦めたように首を振る。問題が深刻なので、かなり慎重になっていたようだが、神官長とはいえ長老の意見をむげにはできないらしい。いや、ただの長老ではなく、リージアだからこそむげにはできないのかもしれない。光の信徒で、実際に神と対話した者など、ここ何百年リージアしかいないのだ。


「分かった。あなたがそこまで言うのなら信じることにしよう。だが、もしもあなたの身にまで何かがあれば、そのときはシーシャも見逃せはしない。できればそうならないよう願っている」

「そうね。でもあなたにわざわざ教わる必要はないのよ。あなたは私の半分も生きていない赤ん坊よ。あなたが理解していることなんて、とうの昔に私は理解しているのですからね」


 あんまりな物言いだが、ジャチャムは冷静に非を詫びた。


「さあ、もう用は済んだでしょ。こっちにも客がいるのよ。さっさとあなたの集落にお帰りなさい」


 ジャチャムは少し物問いたげに余所者のルックを見たが、何も言わずに辞していった。ルックはリージアに促され椅子に腰をかける。長テーブルのある客間で、ルックはリージアと二人だけになった。


「悪い人には見えなかったね」

「当然じゃない。森人がろくでなしを神官長にするはずもないわ。さあ、それで話したいことって言うのは何?」


 リージアはまだ気が休まらないのか、ぶっきらぼうに言う。だがどうやらそれを気にしても仕方がなさそうだ。


「リージアは前、ルーメスが来ないように結界を張ろうとしてるって言ってたよね? そのことで、ある人から頼みごとをされたんだ。その人はリージアと同じように世界の歪みを抑えようとしてる人たちの使いなんだって。かなり腕の立つ人で、一緒にルーメスを倒しながら旅をすることになったんだ。その人が、リージアに来年の二十月の十九日に、歪みを調整する力を最大限に高めて欲しいって言ってるんだ」

「テスのメス? 一体どうしてなの?」


 二十月(テス)十九日(メス)。この大陸では月も日も二十ずつのため、それは年末の一日前ということだ。打ち合わせるにしては中途半端な日取りだ。


「よく分からないけど、一番大きい力が、その日だけは別のことをするからって言ってたよ。それだけ言えば分かるだろうって」


 ルックの言葉に、リージアはじっと考え込んだ。


「ええ、ええ。確かに分かるわ。この話を持って行くのが私だけではないということね」


 リージアは少し興奮したように一人納得をした。しかしルックはクロックから何も聞かされてはなく、不思議そうに首をかしげた。


「つまりテスのメスに私たちが力を使いきっても、テスのテスなら世界に掛かる負担が少ないだろうということよ。テスは知っているでしょうけど、大きいという意味でも使われる言葉ね。そしてその他にも完成を意味する言葉でもあるわ。世界がそれに受ける影響は大きいってことよ」

「そっか。つまりテスのテスは世界が一番安定する日なんだね。完成っていうのは、前に何かの本で読んだことがある。そんな意味があったんだ」


 ルックはようやく得心がいった。リージアは理解の早いルックに満足そうな顔をしていた。テスのメスで世界の歪みを抑えようとする力を全て使い果たしても、次の一日、テスのテスならば世界は安定する。その間に休んで、またその次の日、ティスのティスから抑える力を再開すればいい。ということなのだ。


「それじゃあその使いとやらに伝えてちょうだい。私はその話を了解したわ。さあ、それで聞きたいことって言うのは何?」

「うん。聞きたいことはいくつかあるんだ」


 ルックは一年前の話から、ルーンの置かれている状況についてゆっくり話し始めた。リージアもルックの真剣な目に、黙って最後まで話を聞いてくれた。

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