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青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~  作者: 広越 遼
第三章 ~陸の旅人~
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「!」


 伏兵がいたのだ。ルックは辛うじてその一撃を避け、左に転がる。すぐに起きあがって体勢を整えたが、また黒髪が踏み込んできてルックを襲う。ルックに不意打ちをかけたのは黄色い髪のアレーで、刃を納め、今度はマナを溜め始めている。


 ルックは慎重に黒髪の背後に黄色の髪を置くようにして、黒髪と剣を結んだ。黒髪は型にはまらない多彩な剣技でルックに打ち込んできたが、ルックの目には全てが見える。ルックは剣から左手を放し、黒髪の前に突きつけた。黒髪はその手を警戒しわずかに攻撃の手を緩めた。ルックはその隙を突いて下段に構えた剣を大きく逆袈裟に払う。黒髪の胴体に浅くない傷ができる。それを確認したルックは大きく後ろに跳び退いた。ルックの今まで立っていた位置に水魔が立ち上がる。

 ルックは水魔がまだ消えない内に、仲間が援護に入ってこないことを祈りながら、大量の石投を放つ。傷を負った黒髪と水の魔法師が、石の嵐に打ち付けられる。ルックは傷を負った黒髪をなおも警戒しながら、先に水の魔法師に詰め寄った。彼女は格闘もできるアレーだったようで、鉄のサックをはめた両手でルックに反撃しようとしてきたが、ルックの速さになすすべもなく斬り伏せられた。残った黒髪はどこか覚悟を決めたような目で、小太刀を捨て、腰から長剣を抜いた。腹から滴る血もそのままに、彼は堂々と正眼に構える。ルックも彼の信念に敬意を表し、大剣を正眼に持ち直す。


「いざ!」


 黒髪はそう言い床を蹴る。ルックも黒髪に向かって駆けだした。渾身の力で剣を振り下ろす黒髪を、ルックは冷静に見切る。彼は姿勢を低くし、敵の剣をくぐり抜けつつ大剣で男の胴を切り裂いた。ルックは男が倒れる瞬間を見もせず、味方のアレーの元に戻った。

 カイルが余計な手出しをしないように指示をしていたらしく、彼らは戦闘態勢をとりつつも、ルックが戻るのを待っていたようだ。カイルも残りの五人も、ルックに賞賛の眼差しを浴びせた。


「行こう」


 ルックは先の戦闘に少し気分が高揚していた。丁寧な言葉も忘れ、簡潔にそう言う。

 廊下の先はこの館の主の部屋になっていた。立派な扉を押し開け中を覗くと、そこには女性のキーネや、戦闘員ではないだろう細身の男たち、それに老いた執事やエプロン姿の料理長がいた。皆一応小刀を持ち武装していたが、挑んで来ようという気配はない。しかし彼らは震えるようではなく、しっかりと部屋の隅でルックたちを見据えていた。

 そして部屋の中央には、四人のアレーを従えた、重鎧を着込んだヘルキスがいた。四人のアレーの中には酒場で会った二人のアレーもいる。


「ルック、お前が来たか」


 ヘルキスはルックの目をにらみ据え、静かに言った。中央の五人は、戦う意志を露わにしている。味方の五人も、左右に広がり剣を構える。


「ルック、あのときお前に言えずに終わった依頼を言おう。俺と共に、この国を栄光へ導こうぞ!」


 高らかに宣言をしたヘルキスの言葉は、虚しく宙に浮いた。ルックは静かにヘルキスの目を見据えたまま、答えようとはしない。


「あの国王はビースめが持ち出した偽物にすぎない。お前が従うべき者ではないのだ」


 それならライトはどこの誰だと言うんだろう?

 ルックはヘルキスの言葉にそう思った。しかしヘルキスとて、本気でそう信じているわけではないのだろう。もはや論じることは虚しいだけだ。もうヘルキスは過ちを認められはしないのだろう。


「前国王がライト王を託したのは、ビースだけじゃなかったはずだ。他でもないお前の親も、王から直接頼まれていた。知らないわけじゃないだろう」


 カイルが言った。意外にも彼は、見返したかったはずのビースのことを庇ったようだ。彼の中にも複雑な思いがあるのだろう。


「お前になぞ話してはおらん! ルック、お前の答えはその沈黙か。道を違えたことは無念であるが、後戻りはせん。掛かれっ」


 ヘルキスの号令に、四人のアレーが駆けだしてきた。今初めて事情を知った味方のアレーたちも、ここに来て迷いはなかった。

 偽物と堂々と言いきったヘルキスの言葉に、多少信念が揺らいだようだったが、カイルの言がたまたま彼らの胸に信念を取り戻させたのだ。そしてヘルキスを信じ、ここまで残ったのだろう敵の四人には、明らかな迷いが生まれていた。勝敗は、始まる前から決していた。

 唯一人相の悪い坊主頭の男だけは、何の揺るぎもなかったようだが、すぐにそれを看破したルックが彼に向かっていった。ルックの実力を知っていた男は、ルックが相手と知って逃げ腰になった。もしかしたら彼は混乱に乗じてルックたちを振り切り、逃げ出す算段だったのかもしれない。しかし剣を結ぶ間もなく、ルックの大剣に胸を貫かれた。そして他の三人は迷いを打ち消しきれず、簡単に斬られていった。


