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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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 ルックは自分の名を呼ぶ声で目を覚ました。聞き覚えのある声だ。しわがれた、しかし生気にあふれる声で、ルックがなかなか起きなかったことに苛立っているようだ。

 ルックはどんどんと剣呑になっていく毒舌に、少し気分が悪くなりながら返事をした。昨日は剣も下ろさず眠ったのだ。体が固くなっていた。

 ルックは高い位置にある枝からすぐさま飛び降りた。ふわりと優しく着地し、目の前にいる人物に挨拶をする。


「おはようリージア」


 若いときにはさぞもてはやされただろう、透明感のある白い肌。森の精でも現れたのかと思うほど、光に良く映える薄緑色の髪。

 強い意志を伺わせる目は、齢百四歳になろうかとは思えないほど若々しかった。着ている物は森人に多いゆったりとしたローブで、今はさすがに寒さのために、さらに上から淡い水色に染められた外套を羽織っている。袖のない外套にくるまる体は、とても小柄だ。右手には木で出来た杖を持っていて、それに縋るようではなく、しっかりと両足で地面を踏んでいる。


「ずいぶんと寝起きが悪いようね。あまり美徳とは言えないわ。久し振りね。ルック。少し背が伸びたかしら」

「まあね。あまり思ったほどは伸びてないけど。こんな朝早くからどうしたの?」


 ルックはリージアには慣れた口調で話しかけた。彼女とはまだ今より丁寧な口調を意識していない頃に知り合ったのだ。


「どうしたのですって? ここは森人の森よ。私がいたところでおかしな話ではないでしょう。ジジドの木は空間に歪みを生みやすいのよ。この時世ですからね。見張っていたのよ」


 リージアはルックの言葉を否定しながらも、しっかりと質問に答えてくれた。


「そっか。確かに僕はあなたたちの土地に踏み入れてきていたんだね。空間に歪みを生みやすいっていうのは、ルーメスが現れやすいってこと?」


 リージアはルーメスの発生について、シュールの遙か上を行く知識を持っているようだ。リリアンに会えなかったことを思うとまだ明るい気持ちにはなれなかったが、ルックは好奇心から話を掘り下げた。


「ええそうよ。ジジドの木に限らず、アレーが多く集まる場所にも現れやすいわ。と言っても、一つのジジドの木にルーメスが現れるのなんて、普通何百年に一度でしょうけどね。けれどこの一年で少なくとも二度ルーメスがここに出現したわ」


 リージアはその情報を国に売れば、それなりの礼金が与えられそうなことをさらりと言ってのけた。

 ルックはもちろんそれに驚いたが、それは自分が知らないだけで、知っている人は知っていることなのだろうと思った。


「ふーん。知らなかったな。だからリージアほどの人がここでこうして見張ってたんだね」

「まあ、それだけじゃないけど、あなたには関係のない話ね。それはそうと、ようやくあなた十五になったのね。待っていたわ。それじゃあ行きましょうか」


 彼女のペースはいつでも気ままで、ルックは多少辟易した。その一息で言った言葉にいくつもの疑問を感じたが、リージアはすでにルックの脇を通り過ぎ南に向かって歩き出していた。


「ちょっと待ってよ! 待ってたって、僕がここに来るって分かっていたの?」

「何を馬鹿なことを言っているのよ。あなたあれほど強く約束したじゃない。まさか忘れた訳じゃないでしょう?」


 歳に似合わない、少女のような口調でリージアは口をとがらせた。


「約束って? それにどうして見ただけで僕が十五になったなんて分かったのさ? 僕、リージアに年齢を言った覚えはないけど」


 リージアだけではなく、ルックは森人の誰にも歳を明かした覚えはない。彼は森人たちを率いる立場になっていたので、本当の歳を言ってなめられるわけにはいかないと思い、その部分には触れなかったのだ。


「だってあなた、十五になったからここに来たんじゃないの? 呆れたわ。本当に忘れているようね」


 ルックには本当に彼女が何を言っているのか分からなかった。


「だから約束ってどの約束さ。いつそんな約束をしたの?」

「あの夢の中でよ」


 リージアはこともなげに言う。ルックはこの老人の気は確かなのかと訝しんだが、彼女はどこもぼけてしまったようには見えない。

 だがルックはそこで、自分に一つ思い当たる節があることに気がついた。


「まさか、あのラフカに来いって言ってたのって」


 言ってから、ルックは少し後悔した。あれは戦争が終わろうとするとき、ルックが夢に見ただけのことだ。あのとき以来、ルックは不思議な夢を見なくなっていた。そのため、確かにあのときは自分の夢ではないと確信していたはずが、今ではやはり自分の夢だと思ってしまっていたのだ。その自分の夢の話を持ち出してリージアに問いかけたのはすごく愚かしいように思えた。


「そんなの当然じゃない」


 だがリージアは、ルックの話を肯定した。ルックは余計に化かされているような気がして、訝しげな顔になる。


「あなた本当に十五になったの? まさか何も聞かされていないっていうんじゃないでしょうね?」


 リージアの話はますますよく分からなくなっている。聞かされるって? 僕が十五になったことと何か関係があるの? と、疑問は際限なく上がってきたが、どれから聞けばいいのかも分からない。


「ごめん、本当によく分からないよ。一から説明してもらってもいい?」


 結果ルックは降参とばかりにリージアに聞いた。リージアの機嫌を損ねるかもしれないと思ったが、どうやらその様子はなく、リージアは「分かったわ」と言って話し始めた。


「あなたは夢渡りと言う魔法が使えるのよ。それに気付いた私は、あの日あなたを自分の夢に呼び寄せたのよ。本当ならあなたが十五になったとき、あなたの親からそのことが打ち明けられたはずなのよ。どういう訳かそうはならなかったようだけど」

「そっか。そうなんだ。何となく分かる気がする。確かにあのときは僕も普通の夢じゃないって思ってたから。僕の両親は十二年前の戦争で死んだんだ。僕は孤児になったからそのことを聞いてなかったんじゃないかな。僕の家に伝わる魔法があったっていうことでしょ?」

「そう。そうだったのね。あなただけでも生きていてくれて良かったわ」


 家に伝わる魔法。ルックはそう言ったが、実際そういう物があるというのは聞いたことがない。だが世界には知らないことも多い。そういうものなのだろうとルックは納得をした。


「家に伝わる魔法というのは正しくはないかもしれないわ。でもまあ、今はそう思ってくれていいわ。あなたの親がもういないというなら、後で私があなたに教えてあげるわ」


 ルックはようやく話が見えて来だした。いくつかの疑問が解消されたので、そこで改めて質問をした。

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