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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 ルックはクロックに連れられ、街の安宿に来ていた。宿の主人に許可を取り、裏手の庭を試合場として借りることができた。奥行きは十歩分ほどしかないが、幅はかなりある長細いの庭だ。


 ルックとクロックは二十歩分ほど距離を取って対峙していた。


 クロックが持つのはむき出しの長い刃が三つ伸びる、見慣れない武器だった。それを彼は左手に付けている。まるで左手から長い爪が生えているようだ。少し稼働性のある握りに直接刃が付けられていて、読みづらい動きをするのだろうと思わせた。


 時はすでに夜で、明かりは宿から漏れるかすかな燭台の火だけだった。クロックは黒髪なので、警戒するべきはやはり抑影の魔法だ。明かりと影の位置には常に気を配らなければいけない。

 クロックの立ち姿は泰然としていた。かなり戦闘になれているのだろう。そしてそれだけの数を生き抜いてきたのだ。弱者であるはずはない。

 ルックはこの一年かなり戦闘をこなしてきたが、クロックの場合は生涯に渡って多く戦いをしているのだろう。純粋に剣技や間合い取りや読みなどでは、自分が劣っていると見るべきだ。スピードは現時点では分からないが、ルックには自信がある。だがやはり油断はできない。力比べもできれば避けた方がいいだろう。


 懸念は武器だ。相手の武器の性質が分からないのもあるし、借り物の剣にまだルックが慣れていないというのもある。接近戦は剣に頼らないで足技などを使った方がいいかもしれない。


 唯一間違いなく勝っていると思えるのは魔法だ。影の魔法はルックの知る限り、抑影以外は怖くない。

 魔法での勝負に持って行きたいところだ。大地の魔法も破壊的な魔法はあまりないが、その間に相手のスピードや力が知れれば、決定打も見えてくるかもしれない。


「おい、来ないのか?」


 対峙したまま考え込んでいたルックにクロックが言う。試合が始まっていたということにも驚いたが、大地の魔法師に時間を与えている余裕にも驚いた。


「なんだ、合図とかはないんだね」

「実戦にそんなものないだろ」


 当然のことだとクロックは言う。ルックもそれに異議はない。

 ルックは相手の余裕に甘えてマナを集め始めた。クロックもルックの集中をすぐに悟ったようで、身構えた。


「隆地!」


 ルックは手を突き魔法を放った。手の内を悟らせないため、小さめの魔法だ。それも狙いはクロックの足下ではない。二人の立つ間に、地面の壁が立ち上がる。二人はお互いの姿が見えなくなる。

 ルックはその隆地の左に向けて石投を三つ放った。宿が右手にあるため、影は左に伸びる。クロックが左手を取るだろうと読んだのだ。

 読みは当たった。クロックは左手から現れた。


「おっと」


 しかし石投は三つとも器用に動くクロックの爪に防がれた。死角からの攻撃に、声を出して驚いて見せる余裕まである。やはり腕は立つようだ。

 ルックは続けて石の手斧を作り、それを投じた。


「へぇ、早いな」


 クロックはルックの早打ちをほめ、難なく石斧をかわす。

 クロックは早打ちを警戒し、あえて歩いてルックに接近してきた。庭は奥行きがないため、脇を大きく回り込むことはできない。隆地を警戒してゆっくり動いた方がルックを追いつめやすい。

 クロックはルックを体術が苦手な魔法師と見たのだろう。確かに成人したとはいえ、まだ小柄なルックはそう見える。

 ルックは次にクロックの足下に隆地を放った。クロックは右に少しずれ、それをかわす。しかしルックは地についた手を離さず、すかさずまた隆地を打った。クロックはそれを軽く前に飛んでかわす。ルックはそこで細かくマナを操作し、立ち上がった隆地からさらに隆地を放った。地面と水平に、クロックの死角から大地の壁が立ち上がる。


「うお!」


 クロックは背中を突かれ、バランスを崩した。転ばなかっただけでも大したものだ。ルックはバランスを崩したクロックに石投を放つ。今度は爪で防ぎきることのできない、大量の石投を早打ちした。だがそのためわずかにマナを溜める時間がかかり、すでにクロックはバランスを立て直している。

