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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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『勇者の結末』①

   第三章 ~陸の旅人~


『勇者の結末』




 リージアはルックのことを気に入っていた。それは彼女が、ルックにザラックの面影を感じていたからだろう。しかしリージアはそれを面映ゆいと思ったのか、高慢にルックに頼み事をした。

 彼女は常に水鏡を維持するため、一定量のマナを放出していた。言うまでもないことだがそれは並大抵のことではない。リージアが唯一森人の森で気を休められるのはこの呪われた森だけなのだ。しかしここはいつ倒木があっても不思議ではなく、とても安眠できる場所ではない。リージアはルックに見張りを依頼すると、地面に横たわって眠り始めた。


 ルックはそんなリージアの隣で五時間ほどを過ごした。その間、なるべくリリアンのことを頭の隅に追いやり、剣についてを考えた。

 この魔法剣に記憶させるマナは、全部で最大五種類だ。柄のアニーが五個しかないためだ。一度形を覚えさせると、もうアニーは他のマナの形を覚えないという。覚えさせる魔法は慎重に選ばないとならない。八つある魔法のうち、自分が元々使える大地の魔法はほぼ意味がない。呪詛の魔法も使えるマナが多くなければ意味がないだろう。

 火の魔法はかなり有益に思える。旅をする上で、火の魔法があればいろいろな場面で便利だろう。水の魔法は、まだ調べていないので分からないが、水魔が使えるなら戦闘には役立つはずだ。木の魔法も少ないマナで大きめの魔法が使えると聞いたことがある。この剣の特性には合うかもしれない。鉄は鉄皮を使えるようになれば重宝するだろう。

 光の魔法は戦闘にも旅にも役立ちそうだ。そして何より、もしこの剣を刺すことで抑影が使えるのなら、闇は欠かせない。細かい魔法しか使えなくても、抑影ならばそれなりの時間相手を封じ込められるはずだ。そうすると、もう一つくらいは剣を持ち歩いていた方がいいだろう。

 あとは、二つのアニーに同じマナを入れておけば、より大きな魔法が使える。

 どのような組み合わせが一番だろうか。考えているだけで気持ちが逸るようだった。


 幸い、リージアの眠りを妨げるようなことは何も起こらなかった。目覚めたリージアは、大きく伸びをすると、満足げに笑んで「悪かったわね」と言った。


「じゃあ僕はそろそろ行こうかな」


 リージアが再びベールを自分に被せると、ルックはそう申し出た。


「あら、良かったらラフカに来なさいよ。一泊くらいはもてなして上げるわ。それにあなたの剣の刀身も、何か魔法を入れて上げるわ」


 リージアは大分上機嫌になっていて、口調も比較的柔らかかった。とりあえずルックは自分が朝食も食べていないことに気づき、リージアの誘いを快諾した。リージアはすでにまた老婆の姿に戻っている。種を聞かされたルックにも、リージアの姿に全く違和感を感じなかった。

 呪われた森を出て、二人は西に向かって歩き始めた。ラフカはリージアが暮らしている森人の集落だという。人口は多く、八百人ほどが暮らしているという。今はヒリビリアとシーシャはいないが、他にもあの戦争に参加したアレーが二人いるそうだ。

 二人が歩き始めて五クランほどすると、キーネの森人が木の上から突然飛び降りてきた。森人らしい、軽めのローブを羽織った小柄な男だ。彼はルックの姿に怪訝そうな顔をしたが、すぐそれを無視して、リージアの耳に何かを打ち明けた。


「なんですってっ?」


 男の言葉に、リージアは驚くほどに大きな声をあげた。何事かとルックは目を見開いてリージアを見る。男は気づかわしげにルックの方を見やる。ルックに聞かせてもいいのかという意思表示だろう。しかしリージアはお構いなしに男に言った。


「先に行って、私が戻るまでは何も事を起こさないように伝えなさい。もし間違いがあれば、全員の皮をひん剥いて火酒を浴びせてやるわ」


 リージアはまさか本当にそれをしたことがあるのだろうか。男は明らかに顔を青くし、すぐに来た方に向かって駆けだした。


「悪いわね、ルック。ちょっと急ぐわ」


 リージアは歩く速度を急に速めた。今まではルックに合わせてゆっくり歩いてくれていたのだろう。リージアの急ぎ足は、足場の悪さを一切感じさせないものだった。ルックはリージアが足が悪いと話していたのを思い出した。あれはなんだったのだろう。

 すいすいと木々をすり抜け、前を行くリージアにルックは小走りで付いていった。一体何が起こったのだろうかとは思っていたが、話しながら歩ける道ではない。そもそも森人の森には道というものがないのだ。


 ラフカという集落は、そこから丁度一時間ほどのところにあった。集落は家の中にいる人がほとんど出てきているのだろう。かなりの人数がひしめき合っていた。

 広い集落で、木の上や、幹に寄り添うようにして、百を越える家が造られている。石で組まれた家が多く、どんな建築様式を用いたのか、その組み方は独特で、どの家も似たような形の家はなかった。木の成長にいつでも合わせられるように、石と石の隙間は小石や泥土、枝などで埋められている。柔軟性は高い造りのようだが、それでもそれはある程度木々の成長の仕方を予測しているのだろう。木々の形が一つ一つ違うように、家の形もまた違うようだ。背の高い木の群れの中に突然現れた集落は、人の手が加えられても自然を崩しているようではなく、アーティーズにはない情緒があった。


「どきなさい」


 リージアは大音声でそう言った。老婆のしゃがれた声音を作りながら、良くこんな大きい声が出るものだと、ルックはのんきに関心をした。それとも彼女の声にも何か魔法が掛けられているのだろうか。

 リージアの声に従わない森人はなく、皆がみな、脇に避けるか、近くの木に飛び乗るかして道をあけた。森人の男は厳しい自然に鍛えられているためだろう、キーネでも相当な脚力があるようだ。枝から枝に飛び移り、家の屋根よりも高い枝まで、あっという間に登った者もいた。

 リージアは人々の間に出来た道を進んでいく。数本の木にまたがって出来た一際大きい家を越えると、そこには少しだけ開けた場があった。


 ルックはそこで見知った顔を三つ見た。と言ってもうちの二人は名前も聞いていなかったが、一人はアーティス人の間でも噂をされたほどの人物だ。

 紫色の髪をした線の細い女性で、五十ほどの年齢だ。前髪が目にかかっていて、内向的な印象を与える。今は二人のアレーに剣を突きつけられ、さらには縄で縛られている。内向的に見えるのは元々だが、今その目には明らかに覇気がない。断罪を待つ罪人のような有り様だ。

 リージアが三人の前に立つと、二人のアレーは剣を引いた。


「リージア」


 縋るように、紫色の髪の女性、シーシャは言った。後ろから付いてきたルックのことは目に入っていないようだ。ルックはさすがにそこに混ざるのは気まずく、少し離れて様子を見ることにした。事情は聞かされなかったが、ルックは何が起きたのかをひと目でほとんど予想できた。そしてそれと同時に、非常に大きな不安を感じ始めた。

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