②
ルックは自分の家からすぐに、ライトのいる王城に向かっていった。ライトとシャルグにも、一度別れを言わなければならない。
感傷に浸っていたルックには、いつも以上に王城が格式高く大きく見えた。白石で建てられた王城は、二百年もの歳月にくすむことなく聳えていた。少し明るさを弱めた陽にその白さが際だっていた。
ライトはその日、あらゆる予定を断って、ルックのことを待っていてくれた。
いつもの中庭で、ライトとシャルグが立ち話をしている。
「ライト、シャルグ」
ルックはそんな二人に呼びかけると、二人はにわかに振り向いた。ライトはいつものように瞳を輝かせ、シャルグもまた静かに、ルックの来訪を迎えた。
「今日でルックは旅に出るんだね。いいなあ。僕も本当は付いてきたいよ」
ライトの声のトーンは、いつも通りとは行かないようで、すごく静かだった。
ライトは王になって一年以上が過ぎた今でも、自分が王であることを認めていない。ルックたちのチームの一員として、ただのアレーの戦士としていたいのだろう。
ルックとルーンが訪ねてくる間は、ライトも以前の自分に立ち返れる。しかしルックは今日から旅に出るのだ。もう頻繁にはライトに会いに来ることはできない。
「ライトはちゃんとした国王になって、僕がどこにいても名声を届けてよ」
冗談めかしてルックが言うと、ライトは困ったように眉根を上げて笑った。
「あはは、そうだね、頑張るよ」
ライトは言うと、いつものように拳で軽くルックの肩を叩いた。ルックもライトの肩を叩き返し、少し笑んだ。
「シャルグ、シャルグも僕をここまで導いてくれてありがとう」
シャルグの答えはとても短く、ただ一言「あぁ」と言っただけだった。ルックはそんなシャルグにもまた微笑みを見せる。シャルグは謙遜するでも誇るでもなかった。そのたった一言のその言い方が、実に彼らしいと思えた。
「ルック、もしまたこの国が戦争になるときは、」
「うん、分かってる。そのときは何を置いてもライトの元に駆けつけるよ」
ルックはそこで剣を抜く。ライトもならい、金色の剣を手に持った。二人は剣の腹を合わせる。少し子供じみている気もしたが、二人は高らかに声を上げた。
「僕はライトとの友情に掛け、君を裏切らない!」
「僕はルックとの友情に掛け、それを疑わない!」
そして二人は同時に声を上げて笑った。幼い頃にシュールに語ってもらった、あの騎士の物語になぞっていたのだ。それを声に出して言ったことが照れくさく、たまらなく可笑しかった。
だがそれは、子供じみてはいても、紛う事なき本物の誓いだった。
本物の誓いだったのだ。
彼らはそれからもしばらく語り合った。それから城を後にしたルックは、一の郭から直接五の郭に入った。
五の郭はオール鳥や乳牛を飼育する者たちが住む所だ。獣臭く、色々なところから獣たちの鳴き声がした。ティナ寄りの場所なので、十二年前の戦争でも戦禍を被ることのなかったここは古い建物が多い。雨風に晒され、木造の家々は黒ずみ、濃い焦げ茶色に変色している。陽はすっかり明るさを弱め、重たい色の街並みをなお暗く見せていた。五の郭では家畜の蹄を傷つけないため、色彩豊かなタイルは敷かれていない。地面がむき出しになっていて、踏み固められたその地面には草花は生えていない。
ルックはそろそろ夕飯時なので、通りにあった宿屋に立ち寄った。宿屋の食堂は酒場として解放されていて、他の郭に売りに出ていた女たちで賑わっていた。客は非常に多く、宿は食事処としてだけで経営して行けそうなほどだ。二十設けられていたテーブルは全て埋まっていて、カウンターの席だけがぽつぽつと空いていた。
人慣れしないルックは、他人のそばに座るのには抵抗があったが、そういうわけにも行かず、一人浮いていた紫色の髪のアレーの隣に腰を下ろした。紫髪のアレーは、落ち着いた雰囲気で酒を飲んでおり、少し荷物の袋を寄せてくれたが、お互いとも干渉しようとはしなかった。
「注文はどうするかい?」
ルックが席に着くと、売れるのが当たり前の店にありがちな、愛想のない言い方で中年の女性が声をかけてきた。ルックはその店員に銅の硬貨を数枚渡した。
「何か軽く食事をもらえる?」
「呑まないのかい?」
「呑めないんだ」
ルックの答えに女性は興味をなくしたように背を向けて、大声で奥の厨房に注文を怒鳴りつけた。にぎやかな店内ではそうでもしないと厨房には声が届かない。歩いていくという事は女性には思いつかないようだ。もっともそれは横着からではなく、ただ単に店が忙しいからのようだ。女性の働きぶりは見事で、酒杯を八つ詰めて乗せた盆を、同時に四つ運んでいたりした。
ルックがそんな様子を眺めていると、厨房からカウンターへ、鳥肉のスープとパンを持った料理人が現れた。
「お待ちどうさま」
彼は幾分丁寧な口調でルックの前に料理を並べると、ちらりと隣の紫髪を見た。ルックに軽く黙礼をすると、男は隣のアレーに声をかけた。
「おかわりはいるか?」
「おう、話が早いな。またとやかくとダメ出しをされるのかと思った」
「まだお前にとっちゃ序の口だろう。その段階で止めはしないさ。それともいい加減に追い出した方がいいか?」
「それはまずいな。俺はこの店が好きだからな。潰れちまわないようにせっせと貢がなきゃならない」
アレーはずいぶんとひねくれた物言いだった。ルックは何となく彼らの話に耳を傾けながら、鳥のスープをパンに含んで食べ始めた。
「馬鹿にしてくれるな。お前一人いなくたって店はほら、この賑わいだ。潰れはしないよ」
「なんだ、この店の客の女たちは、みんな俺目当てで来ているんだと思ったが」
「全くおめでたい奴だな。でも本当にいつまた旅に出るんだ? お前はひと所に留まるのが嫌いで旅をしているって言ってただろう?」
「そんな昔の話を良く覚えているな。だが俺もそろそろ若くはないからな。落ち着くべきかとも迷ってるんだよ」
紫髪はひねくれた話し口調に、少し真剣さを交えて言った。
「ははは、お前はまだ二十そこそこだろう。充分若いさ。それになキルク、どの道ここに骨を埋めるわけにはいかないだろう」
キルクと呼ばれた男は、店員の言葉には答えず、一気に残りの酒をあおって、空いたグラスを差し出した。
「ちょっと待ってな」
店員はそう言うとグラスを持って奥へ戻っていった。ルックは二人の会話に、目を見開いて食事を運ぶ手を止めていた。その様子に気付いたのだろう、少し酒にとろんとなった目で、キルクと呼ばれた男が声をかけてきた。
「どっかで会ったか?」
ルックのことをまだ子供だと思ったのか、キルクの口調は優しかった。ルックはちぎろうとしたパンをテーブルの上に戻して、キルクの顔を見た。




