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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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「実は僕はリリアンと、僕が十五になった日に会おうって約束していたんです。一応かなり遅くなってしまったけど、僕は約束の場所に行ったんだけど、リリアンはいなくて」

「え? それは意外だな。あー、もしかしてちょっとからかいすぎたかな」


 トップは手ずからルックにお茶を入れてくれた。常温のヒニビス花茶だ。ルックはそのお茶を一口すすり、話の続きを待った。


「いや、実はね。申し訳ないことなんだけど、ルックくらいの年齢だと心変わりも早いから、もうリリアンとの約束なんて忘れてるよって、よくからかってたんだ。あ、もちろん本気で言った訳じゃないよ。君がそんな軽率な人じゃないのは分かってたからね。もしかしたらそれでリリアンが不安になって、待ちきれなくなっちゃったんじゃないかなって」


 トップは暗に、ルックがリリアンに見捨てられたわけではないと言ってくれているのだろう。考えすぎかもしれないが、思慮深いトップは、そういった心遣いを見せてくれているのではないかと思えた。

 実際ルックはリリアンがもう約束を忘れたのではないかと思っていた。一年ずっと楽しみにしていた再会が、かなわないのだと思っていた。だが、トップの言ったことからするとその限りではないようだ。


「つまり、リリアンもあの場所に向かってくれていたんですか?」


 強い強い期待を込めて、ルックは問うた。なるべく考えないように努めていたことが、実は自分の思い違いだったのだ。それはルックの胸に暖かい感情を抱かせた。


「ああ、うん。そのはずだよ。リリアンは最初からそれまでの約束でここにいてもらったんだから」


 ルックは思った。トップはリリアンにずっとここにいてほしかったのではないだろうか。だからトップは、リリアンを不安がらせるようなことを言ったのではないか。

 実際に、リリアンはトップに大事にされていたのだろう。トップにとってもリリアンはウィンの思い出を語れる相手だったのだから、もう少しそばにいてほしいと思ったのかもしれない。

 トップは落ち着いた口調で、優しい瞳で語る。


「戦争が終わってすぐはね、どうしようかってくらいリリアンは暗かったんだ。僕も大勢の仲間を失ってたし、本当は一日中泣き暮らしたいくらいだったんだけど、リリアンを見てたらそうするわけにもいかなくなったんだ。リリアンの仲間のキルクも、どこかに行っちゃったし、一応僕は彼女よりも大分年上だからね。何とか励まそうとしたんだ。

 まあ、結局そうしてることに彼女が気付いて、気をつかってくれたんじゃないかって思う。けど、なんとかまた前向きに考えてくれるようになったんだ」


 柔らかく軽薄そうな見た目のトップは、話し方もあっさりとした重みのない調子だ。

 しかしルックはここまで優しい気持ちでいられるトップを、とてもすばらしい人だと思った。大事な人を失って、しかも彼は多くの人の死に責任のある立場だった。単に泣き暮らしたいとだけ彼は言ったが、そうしたい衝動はどれほどのものだったか。


「僕はリリアンにはルックが必要なんじゃないかって思うんだ。リリアンはああ見えて一人でいられる人じゃないからね。彼女の過去にどんなことがあったのかは知らないけど、誰かがいるからリリアンは強くなれるんだと思う」


 ルックはキルクと話していたときのように、また強くリリアンに会いたくなった。一刻も早く、会って話をしたい。そうすることで何かが得られるというわけではないかもしれないが、その気持ちが逸るのを止められそうになかった。

 一年前からずっとそうだったのだろう。だが、一年ずっと思い続けたために、それはより色濃くなっていた。

 リリアンにルックが感じていた憧れや友情、好感は、今やより強く、ルックの胸に募っていた。


 ルックはトップの家を後にして、ティナの入り口近くにある酒場に入った。酒場はすいていた。ルックが入ったときには、十あるテーブルの内、たったの三つしか埋まっていなかった。しかもそのうち二つは、一人の客しか座っていない。

 中央のテーブルでは四人の男たちが大声で話をしているので、場は飲み屋らしい賑やかさだったが、他の二人の客は、それぞれ一人でいるのだから当然なのだが、とても静かだった。


「おやおや、今日は珍しいな。アレーのお客さんが四人も来るなんて」


 ルックはここで、食事がてら宿のある場所を聞こうと思っていた。アーティーズトンネルの近くにあるテスクルスは、少し値段が高い宿なのだ。できればもう夜も遅いし、このあたりの安い宿に泊まりたいと思っていた。

 酒場の中年の男性が言ったように、一人でいる男たちと、四人組の内の一人がアレーだったのだ。ルックが加わったことで、客はアレーの方が多くなった。アレーが大体百人に一人産まれることを考えると、大分偏った比率だ。


「本当だね。ティナにはアレーが多いって聞いたことあるけど、半分以上がアレーなんて珍しいね。あ、良かったら安くて暖まる物をもらえますか?」

「うん、分かった。ちょっと待ってておくれ」


 ルックは愛想のいい男性に銅貨を数枚渡すと、空いている席に腰を掛ける。アレーが多いというのは珍しいことだが、特に気にするようなことでもない。店員の男性はルックが座るとすぐにヒニビスの花茶を出してくれて、ルックはむしろ感じのいい店のことを考えていた。

