『旅の仲間』①
第三章 ~陸の旅人~
『旅の仲間』
ルックはラフカの集落を後にすると、ティナへ向かった。剣はリージアの元に置いてきていて、代わりに彼は身長にあった剣を一本リージアから預かった。柄にしろ鞘にしろ刀身にしろ、ふんだんに魔法を籠められた剣だ。鞘や柄には複雑な魔法文字が掘られ、金カーフススの糸が鮮やかな模様に埋め込まれている。何かの花をモチーフにした模様だろう。広がる花弁が幾重にも折り重なっている様は、作り手の繊細な芸術思考を感じさせた。
刀身は中心を大きなくぼみが通っていた。そのくぼみには幾何学模様がずらずらと描かれている。そんなくぼみ以外は至って普通の形の剣だ。
剣一本に籠められる魔法にそれほどの威力はない。剣の大半を占める刀身が、マナをあまり通さない鉄でできているためだ。大抵の魔法剣の刀身には帰空の魔法や、剣を折れにくくし、切れ味を向上させる硬化の魔法が掛けられる程度だ。名剣と呼ばれる物の多くは柄に魔法が掛けられていることが多い。ヘルキスの持っていた旋風斧などもそうだ。だが柄に魔法が掛けられている物にしても、アレーの戦闘においては補助程度のものでしかない。キーン時代に滅んだ古の魔法具でもない限り、それほど魔法剣に大きな戦力はない。金銭的に余裕のないわけではなかったシュールのチームで、魔法剣をルックとライトしか持っていなかったのもそのためだ。
だがリージアの魔法剣は一つレベルが違う。刀身には揚力を生む魔法が掛けられていて、剣を返すとその剣の重さが変わる。実際に振ってみて感じたところ、振り下ろすときには重く、振り上げるときには軽い。慣れなければ自分の思い通りに剣を振れない危険があるが、慣れれば、特に二撃目に速い攻撃を与えることができる。
柄には刀身が立てた音を反響する魔法が籠められているようだ。小賢しいことのようだが、実際に剣を合わせたときに、そのことを知らない相手は、剣を打つ音が二度聞こえたら戸惑うだろう。真剣な勝負になると、その一瞬の戸惑いが致命的になる。
さらに柄には、鍔の部分に屈光という魔法が掛けられている。刀身が折れ、切っ先が実際にある位置よりも指の関節一つ分ほどずれて見える。これも自分がこの剣に慣れていなかったら自ら欺かれることになるが、敵の目を狂わせる効果はかなり大きいだろう。
鞘には刀身を呼ぶ魔法が籠められているという。鞘にマナを込めると、刀身が鞘に戻って来ようとするのだ。これはリージア曰く失敗作で、リージアとしては剣が鮮やかに鞘に収まることを想像して作ったらしい。だが実際は、剣は鞘の近くにずるずると引きずられてくる程度の動きしかしない。だが十歩ほどの距離なら確実に鞘のそばまで戻ってくるので、ルックにしてみればすごいことだった。もっとも何か戦闘の役に立ちそうではないが。
地味な魔法ばかり掛けられているようだが、一つの剣にこれだけの魔法が籠められているのは珍しい。それにただ切れ味を上げたり、剣を堅くすることにはあまり意味はないのだ。それに比べれば充分効果を期待できる剣だろう。
ルックは長大なアーティーズトンネルを抜けると、ティナの街を見下ろす高台に出た。ここから見るティナの街は非常に美しい。昼を回る時間のため街に霧がかかってはいないが、やはりティナは宝石箱のような街だった。
ルックがティナへ来たのは、リリアンの情報を得るためだった。一度は諦め掛けたが、片腕を討伐しに行くとなると強い仲間が必要だ。リージアに言われたときに真っ先に思い浮かんだのは、やはりリリアンのことだった。
リリアンはティナの軍を率いていた。責任感の強い彼女だから、この街まできっと同行しただろう。彼女の足跡を辿るなら、ここから始めるべきだと考えたのだ。そのためルックは真っ先にトップの館に向かった。トップは戦争で重傷を負ったということだったが、今はさすがにもう回復しているはずだ。彼なら快くルックの問いに答えてくれるだろう。