 クロックは顔の前で腕を交差させ、その石投を受けた。一つ一つが軽い石なので、そこまでダメージはないだろう。だが動きの止まっているクロックに、ルックが石斧を狙い投げた。石投を受けきり、顔から腕をどけたクロックが見た物は、かなりの速さで飛来する石斧だ。


「なんだとっ?」


 声を上げこそしていたが、今度はクロックも必死の表情でその石斧を避けた。左へ全力で飛んだのだ。それを見逃さず、ルックが隆地の壁を作る。

 クロックは隆地に手を突き、うまく体を回してそれを避ける。

 こういった場面ではもう少し小さい隆地を作った方が効果がありそうだ。ルックは彼の身のこなしを見てそう学んだ。


「やるな。早打ちもそうだが、魔法の使い方もうまい」


 クロックは余裕のあるなしに関わらず、戦闘中に話をする癖があるようだ。

 ルックは両手に手斧を生み、同時に投げる。回転しながら飛んでいく斧を、クロックは爪を薙いで撃ち落とす。爪はそれほど力が込めやすい武器には見えない。小さめの石斧だったとはいえ、ルックはクロックの力の強さを悟った。鍔迫り合いの様な力比べはやはり避けた方がいいだろう。

 先ほど石斧をかわした動きから、スピードには自分に分があるように思えた。クロックの武器の動き方も大きなところは見ることができた。

 もう少し魔法を使ってクロックを接近させたら、石斧を持って突撃するのも手かもしれない。ルックはそう考えながら、石投と隆地と石斧を組み合わせてクロックを攻撃する。クロックはすべての魔法を見切り、徐々にルックとの距離を詰めてくる。


 ルックの目論見は外れた。

 二人の距離が五歩分ほどになったところで、クロックが急にスピードを上げ詰めてきたのだ。


 スピードは予想よりも上回っていた。視力強化を知っているとしか思えない速度だ。ルックは剣を抜く暇もなかった。クロックの爪が右から薙ぎ払われてくるのを後ろへ跳んで、辛うじてかわした。クロックはさらに踏み込み、爪を返して左から払ってくる。後ろにはそれほど距離がない。クロックの位置取りは巧く左への逃げ場も塞がれている。左利きのクロックの攻撃が左の方から来ることはほとんどないだろう。ルックは仕方なくこの機に右手に跳んでクロックの爪から逃れた。

 ルックは身を低くして、すぐに大地に手が着けられるような姿勢で跳んだ。クロックの右手に跳ぶということは、クロックの方に自分の影を伸ばすことになるのだ。クロックは予想通りルックの影を見逃さなかった。


「抑影」


 クロックが魔法を掛ける直前、ルックは手を完全に地面に付けた。そして抑影で体が動かなくなるのと同時に、自分の背後に隆地を放った。宿の明かりが遮られ、ルックはすぐに自由を取り戻す。

 片手で抑影を維持し、無理な体勢で爪を突きつけようとしていたクロックは、ルックの呪縛が解かれると見ると、慌てて体勢を立て直した。そしてその間を利用してルックが抜剣する。


「ち、失敗したな」


 クロックのつぶやきは、無理な体勢で攻撃しようとしたことについてだろう。確かに落ち着いて体勢を立て直されていたら危なかった。

 しかし今も状況は思わしくない。背中の隆地が消えれば、今度こそルックは打ち負かされる。どうにか広く空いた右手に逃げ出したいが、それをクロックに読まれ、追いかけられたらまた影を抑えられる。


 ルックは一か八かの勝負に出た。隆地が消える前に勝負を着けようと考えたのだ。

 クロックが爪で突きを繰り出してくるのを、ルックは冷静に見極め剣で受ける。どうにか左に流せれば儲け物だと思ったが、クロックもそれはさせてくれない。

 だがルックは思いの外簡単にクロックの突きを押し返せた。ルックの剣が三本の刃により、六つの音を立てたためだ。クロックは驚いて力加減を誤ったのだ。

 ルックはその機に乗じて上段から剣を振り下ろす。クロックがそれを爪で防ぐ。


 再び剣を合わせる堅い音が六つ鳴った。だが今度はクロックも驚いてはくれない。剣の特性の一つが見極められた。

 ルックは無理に爪を押そうとはせず、すぐに剣を引いて左から薙ぎを入れる。クロックはそれをわずかに身を引いてかわす。元々その攻撃はかわしやすいようにルックは浅く撃ったのだ。本命は二撃目、戻す剣からの薙ぎだった。

