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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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「まあ、普通はそうでしょうね。あなたはどうやら普通に育ってきたみたいだから、これから私が言うことはもっと信じられないでしょうね」


 ルックはリージアのその前振りに息を呑んだ。自分の家のことをリージアは知っているという。今までそれをそこまで気にしては来なかったが、聞けるというなら知りたいことだ。


「リージアは僕の親を知ってるの?」

「いいえ、私が知っているのは、あなたの祖父か、いえ、曾祖父か曾々祖父よ。アーティス人は子供を産むのが早いらしいから、もしかしたら曾々々祖父かもしれないわ」

「ふーん、それじゃあつまり、僕のその先祖が、リージアの知り合いだったんだ」

「先祖なんて言い方は止してちょうだい。まるで私が亡霊みたいに聞こえるじゃない。あなたの家は、私のその知り合いの代から、ある神を信仰しているわ」

「神? シビリア教じゃないの?」


 リージアは肩に掛かる髪を掻きあげて、ルックの目を見る。


「シビリア教の訳ないじゃない。あなたはスースドクシという、夢の神の信徒よ」

「え、何? ドクシ?」

「スースドクシよ。一体どういうセンスをしてるのか、神の名前は滑稽なものが多いのよ」


 スースドクシ。それは神代の言葉で導く者という意味なので、実際に夢の神の名ではないのだが、リージアもそれは知らないようだ。ただ彼女のかつての仲間、夢の旅人・ザラックが彼のことをそう呼んだので、それが名なのだと勘違いしたのだろう。


「スースドクシって、よく分かんないけど、僕はその信者になった覚えはないよ。まあ、僕の両親がどうだったかは分からないけど」

「いいえ、スースドクシは、言いにくいわね。夢の神でいいわ。夢の神は、自ら信徒を選ぶのよ。あなたは間違いなく夢の神の信徒よ」

「そんな、勝手にそんなこと決められちゃうの? まあ、別にどうでもいいけど」


 アーティスではほとんど宗教に対するこだわりはない。ほとんどみなが無神論者に近い宗教観を持っている。ルックも自分がなんの信徒だと言われようと、自分は自分だと考えていた。

 少し素っ気ない言い方だったが、本心からルックは「どうでもいい」と発言した。 


「まあ、私としてもどうだっていいけれどね。つまりあなたは、あのザラックの血を引いているのよ」

「!」


 だがリージアのその発言は、さすがにどうでもいいでは片付けられなかった。夢の旅人・ザラックと言えば、開国の三勇士や、狂人カスカテイドダスト、深淵の魔法師デラ、鉄人ミリスト、大賢者ルーカファスに並ぶ、大陸でも有名な伝説の一つなのだ。

 もちろん後にルックも、真実の青・ルックと言われ、その伝説の一つに名を上げられるのだが、まだただの青年でしかない今のルックには、それはかなりの驚きだった。


「まさか! この僕が?」

「ええそうよ。あ、ちなみにあなたが夢渡りなんて魔法を使えるのも、あなたが夢の信者だからよ。

 それと、あなたのその背に背負ってる剣、私がザラックに送ったものよ」


 はっきり言ってルックは、もう何にどう驚いていいのか分からなかった。事も無げに言うリージアの言葉は、どれもにわかには信じがたいものだった。第一、自分がそんな伝説の血を引く者だなどと、急に信じろという方が無理がある。ルックは当然のように、自分が担がれているのではないかと疑い始めた。

 ルックのそんな思いを敏感に感じ取ったのだろう、リージアが少し声を荒げて言う。


「言っておくけど、私に嘘を言わなければならない理由はないわ」


 それは確かにその通りだ。リージアはヘルキスとは違い、自分の力を利用する必要もない。リージアには充分な力があるのだ。


「だけどそんな」


 ルックは反論しようとしたが、じろっとリージアにきつく睨まれ、言葉をつぐんだ。どう考えても信じがたいことだが、冷静に考えてみればあり得ないことではない。そもそもルックの家に、家宝としてでもこんな魔法剣があったこと自体おかしなことなのだ。しかしリージアの贈り物だというなら、それも頷けた。そしてリージアがそんな魔法具を送るとなると、確かにルックの先祖がリージアに縁のあったことは間違いない。


