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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 彼らの家には、カイルとルーザー、それにルーンの姿があった。カイルはルックを見ると嬉しそうに声を掛けて、ルーザーを紹介してくれた。一年前の戦争で同じ軍にいたので、ルックはルーザーを見たことがあったが、話をするのは初めてだった。左右の目が違う方を向いていて、視線の向きが分からない男だった。顔立ちは控えめに言って良い顔ではない。しかし一礼してルックに名乗る話し口調には、噂通り理知的な雰囲気があった。

 二人は楕円のテーブルに腰を掛け、ギルドの依頼票の束に目を通しているところだった。そろそろ本格的に仕事を始めるのだろう。


 ルーンの様子はルックが思っていた以上に深刻そうだった。ルックが入って来たのにも気づかない様子で、虚ろげにテーブルに座っている。

 ルックはルーンのそんな様子をどこかでも見た気がした。あれは確か一年前、シェンダーの港町の宿にいたときだ。ルーンの夢の中に、リージアの言葉を借りると、夢渡りをしたときだ。

 ルックはにわかに不安に駆られた。帰空の魔法を自分の体に掛け死にかけていたルーンは、原因も分からず一命を取り留めた。だがルーンの体には今も帰空の魔法が残っている。ルーンは生きていることの方が不思議な、極めて不安定な状態なのだ。

 ルーンの異変はルックがいなくなったためではなく、ドゥールの身を案じているためか、それともついに来るべき時が来たのでは。

 ルックの頭に言いしれない暗い予感がもたげた。


「ルーン」


 ルックはルーンの名を呼んでそばに寄った。ルーンの肩に手を置いて、ルーンの注意を引こうとする。ゆっくりと、とても億劫そうにルーンが顔を上げる。とても虚ろな瞳だ。ルーンは目が大きいので、余計にその虚ろさが目に付く。

 ところがそれまでまるで生気のなかったルーンだが、ルックの顔を見ると次第に頬に赤みが差し、目に輝きが戻っていった。どう言うわけか本当にルックがいなくて落ち込んでいたかのように、見る見る元気を取り戻していった。


「ルーン?」


 ルックが不思議そうに問う。ルーンは今やすっかりいつも通りな快活な表情を浮かべていた。


「ルック! ビックリした。いつ戻ったの? あれ、まだ出てってからそんな経ってないよね。あ、さてはもうホームシックになったんでしょ」


 ルーンの豹変ぶりにはみな目を見張った。特に今日は異常なほどに暗かったらしく、それがとたんに元通りになったのだ。


「ルーンこそ、僕がいなくなって寂しかったんでしょ。……帰った訳じゃないんだ。ちょっと寄っただけなんだ」


 ルックは訳が分からなかった。本当に自分のせいでないかとも思い、そう言うことでまたルーンが落ち込んでしまうのではと思った。だがルーンはルックがまたすぐ旅立つと聞いても表情を変えなかった。


「あはは、ルックがいなくったって寂しくなんかないよだ。新しい仲間も増えたんだよ。カイルはもう知ってるよね。それからあっちに座ってるのがルーザーで、あとキルクって、あ、そう! あの農園で聞いたキルクなの! 今は農園に顔を出すように言って行かせたんだけど、キルクも仲間になるんだって」


 無理をしているようには見えない。何事もなかったようにルーンは話した。そしてルックのために何か軽い食事を用意すると行って、台所に向かっていった。


「驚いた。あんな元気なお嬢さんだったんだな。俺はてっきりシュールに担がれてるのかと思い始めてた」

「ああ、確かにね」


 カイルとルーザーが心底意外そうに言う。ルックも拍子抜けする思いでルーンのいる台所の扉を眺めた。


「俺も少し驚いたな。何かルックは心当たりはないか? 明らかにお前を見てから元気になっただろう。実は今日、シャルグも来ているんだが、シャルグを見てもルーンは何の反応も示さなかったんだ」