 クロックはかわしたと見るやすぐに爪を繰り出す。剣で受け流しにくい様、爪を開いて三点を突いてくる。器用なもので、そのすべてがルックの急所を狙っていた。

 だがルックはそれを避けようとはせず、あえて踏み込み、揚力で軽くなる剣に、さらにタイミングを合わせてマナで力を込める。

 明らかにルックの振る剣の方が速かった。確実に勝負が決まるタイミングだ。クロックは攻撃を諦め、左に体を流しつつ爪で受けようと腕を回すが、それも間に合わない。


「影法師!」


 早口にクロックが言うと、クロックの体から黒い影が抜け落ちた。予想外の早打ちには驚いたが、所詮は実体のない影だ。ルックは構わず剣を振り抜こうとした。

 しかし、意外にも何か柔らかい感触がルックの手に伝わってきて、剣の速度が鈍った。ルックの胸にためらいが生まれ、そうしてできた一瞬の間で、クロックに逃げ出す機会を与えてしまった。だがルックもその機に隆地の影から飛び出る。


 立ち位置が入れ替わり、二人の間に再び距離が生まれた。

 距離を取るとすぐにルックはマナを集め始める。先ほどの影法師の正体は気になるが、接近戦でも充分に戦えることが分かった。ここは精一杯にマナを集め、接近するクロックに何か罠を用意した方がいい。

 だが再びルックの目論見は崩れ去った。


「影法師」


 再びクロックがそう口にすると、ルックの周りに四体の影法師が立ち上がったのだ。

 影法師は四方からルックに掴みかかった。影法師にいったいどんな効力があるかは分からなかったが、捕まるわけにはいかない気がした。ルックは咄嗟にマナを手放し、右方の影法師を飛び越えた。

 地について影法師を見ると、四体の影法師はのろのろとルックに追いすがってきた。そしてルックの右手から、姿勢を低くしたクロックが走り寄ってくる。

 影法師は遅い。ルックは逡巡した後クロックに向かって自分からも駆ける。

 二人の剣と爪がぶつかる、六つの金属音が響き渡った。ルックはすぐにクロックの剣を左に流し、中段にひざで蹴りを入れる。クロックは流される力に逆らわず、体を捻って右腕で蹴りを受ける。ルックは背中から剣を払ったが、それは読まれていたようで、クロックは背を大きくのけぞらして跳んだ。着地するよりも速くクロックが爪を振り上げてくる。ルックは少し身を引きそれをやり過ごすと、剣から片手を離し石投を放つ。

 拳大の石投をクロックは右手で包み込むように流した。

 続けてルックが剣を振り上げる。クロックは軽く後ろへステップし、紙一重で見切った後に爪で突きを繰り出す。光が屈折し、間合いを読ませ辛いルックの剣は、クロックのすねを軽くかすめたが、クロックは意に介していない。


 攻守が目まぐるしく入れ替わる。いつもの大剣で戦えたならまだ打つ手はあったように思えるが、次第にルックはクロックに押され始めた。細かい体術の切れは、予想通りクロックに遙かに分があったのだ。

 のろのろと動く影法師もついにルックのそばまでやって来た。

 勝負があったように思えた。クロックが時間差で爪を操り攻撃してきたのを、ルックは受け間違えたのだ。影法師が近づいてきた焦りに、気を取られすぎた。大きく体勢を崩すルックを見て、クロックがにやりと笑んだ。


 だがそこで、勝負にケチが付けられた。二人のいる裏庭に、宿の主人が駆け込んできたのだ。


「おい、大変だ。二人とも戦士なんだろ! すぐに来てくれ」


 第一声、宿の主人が言ったのに、二人は目を合わせて首をかしげた。


「表の通りにルーメスが現れたんだ」

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