「まだ信じられないというなら、これを聞いたらどうかしら。

 ……テス、朧なる世は明滅し始むるも、やがては陰を成す時来たり。見よ。茂れる時代は終焉を迎え、明のみの世に陰が生まるる」


 リージアの言葉は、神の書の一説の、比較的言葉の分かりやすい一節だ。リージアは恐らくその一節だけは覚えていたのだろう。そしてルックが、憑かれたようにその続きを口にした。


「陰は世を覆い尽くさんと四肢を伸ばすも、明なる者は希しくもそれを押し止めん。故に危うげながらも世は今ひと度の安寧を迎えん。よってこの世はヨスとなる」


 ルックはそれが自分の口からこぼれたことに非常に驚いた。ルックは確かに、それをおぼろげながら記憶していた。


「ふん、神の書はしっかりと今も持っているようね。しかも覚えるほどに繰り返し読んでいたのね。それなら自分のことも少しは気付いてても良さそうだけど」

「知らないよ。神の書なんて持ってないよ。ただ何となく覚えていただけで。三歳ぐらいからの記憶はしっかりしてるけど、そんな本を読んだ覚えはないよ」


 リージアは驚いたようにルックのことをしげしげと見た。


「まさか三歳までに読み聞かせられたことを、今でも覚えていたというの?」


 実際はルックは、父の書棚にあったその神の書を自分で読んで覚えていたのだが、ルックももうそのことは忘れていた。ただルックには頭の片隅にその神の書の言葉の流れが刻まれていただけだ。


「そっか。そういうことかもね。でも確かに僕が何となくそれを覚えてるなら、僕の家がシビリア教じゃない宗教をしていたってことなんだろうね」


 ルックはようやく、自分が納得せざるを得ないことに気付いた。だが結局のところ、ルックは宗教にも先祖にもそれほど興味は持てなかった。

 ルックにとってみれば、幼い頃にこの世を去った父と母の記憶はほとんどない。今の自分を形作っている記憶は、シュールたちチームの皆の記憶だった。そのことにルックは微塵の不満も持っていない。そのため、自分がどこの誰かと聞かれれば、シュールのアレーチームで育ったルックだと答えるだろう。そして家や宗教のことなどは、少しも誇りに思いはしない。それが例えあの夢の旅人の血筋だとしてもだ。


「ふん、あなたはもう自分という物を持っているようね。それなら別にそれで構わないわ。つまらないことを言ったようね」


 リージアは目ざとく、ルックのそんな機微を感じ取ったようだ。落ち着いた口調でそう言った。


「ううん、ありがとう。知っていて損なことではないしね。リージアはこれを教えてくれるために僕を呼んだの?」

「いいえ、それだけではないわ。あなたが剣を間違えた使い方していたのが気になったのよ。それを私が教えるのは、あなたが十五になって、家系のことを聞かされてからでいいと思っていたのよ。先に私が言うわけにもいかないですからね」


 この一年修行に明け暮れていたルックは、リージアのその言葉には興味を持った。もう強くなりたいと思っていた一番の理由は失ってしまったが、目的を失っても、幼い頃からの思いをすぐに放り投げられはしない。


「剣の使い方? この剣はマナを溜めておく以外に使い道があるの?」


 それはルックの剣に対する愛着のためでもあった。すでに思い出すことも少なくなって来てはいるが、この剣は実の親が遺してくれた形見だ。そして、今までずっと自分と共にあった物でもある。しかし最近ルックは、剣を持ち替えることも考え始めていた。ルックは魔法の上達が著しく、剣の力をもうほとんど必要としていない。それならば魔法に劣る体術を補うために、もっと扱いやすい剣を持った方がいいと考えていたのだ。