「そうなんだ。あ、そう言えばライトもシャルグが非番だって言ってたな。シャルグは今どこにいるの?」

「シャルグはヘイベイの所だ」

「そっか」


 ルックはシュールの言う心当たりというものを考え始めた。実は心当たりはないわけではない。リージアに言われるまでただの夢だと思っていた。ルーンも特に何も話さなかったから、やはりただの夢だと思っているのだろう。だが、自分が夢の信者だというなら、……


「心当たりか。多分誰も信じてくれないと思うけど、一年前、シェンダーでルーンがひどい状態になったときがあったでしょ? あのとき実は、僕は夢の中でルーンと話をしたんだ。夢渡りって魔法を使ってね」


 語り出すルックに、カイルが明らかに正気を疑うような顔をした。夢の話がいったいなんだと言うんだ。彼の表情からは声に出さずともそう聞こえてきそうだった。しかし彼もシュールやルーザーが真剣に話を聞くのを見て、慌ててまじめな顔を取り繕った。


「夢の中だったから、現実では見えないものも見えたんだ。あのときルーンには確かに死が迫っていたと思う。何か不気味なものがルーンにまとわりついて、ルーンを導こうとしているのが見えたんだ。

 ルーンはさ、カイルたちは知らないかもしれないけど、体に呪詛の魔法が掛かってるんだ。あのあと僕も調べてみたけど、呪詛の魔法を体に掛けて生き延びた人は、史上一人もいないんだって。けどルーンは死ななかった。それはでも多分、ルーンが死ななかったんじゃなくて、死がルーンを受け入れられなかったんだと思うんだ。何でそう思ったかはうまく説明できないけど、確かにそう感じたんだ。

 多分今でもルーンは、無理矢理生きてるだけなんじゃないかと思う。何か理由があって、体から魂が抜けないようになってるんじゃないかな」

「つまり今もルーンは生死の境にいるというわけか」


 とても現実的には思えないルックの言葉に、シュールは疑いを持たなかった。彼としても、あのときの出来事には理解できない不思議が多かったのだ。


「信じる信じないは別として、それならあの子の命をつないでいるのは何だ?」


 冷静にルーザーが発言する。カイルは表面上否定的ではなかったが、相棒の真剣な様子には驚いている。


「それはなんだろう。僕も分からない」

「おいおい、それじゃあ意味がないんじゃないか? 肝心なとこだろ。まあ俺はそのことは良く知らないけど、」

「いや、ちょっと待って」


 事態を楽観視しているのか、カイルが茶化すように言うのを、ルックは途中で遮った。手のひらをカイルに向けて、うつむいて考え込んだ。


「でもそっか。そうだとすると」


 ルックは独り言を言う。シュールは息をのんでルックが結論に達するのを待った。

 彼はルックの考えが核心を突いていると、何となくだが信じていた。ルーンの様子はまさに魂が抜け落ちたようだったし、ルーンが死の世界に近づいていたとするなら、あのときドーモンの死を知り得たのも頷けるのだ。

 シュールの思いの後半部分は誤りだったが、前半はまさしくその通りだった。


「あのときルーンは死を迎えようとしてたんだ。僕もルーンの夢の中にいられなくなって、ルーンから遠ざかろうとしてた。そこで確かに、大丈夫って言う声が聞こえたんだ」

「ふーん。夢の中にお前とルーン以外にも誰かいたのかい?」

「ううん。多分あれは、ある意味僕の声だったんだ」


 ルックの言葉は、はなから疑うものにはさらに謎めいて聞こえた。


「意味が分かんねえ。つまりルックがなんかして、ルーンを護ってるってことか?」


 考えることを放棄し、お手上げのポーズを取ったカイルが言う。しかしその言葉はまさにルックが出そうとしている結論だった。


「うん。そうだね。多分僕が何かをしたってことだね。そう考えれば、僕が戻ってきてすぐルーンが正常になった謎も解決するでしょ?」

「状況判断ではないのか?」


 中立的な立場でいたルーザーも疑わしそうにルックに聞いた。


「うん、違うよ」

「それじゃあ最初っからルックには分かってたことだろ? ルーンを置いて旅になんか出るなよ」


 ルーザーが自分と同意見になったと勘違いしたのか、カイルが揶揄するように言う。

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