長い塀を辿っていき、ルックはトップの家の門にたどり着いた。門の番には見たことのないアレーが二人詰めていた。先の戦争で半数以上のアレーが死んだのだ。そこにいたのが見知った顔ではないのも当然だと思えた。
「こんにちは。僕の名前はルックです。トップに用があって訪ねたんだけど、通してもらえますか?」
門番は二人とも若い女だった。二人は突然訪れたルックに不審げな顔をしたが、すぐに一人が館の中へ駆けていってくれた。
「どんな用があって来たの?」
残った女はティナの人らしく、好奇心を隠そうともせずにそう聞いてきた。アレーとしての素質はかなり低そうで、髪は茶色が混ざった黄緑色だった。
だが二色の髪は珍しく、女性としての見栄えは良かった。
「ちょっと聞きたいことがあったんだ。それほど親しい間柄ってわけじゃないんだけど、前に一度会ったとき優しかったから、教えてくれるんじゃないかなって思って。実は今、僕は人を探してるんだ。お姉さんはリリアンって知ってる?」
「え? リリアン? リリアンならつい三日くらい前までこの屋敷で働いてたよ。残念ね。もう少し早く来れば良かったのに。あ、私はどこ行ったとかは聞いてないけど、トップなら聞いてるかもね」
三日前というのは意外だった。つまりリリアンはここでトップの護衛をしていたということなのだろう。
「そっか。それは意外だったな。でもだとすると」
ルックは思案げに言う。明るい感じの女性だったので、ルックは話を膨らませるのも悪くないのではないかと考えた。こう言うと興味を示すのではないかと思ったのだ。
「なになに? なんかあの人不思議な印象のある人だったから、なんかあるんでしょ」
狙い通りに、女は食いつくように言い出した。そこでふと、ルックは何かおかしく思えて吹き出した。ティナは犯罪も少なく平和なところだ。平和すぎる場所にいると、人は事件を望むようになる。いつか何かの本で読んだそんなことを思い出した。
しばらく女性と話をしながら待っていると、ピンクの髪の頼りなさげな色男が、一年前と同じように自らルックを出迎えに来てくれた。少し長かった髪は、今は短く切りそろえられている。
「ルック。大きくなったね。どうしたんだい? その様子だとまだリリアンには会えてないんだね」
「あ、まさかあなたリリアンの恋人なの?」
「え、なんの話よ。私にも聞かせてよ」
トップの言った言葉に、戻ってきた門番と二色の髪をした女は楽しげに話し始めた。世界の危機もこの二人には縁遠い話なのだろう。
門を離れ、トップに連れられ屋敷に向かう途中、ルックは呆れたようにトップに言った。
「門番があんな感じで大丈夫なんですか?」
「そうだね。護衛としてはあんまりかもね。でも一年前、生きて帰れた人があまりにも少なかったから、なるべく明るそうな人を多く雇ったんだ」
トップの返答は予想外に暗いものだった。ルックはキルクから聞いた、トップを愛して死んだ女性の話を思い出し、トップの心にある深いものを感じ取った。ルックはトップに同情を感じた。
それでもトップは明るく笑っていた。ルックたちもドーモンの死を乗り越えたように、トップもまた一つの峠を越えているのだろう。
ルックは広い客間に通された。戦争の報酬に使ったのだろう、前来たときここにあった、見事な翼竜の燭台はなくなっていた。高い天窓から光が射し込んでいる。
「リリアンのことを聞きに来たのかい?」
トップはすでにルックの用件を悟っていたようだ。ルックも忙しいはずのトップにあまり迷惑にならないよう、すぐに本題を話し始めた。




