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「それでどうしてキルクはリリアンと別れたの?」
「そのことに、それと他の面々が死んでしまったことにも、リリアンはひどく落ち込んでな」
キルクの言い方はそれが全てだと言うようだったが、酒が回ってきたのか、少し遠い目をして、独白するように話を続けた。それはルックにとってとても興味のある話だった。長い話になったが、終始黙って聞いていた。
「あいつは元々不思議な奴でな。どっか掴み所がない奴だった。最初に会ったときもとにかく馬鹿でかい魔法を放つ奴で、これは使えるんじゃないかと声を掛けてみたんだ。体術はあのときはまだ俺よりもできなかったが、あの魔法はきっとこんなところでくすぶらせるものじゃねえと思ったんだ。
ああ、あいつと俺らが出会ったのは、ヨーテスの深い森の中でな。あいつは、と言うよりあいつの家族は、あの地方では爪弾き者だったらしい。
今まさに死のうとしてる両親に、医者を呼ぼうと駆けずり回ったが、村の奴らはことごとくその要望を無視したらしい。表面的には忙しいとか何とか理由を付けていたらしいが、まだ七つかそこらだったあいつも、自分の両親が見捨てられたことを悟っていたみたいだ。
いや、そもそもあいつは断られる事を予測していたんだろうな。どっか達観した目で仕方がないなんて言ってた。
俺らも旅をしていたから、多少の医療の知識はあったんだが、それでもあの子の両親の病は治してやれなかった。
そんで両親が逝くのを看取ったあいつは、俺らに付いてくることになった。俺は魔法が苦手だし、他の二人は金髪だったからな。魔法師は大歓迎だった。
それから旅をしていくと、俺らはあいつの異常さを知った。七つのガキのくせして、やたらと速く動けたんだ。あいつが十歳になったとき、俺らの誰もあいつには太刀打ちできなかった。元々速かった上に、あいつはなぜか寝る間も惜しんで修練を積んでたからな。
んで、あいつが十歳になってしばらくしてから、俺らはある依頼のせいで離ればなれになっちまったんだ。他の二人にはすぐまた会えたんだが、リリアンにはなかなか出会えなかった。あいつが俺らを探してなかったせいもある。ただこれはあいつが俺らを嫌いになったって訳じゃねえ。いつもどっかクールでいるくせに、あいつは俺らに引け目を感じていたんだそうだ。そんなわけはないのに、足手まといだなんて思ってたらしい。
とにかく俺らはあいつとまた会うまでに、二年かかった。それでな、十二になってたあいつと会えたのは、俺とウィンだけだった。もう一人の仲間は、リリアンを見つけるひと月くらい前に、依頼でしくじっちまってな。逝っちまったんだ。
リリアンにそれを話したら、いたたまれないくらい後悔してやがった。自分がいれば助けられたかもなんて言って、別に泣き叫んでたとかじゃねえが、えらく後悔してた。
それまでもそんな気配はあったが、それからあいつのそれが顕著になってきた。あいつにとって俺らは、護るべき存在になっていたんだ。
若干悔しい気もしたが、久し振りに会ったあいつはとんでもない戦士に成長していた。それまでだって充分強かったんだが、体術は人間の限界を超えたんじゃってほどで、剣の腕も尋常じゃなくなっていた。
まあ、結局会わない間にあいつに何があったのかは言ってくれなかったが、何かがあったことは間違いねえ。
ちっ、酒がなくなっちまったな。
おいっ! 俺に一番強いのをくれ!
それでだ。それから俺らはあいつにおんぶ抱っこで旅をした。少しでも危ない仕事にはあいつ一人で向かっていった。あいつの強さは本当に半端じゃなかったからな、仕事もほとんどあっと言う間に終わらせて、俺らの旅はぐっと楽になった。
正直俺とウィンは申し訳なく思ったほどだ。まあ、俺はともかく、ウィンの奴は本気で悪い気がしていたみたいだな。
それまではヨーテスやアーティスや、南の国を中心に旅をしていたんだが、あいつが戻ってからは文字通り大陸全土を渡り歩いた。割とその数年は平和だったな。ま、
おっ、ご苦労。
まあ、辛い出来事も多かったが。
それでなんだ。ほら、本題が分からなくなってきた。
……
あぁ、そうだ。そんであの戦争があったんだ。
あ、そうだ。これはここだけの話だが、実は俺らは三年前、ティナ・ファースフォルギルドのトーナメントに参加したんだ。そんときリリアンは何回戦目だったか、早い段階であのアラレルと試合をしたんだ。この話は知ってたか? それで俺はな、十二歳から初めてあいつが負けるところを見た。正直な話、俺はそいつにちょいと安心したんだ。なんて言うかな、あいつも人間だったんだって、そんなことを思ったんだ。
ああ、それであの戦争の話だ。俺らはカン軍に負けてはなかった。実際かなり上手く事が運んでいたんだ。だが敵の中から、若い女が現れたかと思うと、得体の知れない黒い魔法で俺たちを飲み込んだんだ。海側で戦ってた俺は、いち早く危険を察知したリリアンの叫び声で、咄嗟に海に身を投げた。間一髪それで事なきを得た。
だがウィンは、もしかしたら自分一人だったら逃げられたのかもしれないが、後ろのトップを隠して、逃げなかったんだ。敵の黒い炎に灼かれて、死んじまった。
トップもかなりの負傷を負ったし、半分以上がその炎で殺された。とにかく信じられない魔法だった。
そんなもの、一人の力でどうこうできるものじゃないんだ。リリアンにだってそれが分からない訳はない! ただ、ただ多分、理屈じゃないんだ。