 ルックがそうしていると、一人で来ていたアレーの内、黒髪の方が立ち上がり、ルックの向かいの席に腰を下ろした。動作がいちいち優雅で、悪く言えば気取って見える男だ。


「失礼するよ。一人か?」


 男は二十歳前後の歳に見え、気さくな笑みを浮かべていた。左右非対称の前髪と少しつり気味の目が特徴的で、背中には見慣れない武器を背負っている。


「うん。僕はルック。お兄さんは?」

「俺はクロック。なあ、君アーティス人だろ?」


 クロックは好奇のまなざしを浮かべ、机に両肘を突き、前に乗り出して聞いてくる。クロックと名乗った男を、ルックはとても好感を持って迎えた。いや、ルックの今の気分でなら、クロックが誰であっても好ましく思えただろう。それほどルックはリリアンの情報に浮かれていた。


「よく分かったね。それらしいことしたかな?」

「ああ。料理の名前を言わないで注文しただろう。あれは他の国の奴はあんまりやらないからさ」

「へえ、クロックは旅をしてるの?」


 他国のことに詳しいということは、特にこんな些細な風習を知っているのは、実際に大陸を渡り歩く旅人がほとんどだ。ルックは改めてよくクロックの姿を眺めた。

 服装はかなり洒落ている。キルクのような派手な恰好ではない。折り目の付いた黒い前開きのシャツをはだけさせ、その中には襟首の広い短衣を着用している。短衣からは引き締まった鎖骨が見えている。ズボンは少し太めのもので、裾を返して足首を見せていた。裾の裏地は赤紫と青紫で縦縞になっている。靴はルックと同じような革製のショートブーツだ。

 ルックの言葉には、クロックはただ曖昧な笑みを見せた。


「それじゃあここの店員には悪いことしたかな。変に思われてるかも」

「いや、大丈夫だね。君にはヒニビスのお茶が出されてるだろ。それはアーティス人が好む飲みのもだからな。あの人も気付いてるだろうね。それにここじゃアーティス人は珍しくないしな。あそこに座ってる男も多分アーティス人だ」


 クロックは少し得意げに話す。ルックは相手の気を悪くしないように、大げさに相槌を打っていた。


「ところで、クロックは僕に何か用があるの? それともただ話し相手がほしかったの?」

「ははは、まさか。話し相手なら綺麗な女性を口説くさ。ちょっと聞きたいことがあってね。俺は今、ある事情で腕の立つアレーを探してるんだ。君には誰か心当たりはないかい?」

「腕の立つアレーか。それならたくさん知ってるよ」

「あ、と言ってもそこら辺にいるような腕の立つじゃ駄目だ。並のアレーがまるで歯が立たないような、そんな奴を捜してるんだけど」


 ルックはクロックの意図は分からなかった。もしクロックがそういうアレーを腕試しのために探しているのだとしたら、不用意に知り合いの名前を出すわけにはいかないと思った。


「それなら僕だね」


 なのでルックはからかうようにそう言って、クロックの様子を伺った。クロックは困ったように天を振り仰いだ。長くため息を吐き出すと、ルックがふざけていると思ったのだろう、やれやれというように言う。


「分かった分かった。きっと君は強いんだろうな。じゃあ良かったら君より強いアレーを教えてくれないかい?」

「僕より強い? それならアラレルは多分そうだろうね。後は、……僕の知り得る限りアーティスにはいないんじゃないかな」


 ルックはアラレルの名前なら上げてもいいだろうと思った。勇者の名くらいは彼も聞き及んでいるだろう。そしてルックの言葉は決して嘘というわけではなかった。これなら心も痛まない。


「おいおい、本気で言ってるのか? たとえばアーティスには他にも黒影とか、青の暗殺者とか、いろいろいるだろ」

「シャルグなら僕はそう負けないよ。ヒルドウはどうだろう。僕は実際に彼を見たことはないんだ」


 クロックはルックを値踏みするように見てきた。ルックがふざけて言っていないという可能性に思い至ったのだろう。ルックはこれでクロックの真意が分かることを期待した。もしクロックの目的が正当なものなら、リリアンやリージアの名前を上げてもいい。


「分かった。それなら食事の後でいいから、少し試させてくれないか。俺は自分で言うのもなんだが、かなり強い。この大陸で今ルーメスが大量発生しているのは知ってるだろう? 俺はいろいろあって、そのルーメスを倒して回ったり、問題を解決するのが自分の使命だと思っているんだ。そのための仲間を探しているのさ」


 ルックは目を見開いた。それならルックにとっても彼は探していた人物だ。ルックも自分は彼の実力を知るべきだと考えた。


「あ、ただ無理強いをしたいわけじゃないんだ。命を懸けたものになるのは間違いないだろうし、無理にとは言わない。その気がないなら降りてくれ」


 ルックはクロックにどのような事情があるかは知らないが、少なくとも彼が本気で言っているようには見えた。

 ルックは突然の出会いに戸惑ってもいたが、クロックの決意を込めた目を見て、これを幸運だと考えた。


 導きの陰法師クロック。


 これはルックにとってはとても運命的な出会いだった。クロックの名は、ルックが織りなす物語や、語り継がれる伝説の中には必ず登場する。

 ルックの親友にして良き理解者だったとも言われるクロックは、ただただ偶然によってルックと出会ったのだった。

 この出会いはクロックにとっても、そしてこの大陸にとっても、極めて大きな意味を持つ出会いとなる。もしもこのとき二人が出会わなければ、私の生きた二千年後の世界は存在し得なかっただろう。そしてまた、はるか先の未来まで、……

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