 しかし剣にまだ隠された力があるというなら、話はずいぶん変わってくる。ルックもこの剣を手放す必要はなくなるかもしれない。


「いいえ、その剣はマナを集めておくための物よ。正確に言うとその刀身は私の作品じゃないから、その柄がと言うべきね。その剣には、私が持っているこのベールと同じ魔法が籠められているのよ」

「ベールと? 水鏡の魔法が使えるの?」


 ルックの問いに、リージアは自慢げに笑んだ。それからベールを腕に巻き付けて、マナを集め始めた。ベールを巻いた腕を左に向け、ルックに見てなさいと言ったリージアは、


「水砲」


 小さなつぶやきと共に魔法を放った。


「すごい、水鏡だけを封じてるんじゃないんだ」


 ルックはリージアの手から放たれた水の弾を目で追うと、感心したように言った。

 特定の魔法を仕込んで、それを発動させる魔法具は少なくない。例えばヘルキスが振るっていた旋風斧等はその類の魔法具だ。握り方を変えると炎風の魔法が吹きだし、急激に向きを変える。

 だが一つの魔法具で二つ以上の魔法を生み出す技術は、キーン時代の失われた呪詛の魔法の中にもないはずだ。リージアの魔法具はそれを事も無げにしてのけたのだ。


「当然じゃない。私の作った魔法具よ。

 あなたの持っている剣もこれと同じことが出来るわ。あなたの剣のアニーは、一つ一つがマナの形状を記憶するのよ。一度形を覚えさせたアニーはどんな形のマナを流し込んでも、必ず記憶した形に変えるわ。つまり、マナの繰り方さえ知っていれば、私みたいな呪詛の魔法師でも水鏡や水泡を使えるってことよ。ま、あなたに難しい説明をしても分からないでしょうけれどね。

 マナの形を覚えさせるのはそれほど容易じゃないわ。かなり力の強い魔法師でないと出来ないでしょうね。二刻は同じ形でマナを与え続けなければならないわ」

「二刻って二時間ってこと? それは確かに難しそうだね」


 マナには実際に形はない。けれどマナの形をイメージすることは魔法を行う上で必要不可欠な行為だ。使う魔法によっては微妙にマナの形状、いや、配列と言った方が近いだろうか。それを変えなければならない。だが同じ形でマナを維持し続けるのは容易なことではない。大魔法師になればなるほどマナをイメージする力、集中力が強い。ドゥールが三つの魔法しか使わないのもこのためだ。使う魔法の種類が少ないほど、頭に焼き付けておくべきマナの形状も少ない。


 ちなみにルックやリリアンの場合は、一気にマナを多く集めるため、それほどの集中力を必要としない。シュールは魔法に使えるマナが生まれつき多いので、もちろん集中力もかなりのものだが、やはりそれほど多く集中力はいらない。

 二時間マナの形状を維持し続けるとは、二時間ずっと乱れない集中を続けるということだ。ルックには少し無理なことに思えた。


「そうね。私もこのベールにマナを記憶させられる魔法師を探すのに、一年かかったわ」


 ルックは正直、胸が高鳴るのを抑えられなかった。リージアの言葉が本当なら、自分がこの剣を持ち続けるに充分な理由になる。


「じゃあ僕でも水鏡が使えるんだね。今まで大地の魔法しか調べてなかったけど、もっといろんな魔法を調べなきゃ」

「馬鹿ね。その剣にも限界はあるのよ。このベールよりも圧倒的にその能力は低いわ。あなただって剣のマナ全部使うよりも大きな魔法が使えるでしょう? 水鏡みたいな大がかりな魔法は無理よ。私のこのベールにしたって、水鏡を大分簡略化した魔法が使えるくらいよ。とても本物ほどの精度はないわ」

「そっか。それもそうだよね。でも上手く使いこなせば重宝するのは間違いないよ」

「当然じゃない」


 リージアは胸を張って威張って見せた。話し方も少女のようで、こうすると本当に百年以上生きているとは思えない。ルックは少しおかしく思えて、口の端に笑みを浮かべた。


「ありがとう、リージア。僕のおじいさんと親しかったってだけなのに、僕にまでこんな親切にしてくれて」

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