それからのリリアンの塞ぎようは、ちょっと口じゃ言い表せねえな。ついにあいつは、もう自分には誰も守れるなんて思えないとか言って、そんでまあ、色々思うところがあって俺はあいつと別れた。
実を言うとな、俺は大分あいつに感情移入しちまってるらしい。今俺が旅を続けられねえのは、死ぬのが怖いからなんだ。俺が死んだという事をあいつがどっかで知っちまって、落ち込まれるのが怖いんだ」
酔いが醒めてきたのか、キルクは少し愚痴っぽくなったことを恥ずかしく思ったようで、そこで話を終わらせた。
ルックはその生き様のほんの少しを聞いただけで、彼らがどれだけ起伏のある人生を歩んでいたのか、と思った。
食い入るように話を聞いていたルックは、そこで視線をグラスに注ぎ、灼けるような酒をまた一口あおった。せき込みこそはしなかったが、やはりひどい味だと思った。
「つまんねぇ話をしちまったな」
「ううん、聞けて良かった」
灼ける喉をこらえながら、ルックはか細く言った。
ルックは話を聞きながら残りのスープとパンを平らげていた。キルクともう少し話をしたい気もしたが、リリアンに一刻も早く会いたくなった。
「キルクはこれからどうするつもりなの?」
「俺か? 俺はまあ、まじめに働くって柄じゃあないからな。農園に戻ったところでな。顔は一度見せに行こうかと思うが、その後はどうするかな」
「そっか」
「ティナかアーティスで、ギルドに入るのもいいかもな」
キルクの話が長かったため、店の客は大分減っていた。五の郭は朝の早いところで、皆それほどここに長居はしないようだ。
せわしなく働いていた女性も今はお盆を脇に抱え、することもなくふらふらしていた。
ルックはふとあることを思い立ち、女性に紙と筆をもらえるように頼んだ。キルクが訝しげに見るのに「ちょっとね」などと答え、女性がそれらを持ってくると、事情を話し始めた。
「もしよかったらなんだけど、僕が今日までお世話になってたチームが、新しい仲間を探してるんだ。僕が紹介状を書いておくから、気が向いたら訪ねてみてよ」
カイルがそうであったように、ギルドに登録して日が浅いと、実力者でもなかなかいい依頼は回ってこない。だがシュールのチームだと言うことなら、ギルド側も相当信用してくれるだろう。
ルックはこれをなかなかの名案だと思った。キルクも驚いているようで、少し遠慮がちに言う。
「いいのか?」
「さあ。キルクの実力は知らないし、最終的にはシュールが決めることだけど、僕が言えば多分悪いようにはしないと思うよ」
「それはありがたいな。正直そろそろあの戦争での稼ぎも少なくなってきたんだ。しかしすごいな。俺に字を書けるような奴らが仲間になるのか」
アーティスにおいて識字率はそれほど低いものではない。特に首都アーティーズでは文字を読めない者はほとんどいない。しかしキルクが育ったのは田舎の農園だ。字が必要になることなどほとんどないのだろう。
ルックはそんなことを思っていたが、そこでふと、ある重大なことに気付いた。
「それってもしかして、リリアンも字を読めないってこと?」
ルックは早口でキルクに問う。ルックはリリアンに遅れる旨を手紙に書いたのだ。リリアンが字を読めないとすると、ルックの手紙の意図が伝わっていない。それは非常にまずいことだ。もしかしたらリリアンは、その手紙をルックからの断りの手紙と取るかもしれない。
「ああ、あいつは剣の修練は人一倍積んでたが、読み書きはほとんどできないはずだ。あいつ自身少し気にしてるようだから、存分にからかってやるといい」
キルクが不敵に笑って言うのを、ルックはほとんど聞いていなかった。もしもそうならこうしてはいられない。
「ごめん、キルク。僕はもう行くよ。それじゃあこれ、シュールが見ればすぐに僕の字だって分かるから」
「そいつぁすげえな。急にどうしたのかは知らねえが、気を付けてけよ。くれぐれもリリアンの前で死なないでくれ」
キルクの不吉な冗談に、ルックはもう答える余裕はなかった。慌ただしく荷物を持って立ち上がると、食い逃げでもするかのように一目散に店を後にした。
外に出ると、陽はもうかなり影を落としていて、一日の終わりが近づいていることを知らせていた。
ルックはマナを使った体術で、南に向かって風のように駆けた。目的の場所までは歩けば七、八時間はかかるが、この方法でなら一時間ほどで着くだろう。まだ一日の終わりには間に合うはずだ。
しかしルックは、体が少し重いのを感じた。考えてみれば朝には熾烈な戦闘をしていたのだ。
五の郭の南側の郭門には数人の衛兵が詰めていた。彼らは罪人がティナに落ち延びるのを監視している。まどろっこしいが、そこで止まらなければより面倒なことになりかねない。ルックははやる心を抑え、郭門の前で一度足を止めた。
手続きはそれほど大変なものではない。特にアーティーズの出口に張る門兵は、大抵は経験の長い者なのだ。国から言い渡されている罪人の特徴を、一つ残らず頭に詰め込んでいる。彼らからしてみれば、ルックぐらいの歳の、しかも青髪の罪人がいないということは一目瞭然だった。また特に税を取るほどの荷物がないのもひと目で分かる。
ルックはほんの数クラン足止めされただけで、すぐに郭門を通ることを許された。
一歩。ルックはこのアーティーズから旅立つ第一歩を踏み出した。今まで子供の頃から、特に意識もせずに何度も踏み出した距離だが、今度のその一歩には、それまでとは大きな違いがあった。
ルックはそのたったの一歩だけで、定住者から旅人へと姿を変えたのだ。
今この一歩で「真実の青・ルック」の長い旅路が始まった。




