④
ルックはシーシャの話を聞いて、アラレルとドゥールの生存の可能性を必死に考えた。村に戻ったときに、アラレルの姿がなかったというのはどうしてだろう。ドゥールを探しに行ったのではないかと思われる片腕が、シーシャたちの元に戻ってきたという事は……
嫌な予感が胸に宿る。
「やっぱりそうね。ヒリビリアの死は偉大だったわ」
シーシャの話を聞き終えたリージアは、静かな声で慰めるように言う。
「だってそうじゃない? そのおかげであなたは無事ビースに赤ちゃんを届けて、この森に帰ってきたんだから。ヒリビリアは、あなたとアラレルの子を救ったのよ」
「わ、私は、本当に生きていていいのでしょうか? もしこれから私が厄災を招くようなら、私も今すぐヒリビリアのいる、安らかなる光の泉に行きたいわ」
「馬鹿おっしゃい。あなたは生きるのよ。断じて私があなたを災いのもとにはさせないわ」
安らかなる光の泉、ミーサ・イリーシャ。光の宗教に伝わる冥土は、単なる迷信でしかない。それを知っていたリージアは断固として首を振る。
「シーシャ、今日はもうお休みなさい。ずいぶん疲れたでしょう」
「でも」
反論をしようとするシーシャの頬に、リージアは優しく触れた。真剣な眼差しに、シーシャの迷いを浮かべる瞳が合わさる。しばしの沈黙のあと、シーシャは素直に頷いた。
「せっかく訪ねてきたのに、騒々しくなってしまって悪かったわね」
シーシャが去ると、リージアはルックを見て言う。
「ううん。そんなこと言ってられないよ」
「そうね。ねえルック。一つ頼みたいことがあるんだけどいいかしら」
リージアの詫びの言葉はただの社交辞令だったようだ。彼女はすぐに話題を変えた。ルックは少し苦笑いしつつも、彼女の頼み事を黙って待った。
「あなた、片腕を討ってきてくれないかしら」
「えっ? 僕が?」
リージアは軽く言ったが、その目は少しもふざけていなかった。ルックは咄嗟に驚いて言ってしまったが、リージアの真剣な目に、深く考え出した。
「あなたは夢の神の信徒よ。分かっていて? 神に選ばれたという事は、それなりの理由があるはずなのよ。それにあなたは強いわ。ヒリビリアやシーシャすらも越える存在でしょう。決して無理なことではないはずよ」
ルックには自分にそれほどの力があるとは思えなかった。しかしリージアの気持ちは分かる気がした。リージアにとっても、ヒリビリアは大事な存在だったのだ。その仇である片腕を、野放しにはしておきたくないのではないだろうか。
それにルックはドゥールの行方も探さなければいけない。さらに、リージアたちにとってだけではなく、片腕は野放しにしていい存在ではない。
「そうね。ただ急ぐ必要はないわ。それにあなた一人でどうにかできるものでもないでしょうしね。とりあえずはまずあなたの剣を強化するわ。それからできれば強い仲間を集めなさい。あなたの剣はしばらく預かることにするわ。半月ほどしたらまた取りにいらっしゃい。その間にシーシャの鉄のマナも覚えさせておくわ。
私が知り得る限り、私を除いて、アラレルとヒリビリアとシーシャが最強の戦士だったわ。その三人で敵わなかった相手よ。あなたにも荷が重いでしょうけど、けど、あなた以外に可能性のある人を私は知らないのよ」
リージアの想いは、夢の旅人・ザラックたちの旅路を見た私にはよく分かった。アラレルたちが敗れたということは、片腕はそれだけで大陸中の人口を、それこそ半減させるほどの脅威だということだ。そうさせるわけにはいかない。彼女と彼女の仲間が命を懸けて護った世界だ。こんなことで揺るがすわけにはいかないのだ。
ルックが思っているよりももっと、リージアの想いは大きい。個人的な頼み事のようでいて、世界の命運を託そうと言うのだ。これもやはり、リージアがルックに夢の旅人・ザラックの面影を見ているためなのだろう。
しかし長い年月を生きた光の織り手は、ルックにそこまでの負担を感じさせないよう、あっさりとした口調で言った。
「私は次なる貴族クラスが来ないように、この一年大陸中に結界を張ろうとしていたわ。もちろん途方もない話だから、ほとんど効果はなかったけれど、それでも少しは役に立っているはずよ。私の他にもそうしようとしている力はいくつか感じるわ。あと四年、何とか持ち堪えれば光明もあるの」
大陸中に飛び火している歪みをどうにかすることなど、到底人のなせる技ではない。それは光の織り手・リージアですら例外ではない。だが、ディフィカたち闇の大神官や、他にも力のある者たちが少しはそれを抑えている。そのためどうにか世界の壁は崩壊せずに済んでいる。
あとはもうリージアには、あのとき自分が呼び出した夢の神の言う言葉を信じるよりはなかった。
彼は五年でこの事態を解決する準備が整うと言った。残りは四年だ。それまで出来る限りこの事態の被害を抑えなければならない。
和毛の道化た姿をした少年。口調からは少しも焦りが見えなかったが、彼にとっても今この状況が由々しき事態だということは間違いがない。彼がひとたび準備を整えたなら、リージアにも抑えきれない世界の歪みを、あっという間に修復するのだろう。
そして今この大陸を治める神が彼だとすれば、その彼に選ばれたルックならきっと。
そんな思いがリージアにはあった。
「そっか、分かった。四年か」
ルックはリージアの言葉を信じた。そして目一杯頭を回転させた。四年間ルーメスを抑え続ける。そのためにはもう戦争などはしている余裕はない。第一戦争では大勢のアレーが集まることになる。それはルーメスを呼ぶのだという。
アーティスを狙うカンやヨーテスも、ルーメスの発生は悩みの種だろう。だとすれば、リージアから聞いた話は大陸中に広めるべきではないだろうか。そうすれば少なくとも四年は戦争を控えてくれるかもしれない。
自分に片腕を討つことはできないかもしれないが、できることはもしかしたらあるかもしれない。駄目で元々、特に目的もない旅をするつもりだったのだ。リージアの頼みを聞いたとしても罰は当たらないだろう。
「それなら、行ってくれるわね」
リージアは確認するようにルックに言った。