 部屋に四つの死体が転がり、沈黙が訪れた。

 ルックはキーネたちを見やった。彼らの目にも迷いがあるようだったが、それでも彼らはヘルキスを信じる道を選ぶようで、誰一人命乞いをしようとはしない。


「僕はこれからヘルキスを斬る。あなたたちも見逃すことはできない。僕たちに斬られたくない人は、その小刀で自決するといい」


 ルックは少なからず彼らに同情する気持ちがあった。しかし彼らも覚悟を決めた者たちだ。情けを掛けられたいとは、彼ら自身思ってはいないだろう。

 ルックはもしもライトが本当に偽王で、彼らのような立場に自分がなったら、どうするのだろうかと思った。自分はもしかしたら、ライトのために命を投げ出そうとはしないかもしれない。そんな気がした。

 だとしたら、彼らのヘルキスへの思いはどれほどのものだったのだろう。一人残らず、手にした小刀を自分の喉に向ける。


「後で俺も行くだろう」


 ヘルキスはその忠臣たちに、そう言葉を掛けた。


「天への道でもあなたにお仕えいたします」


 執事とおぼしき老人が、そう言い喉を刺し貫いた。そして次から次へと、ヘルキスに言葉を遺して、自分の喉を突いていった。

 自分が示した道だというのに、ルックはなぜかそれを見て、胸に熱いものがこみ上げてきた。

 キーネが一人残らず自決した後、ルックは奇妙な虚脱感を覚えつつ、ヘルキスに向き直った。


「礼を言う」


 ヘルキスは言って、旋風斧を上段に構える。彼はあくまで戦う気でいた。どれほど高価な魔法具に身を包もうと、ルックのような上級アレー相手に勝ち目などはない。それでもだ。


「勝負っ!」


 ヘルキスが駆けた。重鎧に包まれた彼はとても緩慢だったが、ルックに振り下ろした斧はとても速かった。しかしルックにとってはそれも恐れるほどのものではなかった。ルックは軽く後ろに跳んでその一撃をかわすと、大剣でヘルキスの唯一守られていない部分、顔をめがけて突きを放った。ヘルキスは軽くうつむき、角の付いた兜でそれを受けたが、ルックの突きの勢いはすさまじく、ヘルキスの頭を大きく突き上げた。

 ヘルキスの首は天井に向けられた。だが兜を突いたときの感覚は柔らかく、恐らく痛手は負わせていない。ヘルキスの斧は急激に向きを変え、下段から上段に突き上がる。予想外の動きだったが、ルックにはしっかりと見えていた。

 わずかに右に体を反らし、ルックは旋風斧を避けつつもう一度突きを出す。がら空きになったヘルキスの喉に、ルックの剣が突き立った。


 ヘルキスに最期の言葉を言わせずに、その喉を切ってしまったことをルックは少し後悔した。ヘルキスの力の抜けた体が、仰向けに倒れ、重たい音が部屋に響いた。


「後は二階と三階を手分けして見て回ろう」


 ルックは味方のアレーにそう告げて、血の付いた剣を持って部屋を後にした。

 玄関ホールに戻ると、一人の少年が彼らを待ち受けていた。ルックとそう歳の変わらない、桃色の髪のアレーだ。


「俺はラキス。貴様ら賊はこの場で俺が切り捨てる。覚悟しろ」


 ルックたちは予想外の襲撃にかなり戸惑った。名前からして、キス家の者だろう。少年の足運びはもつれ、とても戦闘になりそうにはない。味方の一人が一歩前に進み出て、少年の剣を軽くあしらい、床に組み伏せた。


「どうする、ルック」


 ルックたちが受けた命令は、この館の人間を一人残らず殺すことだ。だがそれは、今度のことの事情を決して外に漏らさないためだ。少年がなんの事情も知らないとあれば、見逃してもいいはずだった。ルックは最終的な決定を下す立場にある。全員がルックの言葉を待った。


「ヨルジャは彼をディーキスの家に連れて行ってください。多分彼はキス家の子供だと思うんです。無事ディーキスに引き渡してください」

「ちぃっ、損な役回りだな。暴れるガキを連れてくのかよ」


 ラキスは床に押さえつけられつつもじたばたともがいていた。戦闘に慣れてなくとも、アレーはアレーだ。力は相当にある。確かに骨の折れそうな仕事だ。


「兄さんの仇だ。離せ! くそが」


 ラキスは威勢良くそう言い、じたばたもがく。ルックはため息を吐いてカイルを見た。


「カイルも一緒に行ってくれる? 後はもう人手は必要ないだろうから」


 カイルはルックと目があった途端に嫌そうな顔をして、ルックの言葉を聞くと天を仰いだ。


「俺じゃなきゃだめか?」





 館の中にはもう生きた人間は誰もいなかった。外で待たせていた四人の話では、逃げ出してきた人も内通者のビージュ一人だったそうだ。それはヘルキスの人望の高さを物語っていた。

 生き残ったのは先に行かせたカイルたちを含めて十二人だ。敵も合わせると、二十四人ものアレーが亡くなったことになる。

 アーティス国にとって、これは痛手以外の何物でもなかった。喜ぶのは、まだアーティス侵略を諦めてはいないカンやヨーテスばかりだろう。

 ルックはヘルキスを討った。何となく、依頼主とはいえディーキスに合わせる顔がないように思えた。しかし報告を怠るわけにはいかない。ルックは九人のアレーと共に一の郭へと重たい足を運んだ。


 ディーキスの館に着き、ルックの報告を聞いても、ディーキスに動揺した素振りはなかった。相当の覚悟を決めていたのだろう。しかしさすがのディーキスも、ルックに対して労をねぎらう事はなかった。

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